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Isekai Sagishi V1C5

05﹃最初の衝突﹄

 ﹁なんで付いてくるんだよ︖﹂
﹁今⽇は⼀⽇暇(ひま)だから︑ジネトちんのお⼿伝いをと思てね﹂
 教会を出た俺たちの後を︑エステラが付けてくる︒
 こいつのせいで俺だけ冷えた朝⾷を⾷わされたのだ︒こいつは疫病神(やくびようがみ)だ︒
﹁……︵それに︑君の⾏動も監視(かんし)したいしね︶﹂
 エステラが俺の⽿元でぼそりと呟(つぶや)く︒
﹁えい︑顔が近い ︕⽿元でしべるな︑ち といい匂(にお)いがして驚(おどろ)いたじ
 
ねか︕﹂
 
﹁君て︑本当に素直な⼈なんだな﹂
 エステラが呆(あき)れたような顔で俺を⾒る︒
    くる    いつさい
 

 
調⼦が狂う︒アノ⼿配書のことを知ていながら︑あれ以降⼀切そのことには触れやがらない︒おまけに普通(ふつう)に話しかけてきやがる︒どういうつもりだ……とりあえずは出⽅を窺(うかが)うべきだろう︒
気分的にあまり⼀緒(いつしよ)にいたくないのだが︒
﹁あ︑そうだ︒ヤシロさん﹂荷⾞を曳(ひ)く俺の前をとことこと歩いていたジネトが︑くるりとこちらを振(ふ)り返(かえ)る︒
﹁今朝話していました海⿂をくださる⽅て︑エステラさんなんですよ﹂
﹁へ︑そうなのか︒おい︑おかわり﹂
﹁君には感謝という感情がないのかい︖﹂
 バカモノ︒海の⿂が美(う)味(ま)いのは海のおかげだ︒お前に感謝する理由がない︒
﹁毎⽇持 てこいよ︒そしたら︑感謝くらいはしてやる﹂
﹁あのね ……⾨を通るのにどれだけお⾦がかかると思てるんだよ……﹂
﹁エステラ﹂
﹁なんだい︒急に真(ま)⾯⽬(じめ)な声を出して﹂
﹁俺は……⾃分の懐(ふところ)が痛まなければ︑基本なんだていい﹂
﹁……君のクズぷりは︑感⼼するレベルだよ﹂
 エステラが重いため息を吐いてうな垂れる横で︑ジネトはアゴを上げて視線を遠くへと向けた︒──その表情が︑微(かす)かに曇(くも)る︒
﹁どうした︑ジネト︖﹂
 ジネトの視線を追うと︑⼤きな畑のそばで⼆⼈の男が話し込んでいた︒
﹁いえ︑あの……︑あそこにいるのはモマトさんと……﹂
﹁⾏商ギルドのアスントだね﹂
 
必死に何かを訴えているワニ顔の男は︑今朝会話を交わしたモマトだ︒
そんなモマトと話をしているのは︑ブタの顔をした恰幅(かつぷく)のいいオサンである︒エステラが
⾔うには︑アスントという名前らしい︒
 
﹁どうしたんでしう ︖ 何か︑揉めているようですけれど……﹂
ジネトが不安げに⾔う︒
揉めているというよりかは︑モマトが⼀⽅的に怒ているという感じに⾒える︒アスントという商⼈はむしろ余裕(よゆう)さえ窺える︑横柄(おうへい)な態度だ︒
﹁少し様⼦を⾒に⾏こうか﹂
﹁そうですね﹂
エステラが⾔い︑ジネトが頷(うなず)く︒
俺もそれに従い︑三⼈揃て⾔い争う⼆⼈のもとへと近付いていく︒
﹁そりねだろ︑アスント︕﹂
﹁なんと⾔われましても︑もう決ま たことですので﹂
﹁あ︑あの︕﹂
ジネトが声をかけると︑⼆⼈のオサンは⾔い争いをやめこちらを振り返る︒
アスントは余裕な感じでぺこりと頭を下げ︑モマトはばつが悪そうにしかめ⾯(つら)になり︑
 
視線を逸らす︒
﹁これはこれは︑陽(ひ)だまり亭(てい)さん︒いつもお世話になております﹂
 アスントがジネトに挨拶(あいさつ)をする︒
てことは︑こいつが⾷堂にクズ野菜を卸(おろ)している業者の⼀⼈てわけか︒
﹁どうかされたんですか ︖ 何か︑揉めていたように⾒えましたけど﹂
 
﹁いえいえ︒ギルドの決定事項(こ)をお伝えしていただけですよ﹂
﹁それが⼀⽅的過ぎんだろつてんだよ︕﹂
飄々(ひようひよう)と語るアスントに︑モマトが我慢(がまん)ならぬとばかりに嚙(か)みつく︒
 しかし︑アスントは柳(やなぎ)に⾵だ︒﹁モマト︒何があたんだ︖﹂
 俺は肩(かた)で息(いき)をするモマトに落ち着いた声で話しかける︒
モマト寄りの意⾒を聞けば︑アスントは勝⼿に反論してくるだろう︒それで両者の意⾒をスム ズに聞くことが出来る︒話す相⼿を的確に選ぶのは︑交渉(こうしよう)術の基本だ︒
﹁何がも何も︑こいつは今まで1キロ1Rbだたところを︑5キロ1Rbで売れと⾔てきやがたんだ︕﹂
﹁そんな……それじ あ︑え と…………﹂
 ジネトが指折り計算を始める︒……暗算出来ないのかよ…… たく︒
﹁五分の⼀の価格だな﹂
﹁そうだ ︕そんな安値で買い叩かれちあ︑こ ちは商売あがたりだぜ︕﹂
﹁そう⾔われましても︑これは既(すで)にギルドで決定したことですので﹂
モマトがどんなに激昂(げきこう)しようが︑アスントは﹁すでに決ま たこと﹂の⼀点張りだ︒交渉する気もないようで︑鷹揚(おうよう)に頭を下げて話を終わらせようとする︒
﹁今後はこの価格で買い取らせていただきますので︑よろしくお願いいたします﹂
﹁待てよ ︕こんな買い取り額じ︑俺たち農家は⼀週間と待たずに死んじまうよ︕﹂
﹁……本当ですか︖﹂
 モマトの不⽤意な⼀⾔に︑アスントが⾷いついた︒
﹁﹃価格が変われば︑モマトさんたち農家の⽅々は⼀週間と待たずに全員死ぬ﹄と︑そうおしるんですね︖﹂
﹁い︑いや︑それは⾔葉の綾(あや)で……﹂
 
 ⾔葉に詰まるモマト︒失⾔したという⾃覚があるのだろう︒
 しかし︑アスントは饒⾆(じようぜつ)に︑摑(つか)んだ勝機を逃(のが)さないよう捲(まく)し⽴てる︒
﹁価格が変わることで皆様(みなさま)が死んでしまうというのであれば︑⾏商ギルドはすぐにでも考えを改めさせていただきましう︒何よりも虚⾔(きよげん)を嫌(きら)う精霊神(せいれいしん)様の名に誓(ちか)て﹂
 アスントがいやらしく笑う︒
チ クメイト︒そう⾔ているような⽬つきだ︒
﹁どうでしう ︖ 試(ため)しに今回だけこちらの⾔い値で買い取らせていただけませんか ︖それで︑農家の⽅全員が死んでしまわれるようなことがあるのかどうか︑⾒極(みきわ)めさせていただきます︒も
 
し︑死に直⾯した場合︑すぐにでも差額分をお⽀払(は)いし︑次回以降は現在の倍額で買い取らせてい
ただきます︒ですが……﹂
アスントがモマトに⼀歩体を近付け︑逆にモマトは⼀歩後退する︒
﹁もし︑⼀週間経(た)ても死の兆候すら⾒えないようでしたら︑その時は﹃精霊の審判(しんぱん)﹄を発動させていただきたいと思います﹂
﹁ま︑待てくれ ︕それだけは……︕﹂
今度は︑⾝を引いたアスントを追うようにモマトが前進する︒
 すがるように腕(うで)を伸(の)ばし︑アスントに懇願(こんがん)する︒
 
 その懇願を待ていたとばかりに︑アスントは満⾯の笑みを浮かべた︒⾃分では聖者のような笑みのつもりなのか知らんが︑ハイエナの⾆なめずりする顔にしか⾒えない︒
﹁では︑そちらのお願いを聞く代わりに︑こちらのお願いも聞いていただけますよね︖﹂その⼀⾔で︑モマトはがくりと肩を落とす︒
 勝負あたと︑悟(さと)たのだろう︒
﹁……分かた︒5キロ1Rbでいい﹂
﹁いえいえ︒違(ちが)いますよ﹂
﹁……は︖﹂
 情けない表情をさらすモマトに︑アスントはさらに邪悪(じやあく)な笑みを突(つ)きつける︒
﹁10キロ1Rbです﹂
﹁な !?﹂
 モマトはアスントに詰(つ)め寄り︑両肩(りようかた)を乱暴に摑む︒
 アスントはされるがままで︑しかし涼(すず)しい表情を浮かべている︒
﹁だて︑あんたさきは5キロ1Rbだて⾔たじねか︕﹂
﹁それはさきまでの話です︒そちらが新たな条件を追加したのですから︑こちらもさらに条件を
 
追加させていただきませんと︑釣り合いというものが取れません﹂
﹁け︑けど︑10キロ1Rbだなんて……それじ あ︑本当に俺たちは死ん…… ︕﹂
 また︑不⽤意な発⾔をしかけてモマ トは⼝をつぐむ︒今回はギリギリ思い留(とど)まれたようだが︑それでも最初の発⾔は取り消せない︒
 
﹁ま ︑これはあくまで交渉ですので︑気に⼊らないようでしたら蹴てくださて結構なのですよ﹂
﹁…………く﹂
アスントの肩から⼿を離(はな)し︑モマトはよろよろと後退していく︒  まるで意思を持たないからくり⼈形のようによたよたとした緩慢(かんまん)な動きで︑完全に放⼼してしま
ていると分かる︒
﹁……モマトさん﹂
 俺の隣(となり)で︑ジネトが掠(かす)れた声を漏(も)らす︒⾒ると︑ボロボロと泣いていやがた︒
  ……なぜ泣く ︖お前には関係のない話だろうに︒
モマトの⾃滅(じめつ)は︑まさにモマトの考えなしが原因だ︒⾃業⾃得(じごうじとく)というヤツだ︒
 騙(だま)される⽅が悪い︒……だというのに︒
﹁あ︑あの ︕﹂
 突然(とつぜん)︑ジネトが声を発する︒
  ……あのバカ︒今は⼝を挟(はさ)むべき時じ ないだろ︕
 俺は︑この次の展開を想像して頭が痛くなた︒
 すなわち︑ジネトがモマトに助け船を出し︑そこに付け込まれて⾷堂が不利益を被(こうむ)る︒そして︑ジネトはそれを躊躇(ためら)うことなく受け⼊れるのだろう︒﹁それでモマトさんが救われるのなら﹂と︒
 ところがどこい︒アスントは⾷堂にも農家にも負担を強(し)いるだろう︒契約(けいやく)を交わした後では変更(へんこう)も出来ず︑負荷(ふか)の⼤きくなたまま貧乏(びんぼう)⼈は益々搾取(ますますさくしゆ)されていくのだ︒
﹁農家のみなさんの⽣活が苦しくなると︑野菜の質も落ちると思います︕﹂
 
⼀丁前に︑正論でアスントを説得するつもりらしい︒……ま ︑無駄だろうが︒
 ⽬も当てられず視線を逸らすと︑エステラと⽬が合 た︒何かを⾔いたげにこ ちを⾒つめてやがる︒……なんだよ ︖ジネトの⾯倒(めんどう)なら︑お前が⾒ろよ︒
 そんな思いを込めて睨(にら)み返すと︑エステラはすと視線を逸らしやがた︒
  ……ふん︒過保護に助けてやるつもりはないらしい︒
﹁ほほ ……それで︑陽だまり亭さんは︑我々にどうしろとおしるのですか︖﹂
 アスントはジネトへ体を向け︑軽く腕を組む︒聞く態勢︑……というより︑⾔論武装といた感じだな︒﹁受けて⽴つ﹂と顔に書いてあるようだ︒
﹁ですので︑買い取り料⾦をもう少し⾼くしてあげていただけませんか︖﹂
﹁しかしそれでは︑当ギルドが不利益を被てしまいます︒我々も︑ボランテアではありません
のでね︑それは難しいかと﹂
﹁で︑でも︑これまでは1キロ1Rbでやてこられたじ ないですか﹂
﹁我々ギルドも︑今は厳しい状況(じようきよう)に置かれておりましてね﹂
さく
 ギルドは厳しい状況に︑ね……胡散臭い発⾔だな︒
﹁おい︑エステラ﹂
俺は︑そぽを向くエステラに近付き︑⼩声で話しかける︒
﹁噓(うそ)の線引きが分からん︒⼿短に教えろ﹂﹁線引き……というのは︑カエルになるかどうかのラインかい︖﹂
 さすがエステラだ︒物分かりがよくて助かる︒
 
 噓を吐いただけではカエルにはならない︒それは俺⾃⾝で実証済みだ︒
 ⼈がカエルに変わるのは﹃精霊の審判﹄を受けた時──だが︑過去に何度も噓を吐き続けていた俺はカエルになていない︒つまり……
﹁現在話題に上ていることに限り︑噓かどうかの判断をするてことか﹂
﹁概(おおむ)ね︑その解釈(かいしやく)で間違(まちが)いないよ︒ただし︑﹃精霊の審判﹄が使⽤出来るのは当事者だけに限られる﹂
 ⼈伝⼿(ひとづて)に聞いたような噓では︑当事者をカエルにすることは出来ない…… てことか︒
﹃交渉﹄という観点から⾒れば︑部外者の介⼊(かいにゆう)を防げるのはありがたいな︒
﹁また︑噓に時効はなく︑﹃精霊の審判﹄をかけられればその時点でカエルに変えられてしまう︒……何年経とうと何⼗年経とうと︑噓は必ず裁かれるてわけさ﹂
 エステラの声⾳(こわね)には﹁だから︑君もま とうに⽣きなよ﹂という⽪⾁の⾊が込められてい
た︒……⼤きなお世話だ︒
﹁逆に⾔えば︑﹃精霊の審判﹄にかけられなければ︑噓を吐けるてことだな﹂
 エステラの話を別の⾓度から解釈すれば︑﹃噓を吐いた後︑何⼗年もカエルに変わらない場合がある﹄ということだ︒それはつまり︑﹃精霊の審判﹄さえかけさせなければカエルにはならず︑噓を吐くことが可能だということになる︒
そして︑そんな抜(ぬ)け道(みち)があるからこそ……﹃精霊の審判﹄は最⼤級の脅(おど)しになる︒
 命を奪(うば)われるより⽣殺与奪(せいさつよだつ)の権を握(にぎ)られる⽅が︑はるかに性(た)質(ち)が悪いからな︒
﹁……本当にひねくれた性格をしているね︑君は﹂
﹁う せよ︒……あ︑最後にもう⼀つ﹂
 ⾸だけをこちらに向けるエステラに︑不可⽋な情報提供を求める︒
﹁さきのアスントの発⾔は﹃精霊の審判﹄にかけられないのか︖﹂
﹃ギルドも今厳しい﹄という発⾔だ︒上(う)⼿(ま)くすれば︑アスントがモマトにした脅しと同じように活⽤出来るのではないかと思たのだが︒
﹁無理だろうね﹂と︑端的(たんてき)な⾔葉で否定されてしま た︒
﹁﹃厳しい﹄というのは︑個々⼈の主観による判断が⼤きい︒どんなに裕福(ゆうふく)でも﹃この程度では厳しいのだ﹄と⾔い張てしまえば︑それは噓ではなくなてしまう﹂
﹁屁理屈(へりくつ)がまかり通るのかよ ︖ 杜撰(ずさん)だな︑﹃精霊の審判﹄てのは﹂
﹁判断のしようがないものは裁かれない︒それだけだよ﹂
﹁ てことはだ︒絶対にあり得ないことで噓丸出しだが︑俺がお前を﹃愛している﹄と⾔ ても
﹃精霊の審判﹄では裁けないてことだよな︖﹂﹁……喩(たと)えに悪意しか感じられないんだけど……ま ︑そうだろうね︒君がボクのことを﹃愛している﹄と強く主張し続ければ︑状況証拠(じようきようしようこ)がいかにそれを否定していても︑﹃精霊の審判﹄は﹃君がボクを愛している﹄と判断するだろうね…………なんだかこの会話︑凄(すご)く恥(は)ずかしいね……﹂
 エステラが頰(ほお)を薄(うす)く染める︒
 お︑こうして⾒ると⼥⼦に⾒えるから不思議だ︒……ま ︑⼥⼦なんだけども︒
﹁それより︑いいのかい︒そろそろ限界だと思うけど︖﹂
 エステラが︑盛⼤にテンパてもはや何を⾔ているのか⾃分でも理解出来ていないだろうジネトへと視線を向ける︒懸命(けんめい)に⼝を動かしているのだが︑成果がないどころか⾃分で⾃分の⾸を絞(し)めているような状況だ︒……ま たく︑世話の焼ける店主だ︒
﹁で︑でも︑モマトさんはとても優(やさ)しい⽅で︑とても努⼒家で……︕﹂
 まるで⾒当違(けんとうちが)いな主張を始めている︒
 優しさとか努⼒とか︑そんなもんが⾦になるかよ︒
 商⼈を説得するには︑⾦を動かすか︑動かせなくするか︑そのどちらかしかないんだよ︒
﹁で︑ですので︑なんとかモマトさんの負担が減るように︑お願いします︕﹂
 
﹁いや︑素晴らしい︒さすがは陽だまり亭さんです﹂
 アスントが乾(かわ)いた拍⼿(はくしゆ)を贈(おく)る︒﹁分かりました︒陽だまり亭さんがそこまでおしるのでしたら︑10キロ1Rbのところを5キロ
1Rbへと戻(もど)すことも検討いたしましう﹂
﹁本当ですか!? よかたですね︑モマトさん︕﹂
 パと表情を輝(かがや)かせて︑ジネトはモマトに微笑(ほほえ)みかける︒
 
モマトも︑﹁あ︑あ﹂と︑よく分からないままにぎこちない笑みを浮かべている︒
  ……こいつらダメだ︒﹃5キロ1Rbに戻して﹄て……戻てねじ ん︒
 しかも︑﹃検討する﹄ つてるだけじねか︒﹃検討した結果︑10キロ1Rbで﹄てことになるに決ま てんだろ︒
﹁その代わり︑我々が被る不利益を︑陽だまり亭さんの⽅で補塡(ほてん)していただくことになりますが……よろしいですか︖﹂
﹁そういうことでしたら︑よろこ…………もが !?﹂
 慌(あわ)ててジネトの⼝を塞(ふさ)いだ︒
  ……こいつ︑今︑何⾔おうとした ︖マジ怖(こえ) わ︑この天然︒
﹁ん  ︕もごもご ︕もごもごもがもご︕﹂
 え い︑し べるな︒⼿のひらを柔(やわ)らかい感触(かんしよく)が⾏たり来たりして気持ちいいだろうが ︕しばらく⼿を洗わねぞ︑コノヤロウ!?
 俺はジネトに顔を近付け︑⽿元で⾔う︒﹁いいから黙(だま)れ︒これから俺がいいと⾔うまでは⼀⾔もしべるな﹂
﹁んんん︖﹂
﹁何⾔てんのか分からんが︑⾔う通りにしろ︒⾷堂がなくなてもいいのか︖﹂
﹃⾷堂がなくなる﹄
 
 その⾔葉がジネトに突き刺さたようで︑ジネトは急に⼤⼈しくなた︒
 ⾒ると︑泣き出しそうな顔をしている︒
﹁お︑おい︑バカ︑泣くなよ︖﹂
 俺が⾔うと︑ジネトの瞳に涙(ひとみなみだ)が浮かび始め︑今にも零(こぼ)れ落ちそうになる︒
﹁そ︑そうならないように︑俺がなんとかしてやるから ︕だから︑⾔うこと聞いて黙 てろ ︕いいな!?﹂
 強く⾔うと︑ジネトは俺の顔をジ と⾒つめた後︑こくりと頷(うなず)いた︒
 涙は︑ギリギリ零れなかた︒
 ジネトの⼝から⼿を離すと︑﹁すは ﹂と︑ジネトは⼤きく息を吸た︒
﹁しべるなよ﹂
 俺が⾔うと︑改めてジネトは頷く︒
 やれやれだな…… たく︒
  ………………は︒なんでなんとかしてやるなんて⾔ち たんだろ……
 あれかな ︖⾃分が不利益を被るのが⽬に⾒えていたからか︖
 いや︑違(ちが)うな︒きとこれは⾦になるからだ︒
うん︒俺の思惑(おもわく)通りに⾏けば︑クソみたいな⾏商ギルドに⼀泡吹(ひとあわふ)かせてやれる︒
 だから俺は動いたのだ︒……まだ﹃精霊(せいれい)の審判(しんぱん)﹄のルルは完全に把握(はあく)していないけれど……ま
︑この程度の⼩物なら練習相⼿には持 てこいか︒
 とはいえ︑少し不安だな……
 ちらりと︑エステラを⾒つめる︒
あいつなら︑俺のサポトくらい出来そうか……
﹁エステラ︑ち と⼿伝てくれ﹂
 ⼿招きすると︑エステラは素直(すなお)に俺の前まで歩いてく…………近い近い近い ︕ 近寄り過ぎだ︕
﹁ジネトちんを泣かせたね︖﹂
 俺に体をぶつけるくらいに接近し︑⽿元でぼそりと呟(つぶや)くエステラ︒……怖 よ︒
﹁な︑涙は零れてないから︑セフだろ︖﹂
﹁……なんとか出来るんだろうね︖﹂
﹁お前が協⼒してくれりあな﹂
﹁…………上⼿くいたら︑今回の⼀件は⽔に流してあげるよ﹂﹁そりどうも︒つか︑お前何様︖﹂
﹁親友様さ﹂
 はは……⼥友達てのは異世界に来ても厄介(やつかい)なもんだな︒⽇本でも︑クラスの可愛(かわい)い⼦には⼥友達て名前のガ デアンが何体か張りついていた けな ……
﹁もししくじるようなら……刺すからね︖﹂
 エステラが刃渡(はわた)り20センチほどの︑凶器(きようき)としか呼びようのないナイフをちらつかせる︒
  ……さすがに︑⽇本の⼥友達ガ デアンは︑ここまではしなかたが︒
 刺されたくないので頑張(がんば)ることにする︒……やれやれだ︒
﹁ミスタアスント︒選⼿交替(こうたい)だ﹂
﹁おや︑初めてお⾒かけする⽅ですね ︖どのようなご関係の⽅で︖﹂
﹁昨⽇から陽だまり亭で働くことになたヤシロだ︒姓(せい)は︑わけあて伏(ふ)せさせてもらうぜ﹂
 俺が⾔うと︑エステラがまた体を寄せてきた︒
﹁……︵なぜボクのマネをするんだい︖︶﹂
﹁……︵バカ正直に本名を名乗るのが嫌(いや)になただけだよ︶﹂
﹁……︵ボクに憧(あこが)れてるなら素直にそう⾔えばいいと思うよ︶﹂
﹁……︵ははは ︒Bカ プになてから⾔え︶﹂
﹁……︵……刺すよ︖︶﹂
 マジなトンのエステラから⼀歩離(はな)れ︑俺はアスントと対峙(たいじ)する︒
 ⼀歩動いたことで︑ちうどモマトを背に庇(かば)うような⽴ち位置になた︒
﹁ヤシロ……⼤丈夫(だいじようぶ)なのか︖﹂
 モマトが⼩声で俺に尋(たず)ねてくる︒
  ……お前に⼼配される謂(いわ)れはねよ︒この⾃爆(じばく)ワニ︒
﹁農家の買い取り価格の前に︑こちらから⼀つ頼(たの)みたいことがあるんだが︖﹂
﹁おや︑なんでしう︖﹂
 ア スントの表情が和(やわ)らぐ︒この流れでさらにこちらから願いを追加したのだ︑交渉(こうしよう)を有利に運べると踏(ふ)んだのだろう︒与(くみ)しやすいとでも思たのかもしれん︒
﹁現状︑陽だまり亭はいくつもの業者から仕⼊れを⾏ている︒それを⼀本化したい﹂
 アスントの⼩⿐がピクリと動く︒
 仕⼊れ先の⼀本化は︑ギルドにしてみれば収⼊減に繫(つな)がる︒輸送費と⼿数料が減るのだから
な︒……さて︑どう出る︖
﹁それは︑私個⼈ではどうにも……︒各々(おのおの)の商⼈に︑個別に話をしていただかないと﹂
 そう来たか︒  で︑個別に話すと⼝裏を合わせたように﹁俺を切るとこの商品が⼿に⼊らなくなるぞ︑損をするぞ﹂と脅(おど)しをかけてくるんだろ ︖そして実際にその商品を売らないようにし︑こちらが⽴ち⾏か
なくなたところでぼたくり料⾦で売りつけると……
 コネのない弱⼩事業主には有効な脅しだろう︒…………だが︒
﹁じ あ︑まず⼿始めに︑あんたとの取引を無しにしてくれ﹂
﹁──    !?  ……よ︑よろしいんですか︖ 私との契約(けいやく)がなくなると︑陽だまり亭さんは野菜が⼿
に⼊らなくなるんですよ︖﹂
 俺の返答が予想外だたためか︑⼀瞬驚(いつしゆんおどろ)きの表情を浮かべたアスント︒
 しかしすぐさま落ち着きを取り戻し︑余裕(よゆう)の笑(え)みを浮かべる︒
﹁ヤシロさんはお若いからご存じないのかもしれませんが︑商⼈の間にもいろいろ複雑な取り決めがありましてね︒私は野菜担当で︑フル ツや⿂には⼿を出していないんです︒他(ほか)の商⼈も然(しか)りでして︑どの商⼈ともバランスよくお付き合いしていただくのが︑お互(たが)いのためかと思いますがね
……﹂
﹁野菜なら︑直接農家から買う⼿もあるだろう﹂
﹁直接 ︖あ はははは  ︕それはいけません︒不可能ですよ﹂突然(とつぜん)︑アスントが腹を抱(かか)えて笑い出した︒﹁なるほど︒あなたの⾃信の理由が分かりましたよ︒直接売買︒確かに︑それをすれば安く仕⼊れることは可能でしう……しかし︑それはルル違反(いはん)です﹂
﹁ルルてのは︑ギルドのか︖﹂
 だとしたら︑ギルドに加⼊していない俺には関係のない話だ︒
﹁いいえ︒教会のルルです﹂
﹁教会の︖﹂
俺は︑隣(となり)に控(ひか)えているエステラに視線を向ける︒
 
俺の視線の意味を汲み取り︑エステラが説明をしてくれる︒
﹁各職業の収⼊を守るために︑教会は職業同⼠が競合しない仕組みを作り上げたんだよ︒具体的に⾔うなら︑海漁ギルドに加盟していない者が勝⼿に海で⿂を捕(と) て販売(はんばい)することは禁⽌されている︒これは︑価格崩壊(ほうかい)を防ぐための措置(そち)で︑決ま た者たち以外はその仕事で儲(もう)けを出してはいけないとされているんだ﹂
﹁違反した場合は︖﹂
﹁中央区の統括(とうかつ)裁判所によて裁かれ︑街からの追放や︑悪質な場合は処刑(しよけい)もあり得る﹂
そり恐(おそ)ろしいな︒つまり︑密漁して破格の値段で売るなてことか︒
ま ︑そんなもんが横⾏したら市場が破壊されて取り返しがつかなくなるだろうからな︒
﹁もとも例外はあて︑各区の領主の許可証があれば単発的にその商売を⾏うことが出来るよ﹂  偶然(ぐうぜん)⼿に⼊れたアイテムなんかを売る時には︑そういう許可証がいるてことか︒ギルド未加⼊の者の⾝分を︑そいつが住んでいる区の領主が保証するて感じかな︒
 
﹁そして︑⾏商ギルドは各⽣産者と契約を取り交わしておりまして︑そこのモマトさんは我がギルド以外の者に商品を売ることを禁じられているのです︒違反した場合は︑﹃精霊の審判﹄により︑カエルです﹂
ギルドと⽣産者の契約違反は統括裁判所ではなく﹃精霊の審判﹄によて裁かれるのか……あ︑そうか︒ギルドと⽣産者間の契約は﹃契約を守ります﹄ていうのに違反するから﹃噓(うそ)﹄になるけども︑密漁は﹃密漁しません﹄という契約を交わしていないから﹃噓﹄にはならないんだ︒つまり︑﹃噓﹄ではない違反⾏為(こうい)を裁くのが統括裁判所てわけだ︒
﹁お分かりいただけましたか ︖ヤシロさんの秘策は︑残念ながら実施(じつし)出来ないのです︒お気の毒様ですが……んふふふ﹂
う ん︑その勝(か)ち誇(ほこ)た顔︑ムカつくな︒
 俺に⾔わせり︑お前こそお気の毒様だぜ︒なにせお前は︑俺の﹃叩(たた)き潰(つぶ)しても⼼が痛まないリスト﹄に⼊てしま ているのだからな︒
﹁ちなみに︑ゴミを買い取てくれるところはないのか︖﹂
﹁ゴミ……︑ですか︖﹂﹁あ︒陽だまり亭の机と椅(い)⼦(す)をそろそろ買い換(か)えようかと思うんだが……廃棄(はいき)処分したいものを買い取てくれる商⼈がいたら紹介(しようかい)してくれないか︖﹂
﹁あははは  ︕いや︑ヤシロさんは本当にユニ クな⽅だ︒廃棄処分するものに⾦を出す商⼈なんていませんよ﹂
﹁は ︖ なんでだよ︑もたいね﹂
﹁そう思われるのでしたら︑ヤシロさんがその商売を始められてはいかがですか ︖ 使えもしないゴミを︑買い取る……ふふ︑商売を︒なんなら︑応援(おうえん)いたしますよ︒んふふ﹂
 
俺を⼩⾺⿅にするように︑アスントはニヤニヤと笑みを浮かべている︒
 そのムカつく笑み︑いつまで浮かべていられるかな︖
﹁それで︑どうされますか ︖先ほどおし ていた通り︑私との取引を解除されますか︖﹂
﹃先ほどおし ていた﹄を︑強調しやがた︒
つまり︑取引を続けたければこちらが吊(つ)り上(あ)げる条件をのめよという前振(まえふ)りだ︒
﹁もし︑取引の継続(けいぞく)をご希望でしたら︑こちらから新たな価格を提⽰させて……﹂
﹁いや︑打ち切りでいい﹂
﹁…………は︖﹂
アスントが固まり︑理解出来ないものを⾒るような⽬で俺を⾒ている︒
﹁……後悔(こうかい)︑しませんね︖﹂
﹁ま ︑たぶんな﹂
﹁そう︑ですか…………え︑いいでしう︒お好きなように﹂
アスントの声が︑急に冷たいものに変わる︒相当イラついているようだ︒ま ︑これも交渉の
⼿⼝なのだろうが︒
 あからさまに怒(おこ)ておけば︑次回の交渉の際に⾃分が優位に⽴てる︒怒らせてしま た相⼿と交渉するためには︑こちらが下⼿に出るしかないからな︒多少の無理難題も聞かなくてはいけなくなる︒
アスントは⼀貫(いつかん)して交渉を有利に運ぼうとしている︒
だが︑俺には通⽤しない︒なぜなら︑次の交渉などないからだ︒
 俺が余裕の態度でいるからだろうか︑アスントは居⼼地(いごこち)の悪そうな表情を覗(のぞ)かせる︒そして︑俺への牽制(けんせい)のつもりなのは丸分かりなのだが︑モマトに対してこんなことを⾔い放た︒
﹁契約していた場所が⼀つ減て︑ギルドの運営はまた厳しくなるでしう︒こうなては︑10キ
ロ1Rbからはびた⼀⽂負けることは出来なくなりましたね︕﹂
﹁そ︑そんな︕﹂
 俺のせいで︑モマトにしわ寄せが⾏たのだというアピルだ︒それに乗せられてモマトが俺を睨(にら)む︒
て︑いやいや︒お前どちにしても10キロ1Rbの条件のむ気だたじねかよ︒﹁それで売てやれば︖﹂
﹁バカな!? お前は俺たちに死ねというのか!?﹂
﹁⾔てねよ︒そういう極端(きよくたん)な発想だから⾜をすくわれるんだろ﹂
⿐息荒(あら)く憤(いきどお)るモマトに︑俺は冷静に⾔葉をかける︒
モマトも⾃分の落ち度を理解しているようで︑それ以上は強く⾔てこなかた︒今にも泣きそうな︑絶望に満ちた表情をしている︒
﹁しかし︑そうなたら……これからどうやて⽣きていけばいいんだ……﹂
﹁⾃給⾃⾜に頼(たよ)るしかないんじ ないか︖﹂
﹁そんなもの︑今でもそうしている︒ウチで⾷べるものは︑全部ウチの畑で採れたものだけだ︕﹂
﹁もとたくさん⾃分の家⽤に確保すればいい︒で︑余剰(よじよう)分だけをギルドに売てやれよ﹂
﹁野菜を⼤量に確保したところで︑⾷べきれなければゴミになるだけだろう!?﹂
﹁ゴミなら捨てちえばいい﹂
 
﹁俺の野菜を無駄に捨てろてのか!?﹂
 モマトのごつい⼿が俺の胸倉(むなぐら)を摑(つか)み︑ギリギリと締(し)め上げてくる︒恐ろしいワニの⽬が俺を睨む︒今にも⼀飲みにされそうな迫⼒(はくりよく)だ︒
﹁ちなみに︑ゴミを売り買いするギルドは存在しないらしいから︑そこは⾃由にやてもルル違反にはならないみたいだぞ﹂
﹁それがどうした!? 誰(だれ)がゴミなんか買てくれるんだ!?﹂
﹁俺﹂
﹁…………は︖﹂
モマトがマヌケ⾯をさらし︑⼿の⼒を緩(ゆる)める︒その隙(すき)に︑俺はごつい⼿から逃(のが)れ︑襟元(えりもと)を直す︒
 
 そして︑背筋を伸ばしてモマトに⾔てやる︒
﹁もし︑⼤量にゴミが出るようなら俺に⾔てくれ︒10キロ20Rbで引き取りにこよう﹂
﹁な !?﹂
これまで︑モマトたちが⼿にしていた⾦額は1キロ1Rb︒10キロ10Rbだ︒
そして︑ジネトが仕⼊れていたクズ野菜は……帳簿(ちようぼ)を調べて⽬⽟が⾶び出そうにな たのだが……なんと︑10キロ80Rbも払(はら)てやがた︒ジネト……あり得ねよ︒
10キロ20Rbで俺が買い取れば︑モマトは従来の⼆倍の収⼊が⾒込め︑陽だまり亭は四分の⼀
 
の⽀出で済む︒いいこと尽くめだ︒
﹁といても︑ウチでも引き取れる量に限りがあるから︑﹃近隣(きんりん)農家と相談して﹄総量は制限させてもらうけどな﹂
﹁ち︑ち と待てください︕﹂
俺の⾔葉に⼝を挟(はさ)んできたのはアスントだた︒
﹁それは違反だ ︕我々⾏商ギルドへの妨害(ぼうがい)⼯作だ ︕そんなことは認められない︕﹂
﹁そうか ︖俺は︑﹃商品にならない廃棄物(はいきぶつ)﹄を買い取るつてるだけだぞ︖﹂
﹁廃棄物じ ないではないですか!?﹂
﹁廃棄物さ︒⼀家庭で10キロも20キロも野菜は⾷わねだろ ︖ 腐(くさ)る前に捨てたて問題ないじ
ないか︒それとも何か︖ 農家が家庭で消費していい野菜の総量でも︑ギルドは規定しているの
か︖﹂
﹁……いや︑そんなことは…………﹂
﹁モマトがどれだけ⾃宅⽤に野菜を確保しようが︑確保した野菜を捨てようが︑それはギルド
の与(あずか)り知るところではないはずだ︒そして……﹂
俯(うつむ)き加減になたアスントの⿐先に︑俺は指を突(つ)きつけて︑はきりと⾔てやる︒
﹁﹃廃棄処分するものに⾦を出す商⼈なんていない﹄と⾔たのはお前だろう︒そして︑こうも⾔たな ︖﹃そう思われるのでしたら︑ヤシロさんがその商売を始められてはいかがですか ︖ 使えもしないゴミを︑買い取る商売を﹄と……﹂
﹁……く︕﹂
アスントの額に︑くきりと⾎管が浮かび上がる︒
 脂汗(あぶらあせ)が滲(にじ)み出(だ)し︑テカテカとブタの顔がテカり出す︒
 
﹁だから俺が始めるのさ︒⾷堂との掛け持ちになるが︑その新しい商売をな﹂  そう断⾔すると︑アスントは完全に沈黙(ちんもく)してしま た︒
﹁お…………お ………… てことは︑俺たちは︑これまでの⼆倍の収⼊が⼿に⼊る てこと
 
モマトがわなわなと体を震(ふる)わせている︒
﹁単純か︑バカワニ﹂
﹁なんだと!?﹂
 浮かれているワニに︑俺は釘(くぎ)を刺(さ)しておく︒
﹁陽だまり亭は貧しい農家を救済出来るほど裕福(ゆうふく)じね︒あくまで︑﹃ウチで使う分だけは﹄従来の倍の値段で買てやる︒しかし︑それ以上は俺にも捌(さば)けね︒そこから先は⾏商ギルドと話し合 ていいところで折り合いをつけるんだな﹂
﹁あ︑あ ……分かたよ︒いや︑でも︑嬉(うれ)しいじねか︒俺の野菜の価値が上がたみたいでよ︕﹂
 はしぎ回るモマト︒このワニはどうもイマイチ理解していないようだが……ま ︑あとの
ことは⾃分でやれ︒
 クズ野菜よりも安い値で普通(ふつう)の野菜が仕⼊れられるようになて︑こ ちは万々歳だ︒
 農家の連中も︑毎⽉⼀定額の収⼊が確保されれば︑多少は楽になるだろう︒
少なくとも︑全部の野菜を従来の⼗分の⼀で買い叩かれるよりかはマシなはずだ︒
﹁……お⾒事﹂
 エステラが俺の肩(かた)に⼿を載(の)せ︑そんな⾔葉を囁(ささや)く︒……なんか︑褒(ほ)められているみたいで居⼼地が悪い︒
﹁さきの俺の話で︑﹃精霊(せいれい)の審判(しんぱん)﹄に引かかりそうなところはなかたか︖﹂
﹁そうだね …………うん︑⼤丈夫(だいじようぶ)だと思うよ﹂
 イマイチ安⼼出来ないが︑とりあえずは信⽤しといてやる︒
﹁それよりも︑ギルド開設の申請(しんせい)を領主に出した⽅がいい﹂
﹁ギルド開設︖﹂
﹁新しい職業を始めた者は︑それが属するギルドを開設出来るんだ﹂
﹁ゴミ回収ギルドか ︖いらねだろ︑そんなもん﹂
﹁いや︑必要になるよ︒あとから別の誰かに開設されたら︑そ ちのルルに従わなければいけなくなるんだからね﹂
 なるほど︑俺の商売に後乗りして美(う)味(ま)い汁(しる)を吸おうてヤツが出てくるのを防がなければいけないのか……
﹁開設の仕⽅が分からん﹂
﹁⼀週間分のお昼ご飯で⼿を打つけれど︖﹂
 エステラがドヤ顔で俺に⾔う︒
 ま ︑先⽴つものがない俺としてはありがたいが……こいつに借りを作るのか…………あ ︒
﹁……了解(りようかい)だ︒よろしく頼(たの)む﹂
﹁任せておいてよ︒⼿続きは数⽇で完了(かんりよう)すると思うから︑楽しみに待ているといいよ﹂
 俺の背中をポンと叩(たた)き︑エステラは駆(か)けていてしま た︒
  ……あいつ︑信⽤していいのかな︖
 モマトは相変わらず興奮状態で︑畑の中をのしのしと歩き回ては︑思い⽴たように雄叫(おたけ)びを上げていた︒……怖(こえ) よ︒
﹁……あれ︖﹂
 気が付いたらアスントの姿がなかた︒
 負けを認め⼤⼈しく⾝を引いた…………わけ︑ないよな︒
 
何かを仕掛けてくるかもしれない︒⼗分⽤⼼しなければ︒そして︑……こいつである︒
﹁…………﹂
 ⾃分の⼝を両⼿で押さえ︑⼤きな瞳(ひとみ)をうるうると輝(かがや)かせ︑頰(ほお)と⽿を真⾚に染めたジネトが俺をジ と⾒つめていた︒
愚直(ぐちよく)に︑﹃俺がいいと⾔うまでし べらない﹄つもりのようだ︒……が︑そろそろ限界が近いらしい︒さきからしきりに﹁しべりたいです ︕もういいですか!?﹂と︑⽬で合図してきている︒
﹁……しべていいぞ﹂
﹁ヤシロさん︕﹂
 俺が許可するなり︑ジネトは俺に⾶びついてきた︒胸のあたりに︑堪(たま)らん柔(やわ)らかさが押しつけられる︒
﹁凄(すご)いです︑ヤシロさん ︕モマトさんも︑ウチの⾷堂も︑みんなみんな楽になりました︕﹂
﹁いや︑まだなてないだろ︖﹂
﹁これからなります︕﹂
 相当嬉しかたようで︑こいつは失念しているのだろう︒ウチが楽になる分︑⾏商ギルドが損失
を被(こうむ)るということを︒
もとも︑このお⼈好(ひとよ)しには気付かないでいてもらた⽅がいいだろうけどな︒
﹁しかも︑クズ野菜ではなくて︑ち んとした野菜ですよ!? 凄いです ︕ ウチに来るお客さんも︑きと満⾜してくださいます︕﹂
﹁あの⾷堂……客来るの︖﹂
﹁来ますよ︑それは ︕⽇に五⼈くらいの⽅がいらしてくださてます︕﹂
少ない……ゼロではないのがせめてもの救いと⾔えなくもないが…………五⼈て……飲⾷店と
して成り⽴ていないレベルじねか︒  こりあ︑マジでなんとかしなき︑早々に宿なしリタンズになちまうな︒
﹁おい︑お前たち﹂
 畑をのしのしと歩き回ていたモマトが俺たちを呼ぶ︒
⼿には︑⾊とりどりの野菜を⼭のように抱(かか)えている︒
﹁感謝の気持ちだ︒受け取てくれ﹂
﹁ ええ !? そんな︑悪いですよ ︕そんなにたくさん︕﹂
﹁いいんだよ︑ジネトちん ︕ヤシロがいなかたら︑この野菜もクズ同然の価値しかなか
たところなんだ︒売り上げもそうだが︑何より︑俺んとこの野菜の価値を守 てくれたことが嬉し
いんだ︒どうかもらてやてくれ﹂
﹁いえ︑でも……﹂
﹁じ あ︑ヤシロ ︕お前ならもらてくれるだろう︖﹂
 遠慮(えんりよ)の塊(かたまり)みたいなジネトを通り越(こ)して︑モマトは俺にそう持ちかける︒
 タダでくれるというのであれば︑こんなにありがたいことはない︒
 これで︑業者と早々に⼿を切れそうだ︒
﹁ありがたくいただくとしよう﹂
﹁が はは  ︕そうこなくちな︕﹂
﹁あの︑でも︑ヤシロさん……﹂﹁ジネト︒モマトは野菜の価値が守られたことに喜びを感じているんだ︒だたら︑この野菜をお前が美味い料理にして客に出してやれば︑こいつは⼀層喜ぶと思わんか︖﹂
﹁わたしの料理で……モマトさんが︑喜ぶ︖﹂
少し信じがたいという表情でモマトを窺(うかが)い⾒るジネト︒
 モマトは明確に頷(うなず)き︑豪快(ごうかい)な笑(え)みを浮(う)かべる︒
﹁そりいいや ︕ウチの野菜が美味いてこと︑ジネトちんとこの客どもによく教えてやてくれ︒そうすり︑俺も嬉しいぜ﹂
 モマトの⾔葉を聞いて︑ジネトの表情が明るくなていく︒
﹁はい︕﹂
そうして︑ジネトはモマトに駆け寄り︑⼭のような野菜の運搬(うんぱん)を⼿伝い始める︒ま たく……︒くれるというものをもらうだけでも⼩難しく考えやがて︒
お前の利益は俺の糧(かて)になるのだ︒遠慮なんかさせるかてんだ︒でなけり︑俺への給料も期待出来ないからな︒
 
 なんにせよ︑無料で野菜が⼿に⼊たのは喜ばしい︒
 教会への寄付とエステラへの謝礼はクズ野菜で済ませるとして︑こ ちの野菜はメニ に載せてしまおう︒  客単価を上げて利益を上げる︒そして︑ささと店の改修を⾏てもと客を呼べるようにするのだ︒
店が繁盛(はんじよう)すれば︑いろんな⼈間が訪(おとず)れる︒
そうすれば︑この街の情報も⼿に⼊るし︑コネも出来るだろう︒
 おまけに︑⾏商ギルドのようなきな臭(くさ)い商売を⾏ ている連中の情報も摑(つか)めるかもしれない︒……あくどい商売は俺のいいカモだ︒
 この街のあくどい連中がジネトをカモにしているのなら︑そのあくどい連中を俺がカモにしてやる︒
 
俺こそが︑詐欺師ピラミドの頂点に君臨するのだ︒
陽だまり亭は︑思ていた以上に俺に恩恵(おんけい)を与(あた)えてくれるかもしれない︒
 この街で﹃商売﹄を始めるための地盤(じばん)を固め︑俺があの店を出ていくまでの間……何かと役⽴
てもらおうじねか︒当座の拠点(きよてん)としてな︒
そのためには︑今すぐに潰(つぶ)すわけにはいかない︒ある程度繁盛させる必要もあるだろう︒
⼈も⾦も情報も︑待ているだけでは集ま てこないのだ︒
……うむ︒なんとなく︑俺のやるべきことが⾒えてきた気がする︒
﹁ジネト﹂
﹁はい﹂
﹁⾷堂を⽴て直すぞ﹂
﹁……え︖﹂
﹁もと客を呼べる︑⼈気の⾷堂にするんだ﹂
﹁陽だまり亭を︑ですか︖﹂
﹁そうだ︒毎⽇⼤勢の⼈が集まる︑そんな場所にするんだ﹂
﹁お祖⽗(じい)さんが……いた頃(ころ)のように︑ですか︖﹂いや︑祖⽗さんがいた頃のことは知らないが︒
 ジネトは⾔葉を詰(つ)まらせ︑⼀瞬(いつしゆん)︑泣きそうな表情を浮かべる︒
 けれどそれはすぐに笑みへと変わり──
﹁……はい︒頑張(がんば)り︑ましうね﹂
──涙(なみだ)は︑嬉し涙として零(こぼ)れ落ちていく︒ま ︑精々利⽤させてもらうさ︒
 この単純で世間知らずな︑お⼈好しをな︒

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