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Isekai Sagishi V1C2

02﹃極悪⼈とお⼈好し﹄

夜がこんなにも恐(おそ)ろしいものだと思たのは︑⽣まれて初めてだた︒
真暗 ︕暗⿊と⾔ても過⾔じ ない︒
ど こも光 てない︒ち との明かりもあり しない︒唯⼀(ゆいいつ)光 ていたのがネコの眼(め)だ
た︒余計怖(こわ)いわ︕
 もう︑闇(やみ)という闇に幽霊(ゆうれい)とかバケモノとかカエルとかが潜(ひそ)みまくている気がして……⼀睡(いつすい)も出来なかた︒
 太陽の光が⾒えた時︑⼤袈裟(おおげさ)じ なく歓喜(かんき)した︒
⽥舎(いなか)の年寄りが⽇の出に⼿を合わせる気持ちが理解出来た︒太陽て︑偉⼤(いだい)だ︒
 闇の中で蹲(うずくま)り︑⾝動きが取れなか た俺は︑⽇の出とともに四⼗⼆区の中を歩き回た︒というか……さまよい歩いた…………ま ︑平たく⾔えば迷⼦になた︒
 しかし︑歩き回たおかげで分かたこともある︒
 この街には︑同系統の獣(けもの)と獣⼈族が存在する︒  例えば昨夜(ゆうべ)︑闇の中で⽬を光らせていたネコと︑五百円⽟を偽造硬貨(ぎぞうこうか)だと⾔ たネコ顔の兵
⼠︒とても似ているが︑あれはま たくの別物なのだ︒
 ⼈間と猿(さる)︑てのとは違う気がするのだが︑線引きはどうなているのか︑仲間意識はあるのか︑⾔葉が分かたりするのか…………謎(なぞ)だ︒
 早朝︑闇夜の⼼細さから﹃⽣き物の気配を感じたい病﹄を発症(はつしよう)していた俺は︑ニワトリの鳴き声に釣(つ)られるように養鶏(ようけい)場にたどり着いた︒そこにはニワトリ⼈族がいた︒あの⿃顔の兵⼠はオウム⼈族とか⾔ていたから︑き とそいつもトリ⼈族ではなくニワトリ⼈族なのだろうと予想される︒
んで︑そのニワトリ⼈族が︑ニワトリの卵を拾 ていた︒
﹁⾷べるのか︖﹂と問うと﹁もちろんよ﹂という答えが返てきた︒声から察するに⼥⼦ぽかたので︑﹁お前も卵産むの︖﹂と聞いたところ︑凄(すさ)まじいビンタが⾶んできた︒……ニワトリ
⼈族相⼿にはセクハラになるらしい︒気を付けよう︒
つまり何が⾔いたいのかというと︑ニワトリ⼈族がニワトリの卵を⾷うということだ︒共⾷いにもならないし︑そもそも嫌悪感(けんおかん)すらないようだ︒
たぶん︑⾷⾁⽤の鶏(とり)も飼育しているのだろうし︑そうであるなら仲間意識はないと⾒ていいだ
ろう︒
 ……謎の多い街だ︒しかし︑つくづく思うが……なんて⽂化レベルの低い街だ︒三⼗区はもうち と華(はな)やかだたのに︒
﹁四⼗⼆区で唯⼀まともなのはここくらいか﹂
俺の⽬の前にはひと際(きわ)デカい館(やかた)が建ている︒四⼗⼆区では最も⼤きな建物だろう︒⼤きな鉄(てつ)柵(さく)の⾨とレンガの壁(かべ)に囲まれた館︒おそらくこの地域を治める領主のものなのだろう︒この付近だけは︑他(ほか)と⽐べてほんの少しだけ⼩(こ)綺麗(ぎれい)なイメジがある︒
ま ︑あくまで﹃他と⽐べて﹄だけどな︒
これが領主の館なら︑このレベルが四⼗⼆区の最⾼⽔準てわけだ︒……この程度か︒
カエルが住みつくような湿地(しつち)帯まであるてことを鑑(かんが)みても︑き とこの四⼗⼆区がこの街の最貧区なのだろう︒
ささとこの区を出てやろうかと思たのだが……領主の館の向こうにはろくに舗装(ほそう)もされていない道が延々と延びている︒おそらく︑この道を⾏けば四⼗⼀区に着くはずなのだが……進むのが躊躇(ためら)われる︒
領主の館付近が⼩綺麗なことも相ま て︑舗装されていないみすぼらしい道は︑未開の地へ続いているような︑そんな気がしてしまうのだ︒どれくらいの⻑さかも分からんし︑隣(となり)の区へ⾏けたとしても所詮(しよせん)四⼗⼀区︒劇的な変化はないだろう︒精々﹃四⼗⼆区よりマシ﹄レベルに違いな
い︒
 ……そんなところでまた⽇が暮れたら…………もう⼆度とあの暗⿊は御免(ごめん)だ︒
地理も分からないままむやみに歩き回るのは得策ではない︒まずはこの街で⾜場を固めた⽅がいいだろう︒──と︑その前に飯と宿を確保しなければな︒
そんなわけで︑俺は四⼗⼆区の⼤通りを⽬指した︒
朝からあちらこちらをさまよい続け︑⼤通りへと⾜を踏(ふ)み⼊れた頃(ころ)には太陽は真上に来ていた︒正午過ぎてとこか︒
⼤通りは⾺⾞が⼆台すれ違える程度の道幅(みちはば)で︑道の両側に酒場や⾷堂が軒(のき)を連ねている︒⼈出はそれなりで︑適度な賑(にぎ)わいを⾒せていた︒
そんな賑わいをかき分けるように︑悲痛な叫(さけ)び声が響(ひび)き渡(わた)る︒
﹁ま︑待てくれ︕﹂
⼤通りの中ほど︑通りの中で⼀番⼤きな酒場の前︒そんな往来のど真ん中で︑⼀⼈の男が⼟下座をしていた︒
男の前には︑筋⾁ムキムキの︑いかにも悪役とい た顔つきの男がふんぞり返 て⽴ている︒つると剃(そ)り上がたスキンヘドに顎鬚(あごひげ)をたくわえた︑⼀⽬⾒て﹁関(かか)わり合いたくない﹂と思てしまうタイプの顔だ︒
 
﹁か︑⾦の⽬途は⽴ てるんだ︕ こ︑こいつを売ればまとま た⾦が⼿に⼊る︕ だから︑も︑もうち とだけ待てくれ ︕いや︑待てください ︕お願いします︕﹂
真 ⻘な顔をして︑⼟下座男は必死に叫ぶ︒⼿には⼩さな布袋(ぬのぶくろ)を握(にぎ)りしめている︒借⾦の取り⽴てにでもあているのだろう︒どこにでもいるもんだな︑あいうヤツ︒
﹁待て つてもよ ……俺︑もう⼗分過ぎるほど待ただろうが ︖ な︖﹂うわ ……どこにでもいるんだな︑あいうのも︒
﹁こ︑こいつを⼿に⼊れるのに⼿間取ちま て……へへ……もう少し待てくれたら︑少し多めに返す……いや︑⼆倍払(はら)う ︕だから…… ︕﹂
﹁だからよ ……もう待てね つてんだろ︕﹂
スキンヘドの強⾯(こわもて)が急にドスの利(き)いた声を上げ︑⼟下座男はもちろん︑周りにいた者全員が
ビクと体を震(ふる)わせた︒
﹁これを⾒ろ︕﹂
    はんとうめい    カンバセ シヨン・レコド
スキンヘドの強⾯の前に︑半透明のパネルが出現する︒﹃会話記録﹄だ︒
﹁期⽇までに返すと︑テメがその⼝で⾔たんだろうが ︖期⽇はいつだ ︖ ⼆⽇前だ︒こそ
 
こそ逃げ回ていたようだが︑もうおしまいだな︖﹂
﹁ち︑違(ちが)うんだ……逃げ回てたんじ なくて︑こいつを買てくれる商⼈を探して……﹂
﹁テメみて なコソ泥(どろ)の持ち込んだ物を買い取るヤツがいるかよ︑バカが ︕それもどうせ︑外からの⾏商⼈から盗(ぬす)んだ物だろうが︕﹂
布袋を握りしめる⼟下座男の⼿が震える︒強⾯の⾔うことは本当らしいな︒   てことは︑⾼価であるというあの布袋の中⾝は盗品(とうひん)ということになり︑すべての罪は盗みを働いたあの⼟下座男にあるというわけで︑なんらかの偶然(ぐうぜん)が重なてあの布袋が俺の⼿元に舞(ま)い込(こ)んできたとしても︑俺には⼀切(いつさい)の罪もないてことになるわけだな︒……欲しいな︑あれ︒
中⾝なんだろう ︖あの量で価値があるてことは︑⾦塊(きんかい)かな︖
﹁だいたい︑どこのギルドにも⼊てねテメが物を売るなんて出来るわけねだろ﹂
﹁じ ︑じ あ︑あんたが買 てくれよ︕ そうだ︕ こ︑こいつで借⾦を返す ていうの
は…… !?﹂
強⾯が腕(うで)を真(ま)直(す)ぐに伸(の)ばし︑⼈差し指を⼟下座男に向ける︒あの格好は……
﹁どちにせよ︑期限切れだ︒噓吐(うそつ)きは︑カエルになてもらわねとな﹂
﹁イ︑イヤだ ああ︕﹂
⼟下座男が⽴ち上がり︑背を向けて逃げ出す︒だが──
﹁﹃精霊(せいれい)の審判(しんぱん)﹄ ︕﹂
強⾯がそう唱えた途端(とたん)︑⼟下座男の全⾝が淡(あわ)い光に包まれる︒その淡い光は徐々(じよじよ)に光度を増していき︑やがて⽬もくらむような眩(まばゆ)い光を放ち始める︒
﹁ヤダ    アアア ︕カエルは︑イヤ……………………﹂
 
不意に︑⼟下座男の声が途切れる︒
 
やがて光が徐々に弱まり︑完全に搔き消えると……そこには体⻑が80センチほどのデカいカエルがいた︒
ボロの布きれを⾝に纏(まと)い︑呆然(ぼうぜん)とした表情で⼝を開けている︒先ほど⼟下座男が⼤切そうに握りしめていた布袋が︑⼟下座男が⾝に着けていた⾐類や装備品と共に地⾯へと散らば ていた︒……まさか︑あのカエルが︑さきの⼟下座男なのか︖
マジで︑カエルに変えられちまうのかよ…………
﹁んじ あ︑こいつは俺がもらておくぜ﹂
そう⾔て︑強⾯が布袋を拾い上げる︒
顔には︑悪魔(あくま)のようなサデステ クな笑(え)みが浮(う)かんでいた︒
﹁ケロ  ︕ケロケロ︕﹂
そんな強⾯に︑巨⼤(きよだい)ガエルがすがりつき﹁ケロケロ﹂と必死な声で鳴き続けている︒
﹁テメ ……触(さわ)んじねよ︕﹂
激昂(げきこう)した強⾯がカエルを殴(なぐ)り⾶(と)ばし︑さらに起き上がたカエルの顔⾯を蹴(け)り⾶ばした︒
綿ぼこりのようにカエルが宙を舞い︑地⾯の上を⼆転三転と転がていく︒
﹁カエルは精霊神様より⾒捨てられた存在だ ︕たた今︑テメは⼈としてのあらゆる権利を
剝奪(はくだつ)されたんだよ ︕ここで俺がテメをぶ殺しても︑誰(だれ)も⽂句を⾔えね  ︕それが分か
 
たらささと俺の⽬の前から消え失せろ︕﹂
ふらつく⾜でなんとか⽴ち上がたカエルはキロキロと辺りを⾒渡(みわた)し︑助けを求めるよう
 
な素振りを⾒せる︒だが︑救いの⼿を差し伸べる者は誰⼀⼈としていなかた︒
それどころか……カエルに向けられる周囲の者たちの視線には︑蔑(さげす)みの⾊が込められていた︒た た今まで⼈間だ たのに︑⼀瞬(いつしゆん)ですべてが失われる……この街での﹃カエル﹄ てのは︑そういう存在なのか……
カエルはがくりと肩(かた)を落とし︑ぎろりと⾶び出た⽬から涙(なみだ)を零(こぼ)したかと思うと︑⼤泣きしな
がら⾛り去 てしま た︒
カエルが向かたのは街の⻄側……湿地帯の⽅向だた︒
これが︑この街のルル︒精霊神とやらが決めたルルなのか︒
なんて︑恐ろしい街だ︒噓吐きは︑⼈権すら失てしまうてのかよ︒
嫌(いや)なものを⾒た︒
 
⼟下座男に同情するようなつもりは⼀切ないが……嬉々として⼟下座男の荷物を拾い集める強⾯マ チの姿には︑嫌悪感を覚える︒なんというか……バカを引かけて⼤喜びをしている⼤バカを⾒ているような︑侮蔑(ぶべつ)に満ち満ちた気分になた︒
﹁おほ  ︕こいつ︑いい ︕これだけありあ30万……いや︑50万Rbは固いな ︕ は はは  ︕儲(もう)け儲け︕﹂
実に醜(みにく)い︒声の⾳量調節が出来ないヤツは﹁⾃分はバカだ﹂と宣伝しているようなものだ︒あ
いう⼿合いには関わらない⽅がいい︒ささとここを離(はな)れよう︒
 
⼤通りを進もうかとも思たのだが︑あの強⾯のそばを通るのは避けたい︒
仕⽅なく︑俺は⼿近にあた店へと⾜を踏み⼊れた︒
そこは酒場のようで︑カウンタ には折れ曲がたブルドグみたいな⽿を頭に⽣やしたオ
サンがいた︒……これはこれで怖(こわ)いものがあるな︒イヌ⽿オサン……需要(じゆよう)がね︒
オサンを視界の外へ追い出すように︑俺は店内へと⽬を向ける︒四⾓い⼤きなテ ブルが並び︑複数の男たちが昼間から酒を飲んでいる︒ボクス席ではなく︑空いている席に適当に座るタイプのようだ︒
適当な席を⾒つけて腰(こし)を下ろす︒と︑すぐさま店員の若い⼥が近付いてきた︒
﹁何飲むか決ま てる︖﹂
ため⼝……︖
⼩⻨⾊に焼けた肌(はだ)をした少⼥の⽿にはゴ ルデンレトリバのような垂れ下が た⽿がついていた︒お尻(しり)には尻尾(しつぽ)が⽣えている︒
ここはイヌ⼈族の経営する店なのか︒
尻尾を凝視(ぎようし)していると︑イヌ⽿店員は持 ていたお盆(ぼん)でお尻を隠(かく)して︑﹁エ チ︕﹂と可愛(かわい)らしく俺を睨(にら)んだ︒
なんだ︑こいつ︒ち と可愛いじねか︒
よし︑今⽇はち と奮発しちおうかな  ︕ ……あ︑⾦ないんだた…………ま ︑また逃げればいいか︒
﹁ソフトドリンクをくれ﹂
﹁グレ プフル ツジ スでいい ︖今⽇のは⾃信作なんだよね﹂
ただ搾(しぼ)るだけで⾃信が持てるとは︑お⼿軽なもんだ︒ま ︑なんでもいい︒ここでの注⽂は情
 
報を聞き出すための投資のようなものだ︒
この後全⼒疾⾛(しつそう)するかもしれないから︑酒はやめておく︒
﹁じ あ︑そいつをくれ﹂
注⽂をすると︑イヌ⽿店員は笑顔のまますと⼿を差し出してきた︒
﹁グレ プフル ツジ スは︑20Rbだよ︕﹂
﹁え…………﹂先払(さきばら)い !?
そうか︒こういう店では⾷い逃げも多いだろうから︑当たり前の対策だ︒盲点(もうてん)だ
か︑先に⾦銭を要求されるとは…………
 
た︒まさ﹁アレ ︖お客さん︑もしかして…………⾷い逃げするつもりだた︖﹂
店員の笑顔が邪悪(じやあく)な⾊に染ま ていく︒今にも嚙(か)みつかれそうな迫⼒(はくりよく)だ︒
﹁もしそうなら︑ウチの⽗ちんが黙(だま) てないよ﹂
割と可愛らしい快活なこの少⼥の⽗親が︑カウンタ にいたあの恰幅(かつぷく)のいいヒゲ⾯(づら)イヌ⽿の変
態オヤジなのか ︖よかたな︑⽗親に似なくて︒
﹁お客さ ん ︖ 20・Rb・だ・よ︖﹂
イヌ⽿店員の⽝⻭がきらりと光る︒
くそ……情報は諦(あきら)めて逃げるか…………と︑その時︒
﹁おうこら ︕そこは俺の席だろうが ︕どけ︕﹂突然(とつぜん)︑酒場の⼊り⼝から野太い怒声(どせい)が聞こえた︒
振(ふ)り向(む)くと︑先ほどの強⾯がカウンタ に座ている男に因縁(いんねん)をつけていた︒
……あいつもこの店に来やがたか︒最悪だ︒
﹁また︑ゴ フレドのヤツ……他(ほか)のお客さんに迷惑(めいわく)かけんな﹂
イヌ⽿店員が腹⽴たしげに呟(つぶや)く︒決して︑あの強⾯には聞こえない声量で︒
怖いものなしに⾒える爛漫(らんまん)な少⼥も︑さすがにあの強⾯──ゴ フレ ドは怖いらしい︒ て
ことは︑あのゴ フレドてのは⼥⼦供にも容赦(ようしや)のないヤツだてことだ︒﹁知り合いなのか︖﹂
﹁この街でゴ フレドを知らない⼈なんていないよ﹂
﹁もちろん︑悪い意味で︑だろ︖﹂
﹁あいつのいい噂(うわさ)なんか聞いたことないよ﹂
 
腰に⼿を当て︑⿐から⻑い息を漏らすイヌ⽿店員︒……よし︑先払いを求める⼿が引 込んだ︒
﹁ゴ フレドは四⼗⼆区を縄張(なわば)りにしてる取り⽴て屋なんだけど︑あいつに睨まれると最後︒何もかも持 てかれて︑⼈⽣終わちうてみんな⾔てるよ﹂
﹁取り⽴ててことは︑借⾦なんだろ ︖返すのは当然だろう﹂
﹁そ・れ・が︕﹂
 
興に乗てきたのか︑イヌ⽿店員は⾝振り⼿振りを交えて俺に熱弁を振るう︒
﹁借りた以上にお⾦を請求(せいきゆう)されて︑最終的には破滅(はめつ)しち うの ︕ カエルにされち た⼈もたくさんいるし……﹂
先ほどの光景を思い出し︑腹の奥で嫌な気分が蠢(うごめ)く︒
⼟下座男をカエルに変えた時のゴ フレ ドの顔……アレは︑好んでそうしているヤツの顔
だ︒サデステ クで獰猛(どうもう)︒他⼈を虐(しいた)げることに喜びを⾒出(みいだ)すヤロウの⾯(つら)だ︒
    ふ    カンバセ シヨン・レコド
﹁絶対あり得ない⾦額を吹かけられてるのに︑﹃会話記録﹄を⾒るとゴ フレ ドの⾔い分は間違(まちが)てないんだよね……﹂
それは基本的な詐(さ)欺(ぎ)の⼿⼝だ︒あえて違う解釈(かいしやく)に取れるような⾔葉を選んでそう思い込ませているだけだ︒﹁実質ゼロ円﹂みたいにな︒
﹁確かに︑借⾦を返さないのは悪いことなんだけどさ……やぱり︑⼈をカエルに変えちうようなヤツは好きになれないよね﹂
イヌ⽿店員が泣きそうな顔で眉間(みけん)にしわを寄せる︒これが︑﹃精霊の審判﹄に対する⼀般⼈(いつぱんじん)の感覚なのだろう︒
法的に致(いた)し⽅(かた)なし︒しかしすんなり容認(ようにん)はしがたく︑それを好んで⾏うなどもてのほか…… てところか︒﹃精霊の審判﹄は︑⼈に向けて発砲(はつぽう)するようなものなのだろう︒脅(おど)しに使う程度がちうどいい塩梅(あんばい)てところだ︒
店員とそんな話をしていると︑俺の⽬の前の空いていた席に︑ゴ フレドに因縁をつけられカウンタ席を追われた男が避難(ひなん)してきた︒
顔⾒知りらしい男たちが数⼈寄てきて︑避難してきた男をからかい始める︒
﹁何逃(に)げてきてんだよ︑腰抜(こしぬ)け﹂
﹁そうだよ︒顔⾯を⼀発ぶ⾶ばして黙らせてやれよ﹂
﹁ウセ︒お前らだてビビてこんな遠い席に座てたくせに﹂
この店の常連なら︑ゴ フレドの指定席を知ていた可能性は⾼い︒それで︑あらかじめ⽕の粉を被(かぶ)らない席に座ると︒ふむ︒賢明(けんめい)だな︒
﹁しかし気分悪(わり)な︒これだから四⼗⼆区には来たくなかたんだよ﹂
逃げてきた男が愚(ぐ)痴(ち)を漏らす︒こいつは他(よ)所(そ)の区からやて来たのか︒⾔われてみれば着てい
る服が少し上等に⾒える︒
﹁異国の珍(めずら)しいナイフを領主様に売て⼀儲(ひともう)けした後だてのに……台無しだぜ﹂
⼀儲けした直後の貿易商か……ふむ︑これは⾦の匂(にお)いがするな︒
誰かの不満や不便を解消してやれば⾦が発⽣する︒それが商売てもんだ︒
﹁な﹂
声をかけると︑男たちが⼀⻫(いつせい)に俺へ視線を向ける︒……四⼈か︒多少は稼(かせ)げるかな︒
﹁俺と賭(か)けをしないか ︖ 前⾦でだ︒どうだ ︖ ⾯⽩(おもしろ)い賭けになると思うぜ﹂男どもを⾒渡して︑挑発(ちようはつ)するように⾔てやる︒
﹁賭けの内容は︑俺がゴ フレドの顔⾯を⼀発殴れるかどうか︑だ﹂
﹁﹁﹁無理な⽅に賭けるぜ︕﹂﹂﹂
からかていた側の男たちが声を揃(そろ)えて⾔いやが た︒……いや︑なんつか……そ ちの⽅がありがたいんだが……ムカつくな︑お前ら︒気を取り直して︑ただ⼀⼈返答をしなかた逃げてきた男に﹃商談﹄を持ちかける︒
﹁腰抜けのあんたの代わりに⼀発殴 てやろう てんだ︒ド ンと⼤きく賭けてみたらどうだ︖﹂
﹁……上等だ﹂
腰抜けと⾔われたのが気に障(さわ) たのか︑逃げてきた男は懐(ふところ)から布袋(ぬのぶくろ)を取り出し︑ドンとテブルに置いた︒
﹁無理な⽅に1万Rb賭けてやるよ﹂
逃げてきた男の⼤盤振(おおばんぶ)る舞(ま)いに周りから﹁お ﹂という声が漏れる︒それに触発(しよくはつ)されたのか︑他の男たちも次々に⾦を賭けていき︑結局賭け⾦は1万3000Rbにもなた︒⽇本円で⼗三万円だ︒これだけあればいいか︒
﹁店員︑お前も賭けろ﹂
﹁へ !? あ︑あたしはヤだよ︒ギンブルなんて﹂
﹁俺が勝たら︑グレ プフル ツジ スを奢(おご)れ﹂
﹁え ︖う ん…………ま ︑それくらいなら﹂
    す     
よし︒これで⾷い逃げ未遂の件は有耶無耶に出来るだろう︒
賭けが成⽴したところで︑俺は颯爽(さつそう)とゴ フレ ドのもとへと歩いていく︒背中に熱い視線を感じながら︒
カウンタ席に座るゴ フレドの両隣(りようどなり)は⼆席ずつ空いていた︒怖がられてんな︒
﹁隣︑いいか︖﹂
﹁ ん︖﹂
隣に腰掛(こしか)けると︑物凄(ものすご)い顔で睨まれた︒……だから︑怖(こえ) よ︒
﹁⾒ね 顔だな︒なんの⽤だ ︖ なんか⽂句でもあんのか︖﹂
お前に⽂句のないヤツなんかこの街には存在しね だろというま とうな意⾒は⼼にしまて︑俺は﹃儲け話﹄を持ちかける︒もちろん︑利益を得るのは俺だけどな︒
﹁俺がお前の顔⾯を⼀発ぶん殴(なぐ)て気絶させられるかどうか︑賭けをしないか︖﹂
﹁テメが︑俺を︖﹂
話を持ちかけると︑ゴ フレドは怖(こわ)い顔を崩(くず)して⼤笑いした︒
﹁が は は は ︕ そんなモヤシみて な腕(うで)で俺をKOするだ !? 冗談(じようだん)も休み休み⾔え ︕そんなもん︑賭けにもなりしねよ︕﹂
摑(つか)みはいい感じだ︒
ここで俺は︑前⾦で徴収(ちようしゆう)した賭け⾦の内︑1万Rbをドンとカウンタ に置く︒
﹁賭け⾦は1万Rb︒⾃信がないなら︑降りたていいぜ﹂
﹁……ガキが…………上等じねか﹂
カウンタ に恨(うら)みでもあるのかというような強さで︑ゴ フレドは俺の出した1万Rbの上に
同額の⾦を叩(たた)きつけた︒
普段(ふだん)ならダシで逃げたくなる怖い顔で睨まれる︒が︑ここは踏(ふ)ん張(ば)る︒
﹁その前にルル確認だ︒俺が殴るのは顔⾯に⼀発だけ︒お前の⽅は︑避(よ)けない︑防御(ぼうぎよ)しない︑反撃(はんげき)しないてのを守 てもらう︒いいか︖﹂
﹁それで構わねよ︒思いきりかかてこいや﹂
顔︑怖  ︕あまり⻑時間⾒ているとチビりそうなので︑ささと済ませよう︒
俺は右腕(みぎうで)を⼤きく振りかぶり︑渾⾝(こんしん)の右ストレトをゴ フレドの頰(ほお)に打ち込んだ︒ 
 
──ぺち︒
⾳とも呼べない︑軽    い衝突(しようとつ)⾳が鳴る︒
…………い    たい︕
腕が  ︕指の付け根が⾻折した ︕したに違(ちが)いない︕
マジ痛い ︕泣きたい︕
⼀⽅のゴ フレドはというと…………俺のパンチがあまりにもしん丸に⾒開いて驚(おどろ)いていた︒
﹁…………ふ︑噂通り︑なかなかやるな︒勝負はあんたの勝ちだ﹂それだけ⾔て︑俺は颯爽とカウンタを離(はな)れた︒
これ以上話すことは何もない︒なら︑ささと離れてしまいたい︒
だて︑あいつ顔が怖いんだもん︒
きとゴ フレドには意味が分からないだろう︒
 
ぼ過ぎたせいか︑⽬を真
 
いきなり現れて1万Rbもの⼤⾦を賭けて︑へなちこパンチをして帰 ていく俺の真意が︒だが︑それでいい︒お前は知らなくていいのだ︒
俺が︑無償(むしよう)で3000Rbもの⾦を⼿にしたことなどはな︒
他⼈の儲(もう)けた1万Rbなどどうでもいい︒無くなたところで︑もともと俺の⾦ではなかたと
 
思えば⼼も痛まん︒
﹁おい︑どういうことだよ!?﹂
意(い)気揚々(きようよう)と元の席に戻(もど)ると男たちが俺に詰(つ)め寄(よ)
﹁ピンピンしてんじねか!?﹂
 
てきた︒﹁俺は﹃顔⾯を殴る﹄と⾔て顔⾯を殴たんだぞ︒何もおかしくないだろう﹂気絶させるなんてのはお前たちとの賭けの対象にはしていない︒
カンバセ シヨン・レコド
顔⾯を殴れば賭けは俺の勝ちだ︒﹃会話記録﹄を⾒ても︑俺の正当性は証明されることだろう︒
コトリと︑俺の⽬の前に陶器(とうき)のカ プが置かれる︒イヌ⽿店員が持 てきたグレ プフル ツ
ジ スだ︒
﹁確かに︑お客さんは何⼀つ噓吐(うそつ)いてないよね……釈然(しやくぜん)としないけど﹂
﹁だろ︖﹂
不服顔のイヌ⽿店員を眺(なが)めながらグレ プフル ツジ スを⼀気飲みする︒そして︑﹁じあな﹂と短い挨拶(あいさつ)を残し︑俺はささと酒場を後にした︒
ようやく⼿に⼊れたこの街の⾦を懐にしまい︑俺は宿屋を探し歩く︒
割と⻑い⼤通りを観光客よろしくキロキロと眺め歩く︒どれくらい歩いただろうか……その声は突然(とつぜん)俺の⽿に⾶び込んできた︒
﹁あ  ︕⾒つけました︕﹂
聞き覚えのある声に︑背筋が冷える︒恐(おそ)る恐る振(ふ)り返(かえ)ると……
﹁探しましたよ︑お客さん﹂陽(ひ)だまり亭(てい)の巨乳(きよにゆう)店員がそこにいた︒笑顔(えがお)で⼿を振り︑俺へと駆(か)け寄てくる︒
……マズい︒俺はあいつに明確な噓を吐いている︒
あいつに﹃精霊(せいれい)の審判(しんぱん)﹄を使われたら︑俺はカエルに…………
﹁お客さん﹂
﹁── ︕﹂
軽いパニ ク状態に陥(おちい)りまともな思考が出来ない︒
呼吸の仕⽅すら忘れて︑ただ⾒開いた⽬で店員を⾒つめる……と︑店員は柔(やわ)らかい笑みを浮(う)かべて︑何かを差し出した︒
﹁忘れ物ですよ﹂
﹁……へ︖﹂
⾒ると︑それは俺があえて置いていた空の財布(さいふ)だた︒
﹁お客さん︑これを忘れてどこかに⾏てしま たので⼼配しました︒⼀応︑明け⽅までは待てみたのですが︑戻てこられる雰囲(ふんい)気(き)もなかたので探しに来たんです﹂
⾔葉が︑⾒つからない︒……こいつは︑何を⾔てるんだ︖
﹁遅(おそ)くなてしま てすみません︒コレがなくて困たりはしていませんでしたか︖﹂困るも何も︑俺が意図して置いていたんだ︒謝られるようなことも︑⼼配されるようなことも︑何もない︒
﹁でも︑⾒つかてよかたです︒もう︑忘れちダメですよ︒意外とおちこちいさんな
んですね﹂
くすくすと楽しそうに笑い︑それから︑ぺこりと頭を下げる︒
そして︑陽だまり亭の店員は俺に背を向けて歩き始めてしま た︒……おいおい︒料⾦を請(せい)
求(きゆう)するの忘れてるぞ︒お前は⾒た⽬通りおちこちい過ぎるんじ ないか︖
なんなんだ︑あいつは︖
 
⾷い逃げされたことに気が付いていないのか︖
戻らない俺を⼀晩中待ていた︖
明け⽅からずと俺を探していた︖
忘れ物を届けるために︖
 
俺が困 ているだろうから て⼼配して︑⾒つけた途端(た)にあんな安⼼した表情を⾒せて…… で︑肝⼼(かんじん)の⽀払(しはら)いを受け取るのを忘れて…………バカなのか︖
遠ざかていく後ろ姿に迷いはなく︑胸を張て堂々と歩いている︒
バカだ……真性のバカがあそこにいる︒
商売に向いていないどころの話じ ない︒あいつは︑平穏(へいおん)な⽣活を送ることにすら向いていない︒確実に泣きを⾒る︒遠くない未来︑必ずそうなる︒⼿酷(てひど)く騙(だま)されて︑取り返しのつかないところまで追い込まれて︑くだらないヤツに︑くだらないことで⼈⽣を滅茶苦茶(めちやくちや)にされて︑そして︑……諦(あきら)めて死んじまうんだ︒
﹁仕⽅ないよね﹂なんて⾔いながら︑﹁迷惑(めいわく)かけてごめんね﹂なんて謝りながら……
遠ざかる陽だまり亭の店員の背中に……不意に……親⽅と⼥将(おかみ)さんの姿がダブて⾒えた︒そして︑……激しい怒(いか)りが腹の底から湧(わ)き上がてきた︒ふざけんなよ︒俺に施(ほどこ)したつもりか︖
冗談じねぞ︕
俺はな︑お前なんかよりもはるかに賢(かしこ)く⽣きられるんだ︕
誰(だれ)かに騙されることも︑⼈⽣に⾏(ゆ)き詰(づ)ま て泣き⾔を漏(も)らすこともない︕
お前が搾取(さくしゆ)される側の⼈間だとすれば︑俺は搾取する側だ︕
⼈を疑えないのは優(やさ)しさじ ない︑愚(おろ)かさだ ︕騙されるヤツはバカなんだ ︕そんなことにすら気付いていない⽢ちんが︑この俺に施しを与(あた)えたつもりか︖
舐めんじねぞ︕
俺は︑同情されるような弱い⼈間じ ない︕
誰かに助けてもらわなき⽣きていけないような︑未熟な⼈間じ ない︕俺のために犠牲(ぎせい)になるようなマネ︑してんじねよ︕﹁…………待てよ︑この ︕﹂
 
出所が分からない怒りに突き動かされ︑俺は⾛り出した︒
何に怒(おこ)ているのかは分からん︒
分からんが︑この怒りをなかたことには出来ない︕
陽だまり亭の店員は︑⼤通りの中ほどにある細い横道へ⼊ていた︒陽だまり亭がある⽅向
だ︒店に戻るのだろう︒
だたら途中(とちゆう)で捕(つか)まえて︑飯代をその顔に叩きつけてやる︕
﹁テメの同情なんざいらね﹂と︒
﹁⾃分がクソ貧乏(びんぼう)なくせに他⼈に施してんじね﹂と︒
﹁⾃分の⾝を削(けず) てまで他⼈に優しく出来るほど︑テメは偉(えら)くも強くもねだろう﹂と︕
お前みたいなバカで愚かなお⼈好(ひとよ)しがな……誰かを助けるなんて︑⼗年早いんだよ︕店員が曲がた⾓を全速⼒で曲がり︑……慌(あわ)てて引き返した︒
﹁んん !?﹂
曲がり⾓には⼤きな掲⽰板(けいじばん)が設けられており︑四⼗⼆区の全体図や︑ギルドの勧誘(かんゆう)メモのよう
 
なものが貼り出されていた︒
その中に︑とても⾒覚えのある顔があた︒……俺だ︒
 
WANTED︕
偽造硬貨所持の疑い
捕らえた者には懸賞 ⾦ 10万Rb ⽣死問わず
とくちよう
特徴⾝⻑170センチ前後
    くろかみ    ひとみ
⿊髪に⿊い瞳
⾼級な⾐服を⾝に纏ている
俺の似顔絵が描かれた⼿配書が︑掲⽰板のど真ん中に貼り出されていたのだ︒
﹁……なんだよ︑これ﹂
まさか︑指名⼿配されていたとは……く︑こんな危険なもんは破り捨てて……と︑思たのだが︑掲⽰板には﹃精霊教会の名に基(もと)づき︑掲⽰物を許可なく破ることを禁ずる﹄という⼀⽂が記されていた︒……破たらカエルにでもされるのか ︖ 不確定要素が多過ぎて下⼿(へた)に⼿出しが
出来ん……絶妙(ぜつみよう)な⽂章書きやがて︒
しかも︑⽣死問わずて……どこの⻄部劇だよ︒
酒場にいた時にこんな話は⼩⽿にも挟(はさ)まなか た︒というか︑こんなもんが出回 ていたなら︑誰かが俺に気付いてもおかしくない︒……この⼿配書は張り出されて間もない てことか…………なんとかしないと……
辺りを⾒渡(みわた)すと︑タイミングのいいことに⽬の前が服屋だ た︒⼿配書にあるように︑この街の⼈間にはこのブレザが⾼級に⾒えるらしい︒
俺は︑悪⽬⽴ちするブレザを着替えるためにその服屋へと⾶び込んだ︒
服を四⼗⼆区に合 たみすぼらしい物へと交換(こうかん)し︑ついでに店で使ていた筆とインクを格安
で譲(ゆず)てもらた︒
﹁……これでよし︑ と﹂
掲⽰板に貼り出された⼿配書の似顔絵に髭(ひげ)とシワを描き⾜し︑どう⾒ても俺には⾒えないように細⼯を施した︒﹃破るな﹄とは書いてあるが﹃落書きするな﹄とは書かれていない︒これなら
⽂句ないだろう︒
⽬の前の服屋は︑ヒツジ⼈族の⼥店主が経営する店だた︒当然というか︑ウル以外の⾐服
も扱(あつか)ていた︒
で︑そのヒツジ⼈族が⾔うには︑掲⽰板は店の前にあるこれひとつだけらしい︒⾔われてみれば︑この世界にコピ機があるわけもなく︑量産は出来ないのだろう︒どう⾒ても⼿書きだしな︑この⼿配書︒……版画てとこに気が付いていないのは不幸中の幸いだ︒
枚数が限られるが故(ゆえ)に︑こういう⼿配書は領主のところと︑各区の掲⽰板に⼀枚貼られるだけ
なのだそうだ︒
つまり︑この情報はまだほとんど⾒られていなかたというわけだ︒……助かた︒
しかし︑他(ほか)の区ではどうか分からない︒ほとぼりが冷めるまでは四⼗⼆区に留(とど)ま た⽅がよさ
そうだ︒
﹁ま たく……余計なことをしてくれるぜ﹂
ナイスミドルに描き替(か)えられた⾃⾝の似顔絵を⾒つめ︑俺はとりあえずの安堵(あんど)を得る︒
﹁しかし……﹂
神様 てヤツはお茶⽬(ちやめ)なのかバカなのか単純なのか底意地が悪いのか…………
先ほど⼿に⼊れた3000Rbは︑⾐服⼀式とインクと筆の代⾦できれいさぱりなくなていた︒図(はか)たかのようにちうど3000Rbだ た︒……ゲムのチ トリアルか︒﹁さき⼿に⼊れたアイテムを使てみましう︕﹂みたいなノリか︒……笑えね︒
クオリテの割に値段がバカみたいに⾼い服の中からマシな物を選ぶのに時間がかかり過ぎた
ようで︑⾒上げた空は真⾚に染ま ていた︒
﹁急ぐか﹂服を着替え︑⼿配書をどうにかしたところで︑俺は当初の⽬的を遂⾏(すいこう)するために歩き始める︒
⼤通りを離(はな)れ細い路地を進んでいくと道が徐々(じよじよ)にデコボコになり︑建ている家もどんどんみすぼらしくなていく︒喧騒(けんそう)は遠ざかり︑⼈通りもなくなる︒
⽇が傾(かたむ)き始め︑⽳ぼこだらけの道が薄暗(うすぐら)さと不気味さを増す︒
……はは︑今⽇もまともな飯を⾷てない︒グレ プフル ツジ スを飲んだだけだ︒歩く度に腹の⾍がくく と鳴く︒
そして︑空が茜⾊(あかねいろ)を通り過ぎて群⻘(ぐんじよう)⾊をどんどん深くしていく中︑俺は再びこの店の前にたどり着いた︒
陽だまり亭︒
 
ナイフとフ クの形にくり貫かれた看板が⽬印の︑おんぼろ⾷堂だ︒
店の中からは︑またしてもいい匂(にお)いが漂(ただよ) てきている︒だが︑今⽇もまた客の気配はなく︑辺
りは静まり返ていた︒
来てしま たが……さて︑どうしたものか︒
 
⼿配書の⼀件でてんやわんやして︑怒りなんてものはすかり消え失せていた︒飯の代⾦を叩(たた)きつけてやろうにも︑服を買たせいで残⾦はゼロ︒
……俺︑何しにここに来たんだろう︖
﹁やぱ……やめとくか﹂
よく考えたら︑俺が怒るなんてお⾨違(かどちが)いなのだ︒
そもそも︑俺は⾷い逃げをしたわけで︑そのことを知てか知らずか︑ここの店員は⼝に出さ
なかた︒それを︑わざわざ蒸(む)し返すような真(ま)似(ね)をしなくてもいいんじ ないか︖
うん︒そうだな︒やぱ俺︑ち とどうかしてたわ︒
親⽅たちのことを思い出して︑感傷的になてたのかもしれん︒けど︑それも⼀時の気の迷いだ︒いいじ ね か︑飯がタダになたんだし︒﹃タダより尊いものはない﹄て︑昔から⾔うもんな︒
よし ︕引き返そう︕
折⾓(せつかく)の厚意(こうい)だ︑ありがたく受け取ることこそが親切というものだろう︒──と︑店先で回れ右
をした俺が⾒たものは…………とぷりと暮れた︑薄暗い空だた︒
﹁…………﹂
遠くの空が︑深い群⻘⾊に染ま ている︒
⼤通りに続く細い道の先が暗くぼやけて︑まるで冥界(めいかい)への⼊り⼝のような雰囲(ふんい)気(き)を醸(かも)し出している︒
油断すればのみ込まれてしまいそうな闇(やみ)が……すぐそこにまで迫(せま)てきていた︒
﹁…………ふ﹂
 
ま ︑俺もな︑この街に来て丸⼀⽇以上過ごしたわけで︑いつまでも世間知らずな⼦猫(ね)ち ん
状態てわけじね んだわ︒
夜の闇だて︑昨⽇⼀度経験済みさ︒
そんなわけで……
﹁いらしいませ︑ようこそ陽だまり亭へ ︕ …… て︑あれ ︖お客さん︖﹂
﹁……来ち た﹂
 
強がりなんか投げ捨てて︑⽢えられるご厚意には⽢え尽くそうかと思います︒
 
お願い ︕泊めて︕
てか︑この世界で俺が優位に⽴てそうなの て︑お前しかいないんだわ︒
 
お前なら︑どんなに油断しても︑絶対寝⾸を搔かれるようなことはないと確信してる︕
﹁嬉(うれ)しいです︒また来てくださたんですね!?﹂
無邪気(むじやき)な顔でそんなことを⾔い︑ぴ んぴ んと⾶(と)び跳(は)ねる店員︒
ジ ンプの度(たび)にぽいんぽいん揺(ゆ)れている︒何がかは︑あえて⾔わない︒ま ︑しいて⾔うなれ
ば……夢とロマンが揺れているのだ︒
あ︑いかんいかん︒夢のような光景を⾒つめながら夢の世界へ旅⽴つところだた︒きちんと話をつけなければ……もう︑暗いところで夜明かしするのとか︑無理︒とにかく︑交渉(こうしよう)だ︒
﹁まず︑最初に︒昨⽇の飯代はきちりと払(はら)う ︕だが︑俺は今⾦がない﹂現状をきぱりと告⽩する︒
店員は驚(おどろ)いた表情を⾒せ︑次いで⼼配そうな表情を浮(う)かべた︒
﹁それで︑あの⾼価な服を売ち たんですか︖﹂
ん ︖ ……あ︑そうか︒今の俺はみすぼらしい服を着ているんだた︒
なるほどな︒⾦がなくて服を売り払 たように⾒えるのか︒ま ︑あえて訂正(ていせい)しないでおこ
う︒
﹁それで︑どうすれば飯の代⾦を払えるかを考えていたんだが……﹂
﹁いつでもいいですよ︒わたし︑お客さんのこと信⽤しますから﹂
いやいや︑俺みたいなヤツは⼀番信⽤しちダメだろうが︒何を⾃信たぷりに⾔てるんだか︒
﹁だて︑お客さんはご⾃分のことを話してくれましたから︒誠実な⽅なのだと︑わたしは思います﹂
うわ ……この娘(こ)︑ちろい……カモがネギどころじ なくて︑カモ鍋(なべ)の素(もと)と︑他の野菜ま
で背負てやて来ち た状態じ ん︒ま ︑今はそ ちの⽅が助かるけどな︒﹁⾦はないが︑代⾦はきちんと⽀払いたい︒そこで相談なんだが……俺をここで働かせてくれないか︖﹂
﹁え……︖﹂
﹁もちろん︑給料なんてほんのわずかでいい︒なくても……よくはないけど……ま ︑いい ︕その代わり……﹂
俺は深々と頭を下げ︑⼤声で⾔う︒
﹁部屋と飯を提供してほしい ︕この通りだ︕﹂俺には⾏き場がない︒
宿に泊まろうにも⾦がない︒
飯だて︑結局全然⾷えてない︒
俺流の稼(かせ)ぎ⽅で⾦を⽣み出すことは︑おそらく可能だろう︒
だが︑そのためにはこの街のことをよく知らなければいけない︒
なんの情報もないままに︑ここで﹃商売﹄をするのはリスクが⾼過ぎる︒もう少し︑この街のことを知る必要がある︒
そのためには︑騙(だま)されやすくて︑お⼈好(ひとよ)しで︑扱いやすい⼈間のそばに置いてもらうのがベストだ︒
すなわち︑ここで住み込みとして働くのが︑今の俺にとては最良なのだ︒もとも︑⾒ず知らずの男をそうやすやすと家に上げるとは思えないが……︒でもせめて今晩
だけでも︑最悪軒先(のきさき)でもいいから貸してくれれば…………
﹁嬉しいです︕﹂
﹁……は︖﹂
顔を上げると︑店員は握(にぎ)り拳(こぶし)を⼆つ揃(そろ)えてアゴに添(そ)え︑⾝悶(みもだ)えるように体を揺すていた︒⽬がキラキラと輝(かがや)いて︑頰(ほお)が上気している︒
…………え︖
﹁わたし︑ずと⼀⼈でこのお店をやてきたんですが︑どうにもお客さんの⼊りが悪くて…… 誰(だれ)か⼒を貸してくれる⽅はいないでしうかと思(おも)い悩(なや)んでいたところなんです︕﹂
﹁は︑は ……﹂
店員は︑両⼿で俺の⼿を摑(つか)み︑⿐息荒(あら)く急接近してくる︒
﹁これて︑運命かもしれませんね︕﹂
﹁いや︑それは︑ち と⼤袈裟(おおげさ)なんじ ……﹂
﹁いいえ ︕精霊神(せいれいしん)アルヴ様のお導きに違(ちが)いありません ︕あ︑毎⽇ご奉仕(ほうし)していてよかた……やぱり︑アルヴ様はわたしたちを⾒ていてくださたのですね︕﹂
いや ……たぶんだけどな︑神様 てそこまで暇(ひま)じ ないと思うぞ︒
 
﹁こちらこそ︑是⾮お願いします ︕ 部屋はいくつか空いていますので︑お好きなところを使てください︒掃除(そうじ)はまめに⾏ていますので︑すぐにでも使えるはずです﹂
そんな説明をしながら︑俺の⼿荷物──服屋で⼀式買 たらサビスとしてくれた布袋(ぬのぶくろ)で︑今は俺のブレザが⼊ている──を⼿に取り︑奥へと歩いていく︒
﹁何か必要なものがあれば⾔てください︒お⾦がないので⼿に⼊れられないものがほとんどですが︑⾃作出来るものでしたら⽤意しますので﹂
しべりながら︑ずんずんと奥へ進んでいく︒……俺を置いて︒
﹁あれ ︖どうされましたか︖﹂
俺がカウンタ 前から動いていないことに気付き︑店員は駆(か)け⾜(あし)で戻(もど)てくる︒
﹁いや︑いいのか ︖そんなに簡単に俺を雇(やと)うて決めて﹂
﹁はい︒ただ……︑お給料は︑本当に期待しないでいただきたいのですが……でも︑お⾷事は三
⾷きちんとご提供いたしますので︕﹂
﹁……お前︑⼀⼈でここに住んでるんじ ないのか︖﹂
﹁はい︒……数年前までは︑お祖⽗(じい)さんと⼆⼈で暮らしていたのですが…………﹂お と︑スト プだ︒そんな暗い話は聞きたくないんだ︒要するに︑⼀⼈暮らしで間違いないんだな︖
﹁……いいのか ︖男を︑そんなほいほい家に上げたりして﹂
﹁え ︖ ………………………………いけませんか︖﹂こいつマジか!? マジで危機感がないのか!?
﹁あのな……俺は︑⼤きなおぱいが⼤好きだ︕﹂
﹁ふえ !?﹂
真剣(しんけん)な顔をして……………………俺は何を⾔ているんだ︖
いや︑違うんだ︒
こいつがあまりに無防備過ぎるので……多少なりとも緊張感(きんちようかん)を持 ておいてもらわないと︑俺の理性が……いや︑いい距離感(きよりかん)を保つことこそが共同⽣活を円滑(えんかつ)に運ぶ上で最も重要なことだと︑俺は思うわけだ︑うん︒……あんまり無防備過ぎると︑イケナイことをしてしまいかねない……そうなると︑後々厄介(やつかい)なことになるからな︒
﹁え︑え と……わた︑わたしは︑その……⾷堂経営者ではありますが︑精霊神様の教えに深く感銘(かんめい)を受けておりまして︑⼼は精霊神様と共にあり……で︑ですので︑その︑異性の⽅と︑そ︑
そういた⾏為(こうい)は固く禁じられており……それ故(ゆえ)に……﹂
﹁あ︑待てくれ︕﹂
盛⼤に慌(あわ)て出した店員を⾒て︑俺は少しだけ安堵(あんど)した︒
こいつにも︑⼀応危機感というものは存在しているようだ︒ただ︑物凄(ものすご)く希薄(きはく)なだけで︒
﹁別にお前をどうこうしようというつもりはない︒そこは信じてくれ﹂
﹁はい︒信じます﹂
だから早いんだよ︑信⽤するのが ︕
⼀回くらい揉(も)んだ⽅がいいか︑その巨乳(きよにゆう)!? そうしないと気付かない てんなら揉むよ︑いくらでも!? いつでも⾔てね︕
﹁……とにかく︑そういうことを踏(ふ)まえた上で︑もう⼀度尋(たず)ねるぞ﹂俺は︑真剣な表情で店員に尋ねた︒
﹁俺を雇てくれるのか︖﹂
﹁はい︒歓迎(かんげい)いたします﹂
こいつは…………正真正銘(しようしんしようめい)のバカだ︒
いや︑バカがいてくれて助かた︒
これで︑この世界での地盤(じばん)固めがやりやすくなるてもんだ︒
…………その間︑こいつには︑ち とだけ世間の厳しさを教えてやらなき な︒
﹁分かた︒お前の信⽤を裏切らないように努めるよ﹂
﹁はい︒よろしくお願いします﹂
俺が⼿を差し出すと︑店員はなんの躊躇(ためら)いもなくその⼿を握た︒しかも両⼿で︑包み込むように︒……やめてよ︑ドキドキするじ ない︒とにかく︑俺たちは握⼿(あくしゆ)を交(か)わした︒握⼿とはすなわち︑契約(けいやく)の証(あかし)だ︒
 
﹁俺はオオバ・ヤシロ︒オオバが苗字(みようじ)でヤシロが名前だ﹂
﹁分かりました︒では︑﹃ヤシロさん﹄とお呼びしますね﹂いきなり名前呼び!? ﹃オオバさん﹄と呼んでもらおうと思てオオバが苗字だと⾔たのだが……こいつ︑合コンで⼈気出る系⼥⼦なんじ ないのか ︖ ……あ︑こういう娘と合コンしたかたな……
そんな俺の悲哀(ひあい)には気付く素(そ)振(ぶ)りも⾒せず︑店員は俺の⼿をにぎにぎしながら笑(え)みを向けてく
る︒
おう ︕ にぎにぎ ︕なんかにぎにぎしてる!?
﹁あ︑ごめんなさい﹂
俺が⼿を⾒つめていたからだろうか︑店員はにぎにぎをやめて⼿を放した︒
﹁なんだか︑ヤシロさんの⼿が⼤きくて……つい﹂
これが噂(うわさ)に聞いた︑﹁わ︑ヤシロ君て⼿⼤きいね﹂からのにぎにぎコンボか !? こい
 
つ︑合コンで⼈気出る系⼥⼦だな!? 天然ぽいし︑確実にそうだ︕
﹁あ︑あの ︑すみませんでした︒なんだか︑お祖⽗さんの⼿に似ていたもので……﹂
﹁誰の⼿がシワシワか!?﹂
﹁い︑いえ ︕そういうことではなくてですね……とにかく︒不快な思いをさせてしまめんなさい﹂
不快だなんてとんでもない︕
 
﹁この娘︑⼿のひらやわらかい﹂てち とテンシ ン上が ち ただけだ︒
 
て︑ごホント︑こんな娘と合コンを……具体的には︑王様ゲムとかしたかたな……
﹁王様ゲム て知てるか︖﹂
﹁え ︖王様ですか︖﹂
﹁あ︑いや︒なんでもない﹂
あの反応……やぱりこ ちの世界にはないのか……
﹁あ︑あらためまして﹂
こほんと咳払(せきばら)いをし︑店員は姿勢を正した後で深々とお辞儀(じぎ)をした︒
﹁わたしはジネト・テナルです︒ジネトとお呼びください﹂
名前呼びを強要された︒ま ︑こいつの距離感なら︑それが普通(ふつう)なんだろうな︒
警戒⼼(けいかいしん)の⽋⽚(かけら)もない︒……やぱ︑ち とアホの娘なんだろうな︒
そんなことを考えている俺に︑ジネトは変わらず太陽のような眩(まぶ)しい笑顔を向けてくる︒歓迎されているのはよく分かた︒だが︑あまりに無防備過ぎて少し⼼配になてきた︒
これはあれか ︖ 保護欲(よく)てやつか ︖ ………………まさかな︒ないない︒
とにかく︑これで当⾯の拠点(きよてん)を⼿に⼊れたわけだ︒この街のことを調べ︑⾦儲(かねもう)けの種を探す拠点を︒なんなら︑この店を乗取てやるのもいいかもしれん︒この能天気なジネトは︑それくらいキツイお灸(きゆう)を据(す)えてやらなければ⼰(おのれ)の愚(おろ)かさに気が付かないだろう︒授業料としてこの店を⼿に⼊れるのも︑ま 悪くないかもしれんな︒視線を向けると︑ジネトと⽬が合 た︒
その瞬間(しゆんかん)︑ジネトは⼩さくガツポズを作て︑嬉(うれ)しそうにこんなことを⾔た︒
﹁パイオツカイデで頑張(がんば)りましうね︕﹂
﹁ぶふ !?﹂
﹁に !? ヤシロさん !? どうしたんですか!? ヤシロさん!?﹂
蹲(うずくま)る俺の背中を︑ジネトがそ と撫(な)でてくれる…………
いかん︑こいつと⼀緒(いつしよ)にいるのは相当危険かもしれない…………主に︑俺の精神がもたない可能性がある︒
笑顔で何⾔てんの︑こいつ︖
いや︑ま ……︑100%俺のせいなんだけどな…………
こうして︑俺は四⼗⼆区のおんぼろ⾷堂﹃陽だまり亭﹄にて︑住み込みの従業員となた︒
仕事内容は主に……アホな店主へのツコミ︑だな︒

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