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Isekai Sagishi V1C3

03﹃陽だまり亭の朝﹄

異世界へやて来て三⽇⽬の朝︒
俺は四⼗⼆区のおんぼろ⾷堂﹃陽(ひ)だまり亭(てい)﹄の⼆階にある⼀室で⽬覚めた︒
四畳半(よじようはん)くらいのこの狭(せま)い個室には︑ベ ドと机が備え付けられており︑机の前に置かれてい
る⻑持──蓋(ふた)のついた⻑⽅形の⼤きな⽊箱だ──が荷物⼊れ兼椅(けんい)⼦(す)の役割を果たしている︒
 そしてベドだが…………俺は最初﹃ワラ⼊れ﹄かと思たよ︒
 それは︑⼤きな⽊箱にワラを﹁これでもか︕﹂と詰(つ)め込んだだけのもので︑体を起こすと頰(ほお)についたワラがパラパラと落ちていた︒
 ⾍が湧(わ)かないように煙(けむり)で燻(いぶ)し︑天⽇によく⼲したワラを使⽤しているらしいが……アルプスの
少⼥になた気分だよ︑ま たく︒
 気分的にはもうひと眠(ねむ)りしたいところなのだが︑それはち と無理そうだ︒
﹁……あ︑めちいい匂(にお)いがする﹂
 階下から︑空(す)き腹(ぱら)には堪(たま)らん匂いが漂(ただよ)てきているのだ︒
 今は何時くらいなのだろうか︖
 窓には⽊の板が嵌(は)め込まれているため︑光は⼀切(いつさい)⼊
 
てこない︒⽇中は⽊板を外側へ押し上げ
 
るように開き︑つかい棒で固定しておくのだ︒
 
 窓ガラスはないらしい︒いや︑なくはないな︒三⼗区でチラ と⾒た記憶(お)がある︒単にこの家が貧乏(びんぼう)で⼿に⼊れられないだけなのだろう︒ま ︑そこは贅沢(ぜいたく)を⾔うまい︒屋根と壁(かべ)があるだけでも幸せなのだ︒……闇(やみ)が怖(こわ)い︑カエルが怖い︑幽霊(ゆうれい)など信⽤していないがいそうで怖い︒野宿
 
とか︑もう無理…………ベドのこと悪く⾔てごめんなさい︒アルプスの少⼥最⾼です︒仔ヤギとかいたら︑⼀緒にくるくる回ちいたいくらいです︒
神様︒俺︑普段(ふだん)あんたのこと嫌(きら)いだけど︑今回だけはこの巡(めぐ)り合(あ)わせに感謝してんだ︒マジで︒おおきに︑おおきに︑ありがとちん︒……な︖
なんにせよ︑せかく⼿に⼊れた寝床(ねどこ)だ︒やすやすと⼿放して堪るか︒こ ちでの⽣活基盤(きばん)が
整うまでは存分に利⽤させてもらおう︒
そんなわけで︑家主が活動を始めたのなら俺も起きて⼿伝いをしなければいけないのだ︒
信⽤とは︑そうやて勝ち取ていくものなのだから……そして︑信⽤の先にあるのは莫⼤(ばくだい)な利益だ︒それはおそらくどの世界でも共通のことだろう︒
 いまだ重い瞼(まぶた)をシ キリさせるために︑俺は窓の⽊板を押し上げる︒太陽の光でも浴びれば⽬も覚めるだろう………… て︕ 外︑暗 !? まだ夜じ ね
か︒……そして︑寒 ︕
春とはいえ︑朝⼣はまだまだ寒い︒こんな早くから活動してるのか︑ジネトは︒
俺は⽊板を閉め︑真暗な中︑部屋を出る︒
廊下(ろうか)に出ると︑似たような扉(とびら)が並んでいる︒部屋数は︑寝室(しんしつ)が四つに物置部屋が⼀つの計五つ︒階段を上 て右──北側にジネトの部屋があり︑左⼿に延びた廊下に⾯して横⼀列に三部
 
屋ある︒廊下の突き当たりには今はほとんど使われていない物置があり︑その真下が⾷堂の客席に当たる︒
⽥舎(いなか)だから⼟地が安いんだろうな︒こんな貧乏ボロ家のくせに部屋が余 てやがる︒
中世は部屋なんて概念(がいねん)は希薄(きはく)で︑⼤部屋で家族が共に寝(ね)起(お)きしていたらしいが……俺の知ている中世とは似て⾮なる世界てわけか︒⽂明レベルを思い込みで決めつけると痛い⽬を⾒そうだ︒気を付けよう︒
この建物は⽞関(げんかん)こそ側⾯についているが︑縦に細⻑く︑ウナギの寝床と呼ばれるような構造をしている︒この街ではこういうのが⼀般(いつぱん)的な建物のようなのだが︑陽だまり亭の周りには⺠家はおろか建物と呼べるものは何もなく︑スペ スは嫌(いや)というほど空いている︒もと広い家にすりいいのに︒ま ︑広過ぎても持て余すか︒
 ⼆階の廊下を進むと階段があり︑それを下りると中庭に出る︒
 
 階段は建物の外に作られている︒ま ︑外というか︑吹き抜けなのだが︒
陽だまり亭の構造は︑⼀階の前半分が陽だまり亭の客席︒奥に厨房(ちゆうぼう)があり︑さらに奥には中庭と⾷料庫がある︒中庭ではニワトリが放し飼いにされており︑ち とした畑も設けられている︒この中庭が吹き抜けになているのだ︒
居住スペ スはすべて⼆階にあり︑リビングはないようだ︒客席がそれに当たるのかもしれんが︒
そんなわけで︑トイレへ⾏く時は⾃室を出て廊下を進み︑階段を降りて中庭へ出てから厨房へ
 
⼊り︑カウンタを越えて⾷堂の出⼊り⼝を通 て外に出て︑ぐる と建物の裏まで回らなければたどり着けない︒……⾮常に⾯倒(めんどう)くさい動線だ︒
しかも︑そこまでの苦労をしてたどり着いたトイレは床(ゆか)に⽳をあけただけのトイレとも呼べない代物(しろもの)で︑当然明かりなどなく︑おまけに臭(くさ)い……最悪だ︒
昨晩はすげトイレに⾏きたいのを無(む)理(り)⽮(や)理(り)我慢(がまん)して眠りに就(つ)いた︒⽇が昇(のぼ)てから⾏こうと思て ︕なので今︑超(ちよう)我慢してる ︕ ……おう︑朝の冷気が膀胱(ぼうこう)を刺激(しげき)する︒階段を下りきたところで︑俺は中庭の異変に気が付いた︒
中庭が狭い︒その原因は︑まるで庭を間仕切るように張られた⼤きな布だ︒
 
⼤きな布が中庭の⼀⾓に張られていたのだ︒寝る前にはあんなものはなかた︒つまり︑ジネトが起きてからわざわざこの布を張たということだ︒……⼀体︑この布になんの意味があるんだ︖
﹁よし︑⼊ろう︕﹂気になるので︑布を捲(まく)
﹁…………お !?﹂
 
て中に⼊てみる︒……すると︒
 
そこは︑ひらひらふわふわした空間だた︒
やや丸ま た三⾓形の布地が︑洗濯(せんたく)ロ プにぶら下げられて⾵にはためいていた︒そう︑これ
は男⼦共通のトレジ ︒その名も︑﹃パンツ﹄︕
それも⼀つや⼆つではない︒⾒渡(みわた)す限(かぎ)り︑⼀⾯だ︒
⽬の前にトレジ があれば︑じくり鑑賞(かんしよう)するのが男⼦たるものの嗜(たしな)みというもの︒
俺は︑⽬(め)利(き)きの鑑定⼠(かんていし)が名画を観察するかの如(ごと)き鋭(するど)い視線で︑⾵と戯(たわむ)れるパンツをじ くりと眺(なが)めた︒
最初に⽬に⾶び込んできたのは︑眩(まばゆ)い純⽩の清純派パンツ︒フリルがあしらわれており︑清純さの中に可愛(かわい)らしさが演出されている︒
そして隣(となり)に視線をずらすと……︑なんとレ ス編みだ ︕腰(こし)に触(ふ)れるサイドの部分がレ スで
しつらえられており︑ち ぴりシ スル になている︒
さらに︑男⼼を鷲摑(わしづか)みにする⽩とブルのストライプ︕
﹁……ここは︑天国か︖﹂
 
 なぜこんなトレジ がこんなところに……神の御加護というヤツか……は  ︕まさか︑異世界のパンツはこうやて収穫(しゆうかく)されているのか!?
無いとは⾔い切れない︒なにせ︑ここは異世界なのだから︕
そういえば⼥将(おかみ)さんが︑﹁もぎたての果実は美(お)味(い)しい﹂て⾔てた けな︒よし︑ならばち
 
ともいでみるか……しかし︑禁断の果実を⼿にしたアダムはその後痛い⽬を⾒ている……迂
闊(かつ)に⼿を出すのは危険だ……
﹁……ん︖﹂
ふと︑⾜元を⾒ると︑暗い闇の中に⽩く輝(かがや)く⼩さな布が落ちているのを発⾒した……
 
お︑ゴ ド ︕これがあなたの慈悲というヤツか……
禁断の果実に⼿を触れることは禁じても︑地⾯に落ちた果実は⾒逃(みのが)してくれるというわけだ
な︒
ならば拾おう︑神の御⼼(みこころ)のままに︕
﹁…………ふむ︒フリルか﹂
全体を覆(おお)うようにフリルが取り付けられており︑肌(はだ)に直接触れる布地を覆い隠(かく)している︒だが︑隠されている部分が多いからこそ︑顔を覗(のぞ)かせている先端(せんたん)の⼩さな三⾓形が⼀層魅⼒(みりよく)的に⾒える︒
ひらひらとしたフルムが全体的に可愛さを演出しながらも︑その中に隠されたエロスがピリ
 
リと利いている︒──素晴らしい︒
﹁いい仕事してますね﹂
思わず呟(つぶや)いてしま た︒
しようさん あたい
称賛に値する︒
﹁ん…………待てよ︒まさか︑こいつ…………⼿作りか︖﹂
俺はパンツを広げ︑引張り︑裏返し︑びよんびよんさせてじくりと観察する︒
 
よ く⾒ると︑使われている⽣地にバラツキがある︒縫い⽬も︑ごくわずかにぶれている箇所(しよ)がある︒とはいえ︑店で売ているものと遜⾊(そんしよく)ないクオリテ だ︒もしこれがジネトのお
⼿製なのだとしたら︑わざわざ⾐類を買う必要はなくなるかもしれない︒
俺も職業柄裁縫(しよくぎようがらさいほう)は得意だし︑⼆⼈でやれば⼤抵(たいてい)のものは作れるかもしれん︒そんなわけで……
﹁参考資料 てことで……﹂
俺は⼿に⼊れたフリルのパンツを懐(ふところ)にしま た︒
落ちているものを拾うことは罪ではない︒
そして︑桃(もも)やリンゴやオレンジでもそうなのだが……落下してしま たものにはもう商品価値はないのだ︒
⽇本にいた頃(ころ)︑懇意(こんい)にしていた農家のおじち んが︑﹁落ちたヤツならいくらでも持 てきな︒どうせ捨てちまうんだ﹂といて︑⼤量にくれたことがある︒
これはまさにその状況(じようきよう)だ︒
ただそれが︑桃かパンツか︑それだけの違(ちが)いなのだ︒
いうなればここは桃源郷(とうげんきよう)だ︒
そこは誰(だれ)もが憧(あこが)れる理想の地で︑辺り⼀⾯にかぐわしい⾹(かお)りを放つ桃が⽣(な) ている︒ほらみ
ろ︑ここと同じではないか︒
ただ⽣ているものが︑桃かパンツか︑それだけの違いなのだ︒
俺がこの理想郷にたどり着けたのも神のお導きによるものだろう︒
神様︒この巡り合わせに感謝します︒
いや︑実は俺︑前からあなたはやれば出来る⼦だと思てたんスよ︒うんうん︑こういうの︒こういうの待てた︒
﹁さて︑神様へのお祈(いの)りも済んだし︑そろそろ⾏くか﹂
す かり堪能(たんのう)し︑空腹と尿意(にようい)が限界に差(さ)し迫(せま)
から厨房へ続くドアをくぐた︒
ずいぶん
 
てきた俺は︑いそいそと理想郷を離(はな)れ︑中庭
 
﹁おはようございます︑ヤシロさん︒随分早いですね﹂
 
俺が厨房へ顔を出すと︑ジネトは元気いぱいな笑みをこちらに向けてきた︒朝からフルパワだな︒
﹁お前の⽅が早いだろう︒ちんと寝てるのか︖﹂
﹁はい︒わたし︑寝るのが早いもので﹂
確かに︒ジネトは昨晩︑早々に眠てしま たようだ︒おかけで付(つ)き添(そ)いが頼(たの)めなくてトイレに⾏けなかたんだぞ︑俺は︒ま たく︑どうしてくれるんだ︒
今から⾏くか……いや︑⽇が昇てからでいいや︒まだ暗い︑まだ暗い︒
﹁仕込みか︖﹂
﹁はい︒数が多いので⼤変ですが︑これを怠(おこた)るわけにはいきませんから﹂
キラキラと瞳(ひとみ)を輝かせて⾔う︒それだけで︑こいつが料理好きなのだと分かる︒まな板の上に並ぶ⾷材はどれも丁寧(ていねい)に下処理がされていて︑包丁の使い⽅も⽂句なしだ︒……
え︑包丁︖
﹁包丁まであるのか︖﹂
 
こういう世界では︑ナイフで調理するものだと思ていたが……厨房を⾒渡すと︑出刃包丁や
柳刃(やなぎば)包丁まであた︒
﹁刺⾝(さしみ)とか︑⾷うのか︖﹂
﹁はい︒海のお⿂で︑新鮮(しんせん)なものが⼿に⼊た時は︑たまに﹂柳刃包丁を⼿に取り︑刃の状態を⾒てみる︒
 
鋼の包丁で︑⼿⼊れが難しい物だ︒にもかかわらず︑丁寧に研がれている︒
﹁うん︒⼤事に使われているようだな﹂
﹁分かるんですか︖﹂
﹁あ︒こういう︑道具に関してはち とな﹂
こだわり満載(まんさい)の町⼯場を経営していた親⽅に⾊々教わたのだ︒もとも︑そのほとんどが仕
事と関係ない趣味(しゆみ)の領域だたが︒妙(みよう)なことをいくつも教わた けな︒
﹁少し驚(おどろ)きました︒包丁て︑⼀般の⽅はあまりご存じないもので﹂ま ︑⼀般⼈なら︑ナイフがあり事⾜りそうだもんな︒﹁お祖⽗(じい)さん以外で︑柳刃包丁を⾒てお刺⾝を思い浮(う)かべる⽅に︑初めてお会いしました﹂
﹁少し知識があるだけだ﹂
﹁そうなんですか︒でも︑凄(すご)いです﹂
知識を持つことは凄いことではない︒それを上(う)⼿(ま)く使えるヤツが凄いのだ︒
﹁この街は︑近くに海があるのか︖﹂
﹁はい︒外壁(がいへき)の外に⾏けば︒ですが︑⾨を通るのにはお⾦がかかりますから︑気軽にはいけませんけど﹂
なるほど︒こういう壁(かべ)に囲まれた街なら⾨の通⾏に税が課せられるのは当然か…… てことは︑海⿂はその分割⾼になると……︒だからメニ にあるのは川⿂なのか︒
﹁わたしのお友達で︑たまにお裾分(すそわ)けをしてくださる⽅がいるんですが︑それ以外ではほとんど
お店に出せませんね﹂
 
﹁じ あ︑そのお裾分けをしているヤツに﹃もと寄越せ﹄と⾔えばいい﹂
﹁そんなことは……︑いただけるだけでもありがたいですのに﹂ジネトは恐(おそ)れ多いとばかりに両⼿を振(ふ)る︒
ま たく︒分かてないヤツだ︒
﹁厚意(こうい)てのは︑もらてやることも親切なんだぞ﹂
﹁そう︑なんですか︖﹂
﹁例えばだ︑お前が俺に飯をご馳⾛(ちそう)してくれたとする﹂
﹁はい︒三⾷は責任を持 てご⽤意させていただきます﹂
﹁その飯を︑俺が﹃こんなもんいらん︕﹄と⾔たら︑どうだ︖﹂
﹁う…………申し訳ない︑です﹂
そこで﹁申し訳ない﹂て⾔葉が出てくるところがな……ま ︑いいや︒
﹁じ あ︑﹃やた ︕これ⼤好物なんだ ︕ありがとう﹄て美味しそうに⾷べたら︖﹂
﹁嬉(うれ)しいです︕﹂
﹁そういうことだ﹂
⾔いながら︑ジネトの顔を⾒る︒驚いたような︑⽬からうろこが落ちたと⾔わんばかりの表情をしている︒
こいつは︑誰かに⽢えることを知らずに今まで⽣きてきたのかもしれんな︒
﹁厚意はもらてやた⽅が相⼿も喜ぶ︒⾃分も利益が出る︒いいこと尽(ず)くめだろう ︖逆に遠(えん)慮(りよ)すれば︑相⼿にも不愉快(ふゆかい)な思いをさせるし︑⾃分の⼿元には何も残らない︒誰も得をしないん
だ﹂
﹁…………なるほど︑です﹂
﹃相⼿も喜ぶ﹄と聞き︑ジネトは嬉しそうな笑みを浮かべた︒頼(たよ)られることが嬉しい︒そんな感情は︑き とこいつも持いたのだろう︒
けんじよう
 
ているはずだ︒そこに︑今気が付
 
﹁だから︑その知り合いとやらに﹃毎⽇⼤量に海⿂を献上しやがれ﹄ て⾔ てやれ︒き と
⼤喜びして踊(おど)り出すぞ﹂
﹁はい ︕分かりまし………………喜びますかね︖﹂
はは︑⼀瞬(いつしゆん)信じてやんの︒
 
頼られると嬉しい︑なんてヤツは詐欺師のいいカモだ︒精々気を付けるんだな︒
とはいえ︒これから先︑しばらくの間俺の拠点(きよてん)となるこの場所がなくなるのは困る︒だからこそ︑この場所の責任者であるジネトには︑⾊々教えてやらなければいけないことがある︒ た
く︑世話の焼けるヤツだ……
﹁いいかジネト︒他⼈の厚意に⽢えるのは悪いことじ ない﹂
﹁はい︒それは︑分かてはいるのですが……なんとなく︑申し訳なくて﹂
﹁いい物をもらた時に︑気持ちのいい礼を返してやりあ︑⼤抵の相⼿は喜ぶさ︒変な遠慮は
かえて失礼だろ﹂
﹁それは︑……そうかもしれませんね︒以後︑気を付けます﹂
そうはいても︑こいつは遠慮をするのだろう︒そして︑⾃分に不利益になるようなことを⾃ら進んで選択(せんたく)するのだ︒
 
しうがね な︒⾃分に置き換えれば理解も深まるか︒
﹁ジネト︒これを⾒ろ﹂
俺は︑ジネトの教育のために︑懐にしまい込んだ⼤切なものを⾒せてやる︒
ひらひらのついた︑くし と丸まる柔(やわ)らかい布︒パンツだ︒
﹁これは︑さき中庭で拾 たんだが……﹂
﹁に !? なにしてるんですか!?﹂
俺の⼿に収ま ているトレジ を⾒て︑ジネトが悲鳴を上げる︒だが︑⼼から感謝の意を伝えてやれば……
﹁ジネト︒いい物を︑ありがとう﹂
﹁あげませんよ !? 返してください︕﹂
なぜだ !? なぜ︑⼼がほこりとしない!?
ジネトは⾸から上を真⾚に染め上げて腕(うで)を振り回す︒そして︑俺の⼿からトレジ を強(ごう)
奪(だつ)しやがた︒
﹁それは俺のトレジ だぞ ︕返せ︕﹂
﹁わたしの下着です  ︕あげません︕﹂
なんてヤツだ……⼈が親切に教育を施(ほどこ)してやているというのに……
﹁ち ……しうがない︒じ あ︑あのスケスケのレ スのヤツにする﹂
﹁それもダメで…………そ︑そんなに透(す)けてませんもん ︕ふ︑普通(ふつう)ですもん︕﹂
否定の⽭先(ほこさき)が変わた︒何か︑譲(ゆず)れない名誉(めいよ)のようなものがあるらしい︒いや ……アレは結構なもんだたぞ︒
﹁勝負パンツか︖﹂
﹁もう  ︕懺悔(ざんげ)してください︕﹂
真⾚な顔で︑半泣きになりながらジネトが俺から奪(うば)たトレジ ︵フリルのパンツ︶を懐にしまう︒……くそ︒折⾓(せつかく)の参考資料が︒
﹁も︑もう︑ヤシロさん︒エチなのはダメですよ﹂
怒(おこ)た⼝調ながらも︑その顔は照れと焦(あせ)りに占(し)められている︒こういう話は苦⼿なのか︑⾒ているととても⾯⽩(おもしろ)い反応をする︒……こりあ︑イジメたくなてくるな︒
﹁わた︑わたしは︑寄付の下ごしらえをしますので︑ヤシロさんはゆくりお茶でも飲んでいて
ください﹂
﹁そうか︒⼿伝えることがあたら⾔てく…………寄付︖﹂
 
なんだ︑そのなんの利益も⽣み出さない忌まわしき⾔葉は︖
﹁はい︒陽だまり亭では︑毎朝︑教会へ朝⾷の寄付を⾏ているんです﹂改めて厨房(ちゆうぼう)を⾒渡(みわた)してみると︑そこには三⼗⼈前くらいはありそうな⾷材が⼭と積まれていた︒
﹁……まさか︑これ︑全部か︖﹂
﹁はい︒陽だまり亭⽤の下ごしらえは寄付の後︑戻(もど)てからやります﹂
お …………ゴ ド︒なぜお前は信じる者を地獄(じごく)に突(つ)き落(お)とすのか……
﹁寄付と詐(さ)欺(ぎ)は紙⼀重(かみひとえ)だ﹂
﹁そんなことないですよ !? みなさん喜んでくださいますし﹂
そんなもん︑詐欺だて⾒事に引かかてくれれば⼤喜びするだろうよ︑詐欺師がな︒
そもそも︑寄付なんかしてなんになるんだ ︖ ポイント制で︑何ポイントか集めると神様が幸運と引き換えてくれるわけでもないだろう︒
⼼の平穏(へいおん)なんぞ︑⾃分でコントロルすれば済む話なのだ︒
⽬に⾒える利益がないものに⾦品を注ぎ込むなど愚(ぐ)の⾻頂(こつちよう) ︕俺は認めない︕
神様を信じた者がすべて幸せになるわけではない︒じ あなんだ ︖ 寄付に寄付を重ねたヤツの中からほんの⼀握(ひとにぎ)りの者にだけ幸運が訪(おとず)れるのか ︖ ギンブルじねか︒
信じたて救われね なら︑信じる必要などない ︕ ……ま ︑信じなさ過ぎて散々酷(ひど)い⽬に遭(あ)わされている俺みたいなケスもあるちあるが……え︑これて神罰(しんばつ)なの︖とにかく︑寄付などという⽿に⼼地(ここち)のいい﹃浪費(ろうひ)﹄はやめさせなければ︒
﹁あ︑ヤシロさんはウチでゆくりしていてくださても構いませんよ﹂
﹁いや︑俺も⾏く﹂
﹁そうですか ︕では︑⼀緒(いつしよ)に⾏きましうね﹂
俺の返答を︑どういう意味合いで受け取たのかは知らんが︑ジネトはとても嬉しそうに表
情を輝(かがや)かせた︒
……お前を野放しにすると︑湯⽔のように﹃浪費﹄するだろう ︖ ……監視(かんし)してやる︒俺は﹃無(む)駄(だ)﹄と﹃浪費﹄と﹃クズヤロウ﹄が⼤嫌(だいきら)いなんだ︒……やめさせてやる︒
﹁おい︑ジネトち ん︕﹂
その時︑⾷堂の⽅からオサンの声が聞こえてきた︒
教会の使いか ︖ 寄付の催促(さいそく)に来やが たのか ︖よし︑オサンなら多少乱暴にしても問題ないだろう︒叩(たた)き返してやる︒
﹁俺が出てくる﹂
﹁え ︖あの︑ヤシロさん︖﹂
ジネトに⽌められる前に︑俺は⾷堂へと向かう︒そして︑ドアを開けてそこにいるであろう
 
諸悪の根源に怒鳴りつけてやろうと息を吸い込んだ︒
﹁テメにくれてやる飯は無……ぎ あああ !?﹂
﹁え !? ふ おおお !?﹂
ワニだ ︕ワニがいた︕
ドアを開けると︑俺よりもデカいワニが⽴ていた︒
﹁だ︑誰(だれ)だ︑お前は︖﹂
ワニが俺を⾒てそんなことを⾔う︒
こ ちのセリフだ︑この不審者(ふしんしや) ︕お前︑ここが⽇本なら即(そく)職質か⿇酔銃(ますいじゆう)だぞ!?
﹁あ︑モマトさん︒おはようございます﹂
慌(あわ)てた様⼦で厨房から出てきたジネトが︑ワニに向かて挨拶(あいさつ)をする︒
モマト︖
﹁知り合いか︖﹂
﹁はい︒いつもお世話になている⽅です﹂
﹁教会関係者か犯罪者か︑どちだ︖﹂
﹁どちでもねわ︑クソガキ ︕なんなんだよ︑お前は︖﹂
よく⾒ると︑服を着ているししべている︒ てことはワニ⼈族てことか︒
…… たく︑紛(まぎ)らわしい︒
﹁膀胱(ぼうこう)がパンパンの時に脅(おど)かすんじねよ ︕かけるぞ!?﹂
﹁なんの話か分かんねよ ︕おい︑ジネトちん︒こいつはなんなんだ︖﹂﹁こちらはヤシロさんといて︑昨晩から陽だまり亭で⼀緒に働くことになた⽅です﹂
﹁こいつが︑陽だまり亭で……︖﹂
ワニの⽬がぎろりと俺を睨(にら)む︒
 
俺はスと⽬を逸らす︒
ワニ⼈族だと分かても……ワニは︑さすがに怖(こわ)い︒
……と︑逸らした視線の先︑モマトの背中にカゴがぶら下がているのが⾒えた︒⼈参(にんじん)ぽいものが顔を覗(のぞ)かせている︒
﹁なんだ︑その野菜︖﹂
﹁ん ︖あ︑これか ︖こいつはウチで採れた野菜だ﹂
てことは︑このワニは農家なのか︒……ワニが畑仕事 ︖似合わね な︒
﹁で︑いくつくれるんだ︖﹂
﹁やらねよ︕﹂
﹁ケチ﹂
﹁ケチじねだろ!?﹂
﹁ワニ﹂
﹁ワニだけど ︕確かにワニだけども ︕だからなんだよ!?﹂
 
モマトを押し退けて背後に回る︒カゴの中には︑やや瘦せ気味ではあるが⾊のいい⼈参が
⼊ていた︒
﹁こいつは教会への寄付だ﹂
﹁お前ら︑寄付⼤好きか !?﹂
﹁寄付てのは好(す)き嫌(きら)いでやるもんじ ねだろうが︒ただ︑今⽇はこの後⾏商ギルドと会う約束があるからよ︑ジネトちん悪いんだが⼀緒に持 ていてくれねか︖﹂
﹁はい︒構いませんよ﹂
またそうやて安請(やすう)け合(あ)いをして……ここの店⻑は労働⼒てもんを軽く⾒過ぎなんじ ない
だろうか︒
 
﹁おい︑モマト︒引き受けてやるから︑お駄賃寄越せ﹂
﹁……お前な﹂
呆(あき)れたように頭をかいて︑﹁しうがね な﹂と︑モマトはカゴから⼈参を⼆本引き抜(ぬ)い
た︒
﹁ほれ︒これは駄賃で︑売買じねからな︖﹂
﹁そんな念押しなどせんでも︑⾦など出すか﹂
﹁……お前は…………ま ︑ならいい︒んじ︑悪いがよろしく頼(たの)むな﹂﹁はい︒お任せください﹂
﹁ジネトちんに変なことすんなよ︕﹂
⼤きなお世話だ︑くそワニ︒
最後に俺を⼀睨みして︑モマトは帰 ていた︒
﹁な︒これ︑陽だまり亭への寄付てことにならねかな︖﹂
﹁ダメですよ︒これは︑モマトさんのお気持ちと共に教会へお届けしましう︒ね︖﹂
そんな︑⼦供を窘(たしな)めるみたいに︒
﹁でもよ︒モマ トが寄付する野菜でお前が料理を作れば︑どちも寄付したことになてお得じねか︖﹂
﹁ウチのは朝⾷で︑モマ トさんのは教会の備蓄(びちく)になるんです︒それに︑ウチにはたくさん野菜が余 てますし︑たくさん作ても⼤丈夫(だいじようぶ)なんですよ﹂
なんでそんなに余 てんだよ︖
中庭に⼩さい畑があ たが︑収穫(しゆうかく)量なんぞ趣味(しゆみ)レベルだ︒ならば︑業者から買 ている可能性が⾼い︒……なぜそんなに買い込んで…………は !?
﹁……ジネト︑帳簿(ちようぼ)はつけてるか︖﹂
﹁はい︒厨房にありますが︑ご覧になりますか︖﹂
﹁あ ……じくりと︑⾒せてもらう﹂
﹁あ︑あの……ヤシロさん ︖ なんだか︑顔が怖いですよ︖﹂
﹁なに……俺の予想が外れてれば︑すぐにでも笑顔(えがお)に戻るさ……﹂
﹁は︑は ……で︑では︑こちらへ﹂
ジネトに連れられ厨房へ⾏き︑寄付の下ごしらえをするジネトの隣(となり)で帳簿に⽬を通した俺は……この帳簿を丸めて︑ジネトの後頭部を思いきり叩きたくなた︒
こいつ……﹃クズ野菜﹄を購⼊(こうにゆう)してやが た︒それも︑五 所から ︕ それだけじ ない︒他(ほか)の⾷材も複数の商⼈から少量ずつ購⼊しているのだ︒
……まんまとカモられてんじねか︒
﹁ジネト︒お前はなんでクズ野菜なんかを買ているんだ︖﹂
﹁はい︒親切な⾏商ギルドの⽅が格安で売てくださるので︑ご厚意(こうい)に⽢えているんです﹂
……親切……厚意…………
﹁バカか︖﹂
﹁ふ !? な︑なんでですか!?﹂
クズ野菜なんぞ︑業者にとてはゴミだ︒そんなゴミを︑⼆束三⽂でも売り払(はら)うことが出来れ
まも
ば丸儲けなのだ︒
おそらく︑いいカモがいると噂(うわさ)が広ま て複数の商⼈にカモられているのだろう︒﹁今⽇からお前のことは﹃アホの娘(こ)﹄か﹃巨乳(きよにゆう)戦隊お ぱいんじ ﹄のどちらかで呼ぶことにする﹂
﹁ジネトがいいです ︕ジネトと呼んでください !?﹂
﹁……だたら︑⾦の管理を俺に任せろ﹂
﹁え……でも︑わたし︑出来ますよ︖﹂
﹁出来てないです︑ちんちらおかしいです︑ままごとレベルです︑これは﹂
﹁あ︑あの……ヤシロさん ︖ひ として︑怒(おこ)て……ますか︖﹂
あ︑ムカつくね︒思た通り過ぎて︑清々(すがすが)しいまでにムカついてるな︒
どうも……こういう危機感のないお⼈好(ひとよ)しを⾒ていると…………イライラする︒
﹁モマトが今⽇⾏商ギルドと話をするて⾔てたな﹂
こんな時間に訪ねてくるてことは︑その話し合いは朝⽅なのだろう︒
ついでに乗り込んで︑陽だまり亭への搾取(さくしゆ)をやめさせてやる︒そして──これまで︑陽だまり亭から吸い上げた利益を奪(うば)い返してやる……他⼈の⾎⾁をむさぼるような商売をするヤツから
は︑何をどれだけ奪たて構わない︒
⾏商ギルドは︑﹃叩き潰(つぶ)しても⼼が痛まないリスト﹄に登録完了(かんりよう)だ︒
ジネトが準備を終えるまで︑俺は帳簿を隅(すみ)から隅までじくりと精査した︒

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