06﹃⼤丈夫だから﹄
凄いです ︕椅⼦が︑ガタガタしません︕﹂
驚愕(きようがく)の声を上げるジネトに︑軽く驚愕︒……それが︑普通(ふつう)の椅⼦てもんなんだよ︒
店の裏に︑薪(まき)に使うという⼤きな丸太が転がていたのでそれで椅⼦とテ ブルの脚(あし)を直して
みた︒これで落ち着いて飯が⾷えるだろう︒
﹁わたしは︑どうも⼤⼯仕事が苦⼿でして……︒ヤシロさん︑ありがとうございます﹂
あのガタガタした椅⼦はジネトの仕業(しわざ)だたらしい︒⻑さを揃(そろ)えて釘(くぎ)で固定するだけだ て
のに︑よくもあそこまでガタガタに出来たもんだ︒パンツは上(う)⼿(ま)く作れるくせに︒
﹁これで︑お客さんもくつろいでくださいますね﹂
﹁客が来れば︑な……﹂
俺が陽(ひ)だまり亭(てい)に居着いてからすでに数⽇が経(た)ているが……本気で客が来ないのだ︒ちと引くくらいに客がいないのだ︒ 今⽇だて︑もう辺りが暗くなり始めているにもかかわらず︑ジネトの茶飲み友達だという
ババアが⼀⼈やて来ただけだ︒
この店は︑飯は美(う)味(ま)いのだが接客業としては落第点だ︒⽴地も酷(ひど)いしな︒
もしここが俺の店なら︑死(し)に物狂(ものぐる)いで集客に努めてあれやこれやと策を弄(ろう)しているところだが……こののんびり娘(むすめ)はマイペスに⽇々を過ごしている︒
さも︑﹁この場所があるだけで幸せなんです﹂とでも⾔わんばかりに︒
しかも︑ガタガタしない椅⼦がそんなに嬉(うれ)しいのか︑座たまま体を揺(ゆ)すては顔の筋⾁をゆるゆるに緩(ゆる)めてニヤニヤしている︒
﹁そんなに嬉しいか ︖普通の椅⼦だぞ﹂
﹁あ︑いえ︒そうではなくて……﹂
半笑いを指摘(してき)してやると︑ジネトは照れたように俯(うつむ)いて︑それでも嬉しさを隠(かく)せない様⼦で
⼝⾓を持ち上げる︒
﹁……楽しいな︑と︑思いまして︒この⾷堂に⼈がいて︑こうやておしべり出来て︑⼀緒(いつしよ)に美(お)味(い)しいご飯が⾷べられて…………わたし︑とても楽しいです﹂
よく熟れたリンゴのように頰を⾚く染め︑幸せ満開の笑みを浮かべる︒
き と︑こいつの祖⽗さんがいた頃はそれなりに賑(にぎ)わそうな顔を⾒てそう思た︒
﹁客は皆無(かいむ)だけどな﹂
ばあ
ていたのだろうなと︑ジネトの嬉し
﹁か︑皆無では︑ない……じ︑ないですか︒ムムお婆さんも︑来てくれましたし﹂
﹁1Rbの茶を⼀杯(いつぱい)飲んだだけじねか﹂
﹁でもでも……毎⽇陽だまり亭に来てくださるだけで︑わたしはとても嬉しくて……﹂
それじ利益にならねだろ︒﹃楽しい時間︑プライスレス﹄とか⾔てる場合かよ︒
﹁このお店は︑わたしにとてとても⼤切な場所で……ムムお婆さんや︑エステラさんや……みなさんにとてもそういう場所であればいいなて﹂
こいつ⾃⾝も︑現状をまるで分かていないというわけではないのだろう︒こうやて指摘すればへこんだ表情を⾒せる︒焦(あせ)りもあるだろうし悩(なや)んでもいるかもしれない︒なんとか盛り⽴てようと努⼒をしてはいるが︑努⼒だけではどうにも出来ずに︑ただ⼤切という思いだけが空回りして……だからこそ︑こうしてデカい⽬をうるうると潤(うる)ませて俺をジ と⾒上げて﹁分かてください﹂みたいな視線を送 てきているのだろう︒
……そんな⽬で⾒んな︒
﹁ヤシロさんにとても︑そうであてくれると……わたしは︑嬉しいです﹂
⼤切な場所︑ね︒
ま ︑⼤切かな︒壁(かべ)と屋根があるし︑野宿よりはマシだ︒あと飯が美味い︒俺の準備が整うまでは残ていてくれないと困る︑くらいには⼤切かもな︒
﹁そんなに⼤切なら︑もと客を呼べるように⾊々改善しなきだろうが﹂
﹁はい︒そうですね︒では︑まずは何をしましうか︖﹂
﹁俺に聞くなよ……店⻑はお前だ﹂
俺は便利屋でもお助けマンでもないからな ︖ 俺は︑俺にとて利益になること以外で動くつもりはない︒
﹁では︑美味しい料理を提供して︑みなさんに好きになてもらいましう︕﹂
……だから︑その提供する相⼿をどうやて呼ぶんだ つ話なんだが…………
﹁きと︑お客さんは来てくださいますよ﹂
と︑なんの根拠(こんきよ)もないジネトの発⾔と同時に︑陽だまり亭のドアが開き来訪者がや て来た︒……まさか︑客か!?
﹁や︑諸君 ︕ ご馳⾛(ちそう)になりに来たよ︕﹂エステラだた︒
﹁帰れ︕﹂
﹁酷いな !? その⾔い草はなにさ︑失礼なヤツだな︕﹂
エステラは⾜⾳を荒(あら)らげて俺の向かいへと座る︒
なんで向かいだ ︖ 他(ほか)にも席はいくらでも空いているだろうに︒
﹁お昼ご飯をご馳⾛してくれる約束だろ ︖だから⾷べに来たんだよ﹂
﹁残念だな︒今はもう夜だ﹂
﹁この三⽇間︑君に頼(たの)まれた申請(しんせい)を通すために奔⾛(ほんそう)して︑今の今までかかてたんだよ︒今⽇なんて︑お昼を⾷べ損(そこ)なたんだからね ︕それくらい頑張てたわけさ ︕分かるかい!?﹂
﹁それはご苦労だたな︒だが︑これから⾷う飯が⼣飯であることに変わりはない﹂
﹁君ね ︕あんなに頑張たボクからお⾦を取ろうて⾔うのかい!?﹂
﹁あのな︑エステラ︒努⼒に価値はない︒重要なのは結果だぜ︖﹂
﹁きちんと結果も出してきたよ︒申請が通 た︒今⽇からゴミ回収ギルドは活動が出来る﹂
﹁偉(えら)い ︕褒(ほ)めて遣(つか)わす﹂
﹁……そんな上から⽬線じ なくてさ ……﹂
ジト とした⽬でエステラが俺を睨(にら)む︒
なんだよ︑不満なのか ︖しうがね な︒
﹁ご褒美(ほうび)に頭でも撫(な)でてやろう﹂
﹁な !?﹂ エステラは頭を押さえ︑俺から距離(きより)を取るように体を仰(の)け反らせる︒ほのかに頰(ほお)を染めて⽛(きば)を
剝く︒
﹁ボクを⼦供扱(あつか)いするな︕﹂
﹁じ あ︑ご褒美に尻(しり)でも撫でてやろう﹂
﹁それのどこがご褒美だ!?﹂
バカヤロウ︒叱(しか)る時はお尻ぺんぺんで︑褒める時はお尻なでなでだろうが︕
﹁ま たくも ……分かたよ︒ボクの負けだ︒﹃⼣飯﹄にはお⾦を払(はら)おう︒ただし︑今後多少の時間の誤差で渋(しぶ)るのは無しだからね!? ﹃午前中だからまだ朝⾷だ﹄とか︑﹃三時だからおや
つだ﹄とか︕﹂
お︑さすがエステラ︒俺がやろうとしていたことを先読みしやがた︒
ま ︑こいつの働きも認めないわけではない︒いいだろう︒今回だけで勘弁(かんべん)してやる︒
﹁ジネト︒⼤量に余 ていて︑明⽇(あした)に持ちこせないようなものはあるか︖﹂
﹁それでしたら……川⿂でしうか﹂
﹁エステラ︒この店の川⿂の煮込(にこ)みは凄(すご)く美味しいぞ︑おすすめだ﹂
﹁……君︑ホントにいい性格してるよね﹂
呆(あき)れ返(かえ)た⽬で俺を⾒て︑エステラはため息を漏(も)らす︒
﹁じ︑川⿂の煮込みと⿊パンを﹂
﹁かしこまりました ︕少々お待ちください︕﹂跳(は)ねるような⾜取りで厨房(ちゆうぼう)へと駆(か)けていくジネ
うな顔で俺を⾒て︑またため息を吐きやがた︒
﹁君てさ︑相当腹が⿊いだろう︖﹂
トを⾒送 た後︑エステラは疲(つか)れ切 たよ
﹁インドアを絵に描いたようなこの俺の腹が⼩⻨⾊だとでも︖﹂
﹁肌(はだ)の⾊じ なくて︑腹⿊だて⾔てるの︕﹂
﹁乳⾸(ちくび)は綺麗(きれい)なピンク⾊なんだがな﹂
﹁聞いてないし︑聞きたくもないよ︑そんな情報︕﹂
エステラは⽿を⾚く染め︑そぽを向く︒
いかんな︒ジネトと違(ちが)てこいつにはいくらセクハラしてもいいような気がしてしまう︒というか︑反応が⾯⽩(おもしろ)くて︑﹁むしろも とや てください﹂と⾔われているようにしか思えな
い︒
が︑ま ……真(ま)⾯⽬(じめ)な話︑こいつの鋭(するど)さは危険だな︒
俺が腹⿊だと気が付けるのは︑それはきとこいつも同類だからだ︒
それに︒エステラは︑常に何かを隠している︒こいつの⽬は︑そういう⽬だ︒俺も同類だからな︑分かるんだよ︒俺が腹⿊だて⾔うんなら……
﹁お前はどうなんだよ︖﹂
挑発(ちようはつ)するように⾔てやる︒
と︑エステラは俺をキ と睨み︑拳⾻(げんこつ)を俺の顔にめり込ませた︒
﹁……んご !?﹂
﹁な︑なんでボクが︑き︑君に乳⾸の⾊を教えなくちいけないのかな!?﹂ち︑違う……そうじ ないんだ︑エステラよ……
誤解を解きたいのだが︑……痛くてしべれない…………
あ︑セクハラもほどほどにしないとこういう⽬に遭うてことだな……気を付けよう︒
﹁お待たせいたしまし……ふえ !? ヤ︑ヤシロさん︑どうされたんですか!?﹂
﹁気にしなくていいよ︑ジネトちん︒⾃業⾃得(じごうじとく)だから﹂
﹁そ︑そうなんですか……︖﹂
⾃業⾃得というか︑エステラの勘違(かんちが)いなんだが……ま ︑⾃業⾃得か︒﹁ジネトちん︒もし彼に変なことされた時は︑これを使うといいよ﹂
﹁ え !? な︑なんですかこれ!?﹂ジネトの驚(おどろ)きようが気になて︑痛みをこらえて視線を上げると──棘(とげ)の⽣えた鉄球付きメ
イス︑モニングスタがそこにあた︒
﹁これがあれば︑ジネトちんでもヤシロを仕留められる﹂
﹁物騒(ぶつそう)なもん持ち込んでんじねよ︕﹂
﹁なんだよ︒これは聖職者の愛⽤する武器なんだよ﹂
愛⽤は違うだろう︒好き好んでこんなもんを振(ふ)り回(まわ)す聖職者がいたら︑そいつはき と邪神(じやしん)か
何かに魅⼊られてんだよ︒
﹁今⽇︑四⼗⼆区にやて来た他区の⾏商⼈から買てきたんだ﹂
﹁他区の⾏商⼈︖﹂
﹁あ︒なんでも各区の教会を巡礼(じゆんれい)しているそうだよ︒教会の庭で露店(ろてん)を開きたいらしくて︑
領主のところに出店許可の申請に来てたんだ﹂
﹁なんでお前がそんな情報知てんだよ ︖さては……盗(ぬす)み聞(ぎ)きしたな︑いやらしい﹂
﹁あのね……ボクがゴミ回収ギルドの開設申請してたこと︑もう忘れたのかい︖﹂
それにしたて︑他⼈の申請内容まで知てるなんて……覗(のぞ)き⾒(み)したな︑いやらしい︒
﹁露店なんて︑なんだか楽しそうですね﹂
﹁ジネトちんも⾒に⾏けばいいよ﹂
﹁いえ︒わたしはお店がありますから﹂
こんな客の来ない店に張りついている必要なんかないのだろうが︑モニングスタを売ているような露店など⾒る必要もないか︒うん︑俺もパスだな︒
﹁今朝︑⼿続きの合間にち とだけ⾒せてもらたんだけど︑⾊々⾯⽩い物を売ていたよ︒ボクは︑また覗きに⾏こうかな﹂
﹁では︑その後で⾒てきた感想を聞かせてくださると嬉(うれ)しいです﹂
﹁うん︑分かた︒話しに来るよ﹂
ら
楽しそうに話すジネトとエステラ︒娯楽の少ない四⼗⼆区の⼈間にとては︑他区からやて来る⾏商⼈なんてのは興味深いものなのだろう︒
そういや︑ガキだた頃(ころ)は︑移動パン屋とか妙(みよう)にテンシ ン上がた け……
﹁ま ︑機会があれば︑ジネトが覗きに⾏ける露店商(ろてんしよう)に巡(めぐ)り合(あ)うこともあるだろう﹂
﹁はい︒そうですね﹂
せめてもの慰(なぐさ)めにと適当な気休めを⼝にした俺に︑ジネトは柔(やわ)らかい笑(え)みを向ける︒
﹁ありがとうございます︑ヤシロさん﹂
いや︒そんな︑礼を⾔われるようなことではないんだが……
どんなことも好意的に受け取るジネトには︑こんな⼝先だけの⾔葉すらも親切に聞こえるのだろう︒世の中に蔓延(はびこ)る悪意に対し鈍感(どんかん)過ぎる︒無頓着(むとんちやく)と⾔ てもいいかもしれない︒﹁本当の悪⼈なんていない﹂と思ているタイプだ︒
こいつはいつか痛い⽬を⾒る︒確実に︒断⾔出来るね︒
──ただ︑それがこんなに早いとは︑さすがの俺も思わなかた︒
ゴミ回収ギルドの申請が通 たという知らせから数⽇が過ぎ︑今⽇は例の⾏商⼈が教会で露店を開くと⾔ていた⽇だ︒露店を⾒てきたというエステラが︑ジネトにその時の様⼦を語て聞かせている︒⼆⼈が楽しそうにおしべりをしている間に︑窓の外は暗くなり︑もう間もなく
店じまいの時間だ︒
そんな︑客もいない退屈(たいくつ)な時間に……それは突然(とつぜん)やて来た︒
﹁ジネトおねちん︕﹂
泣きそうな声で叫(さけ)びながら陽だまり亭のドアを開けて⾶び込んできたのは︑教会にいたヤギのような⽿をした幼⼥だた︒
⽇が完全に沈(しず)み︑外はもう真暗だ︒そんな中を四歳の⼥の⼦が⼀⼈でやて来るなど︑普通(ふつう)のことではない︒しかも︑半泣きでだ︒
﹁どうかしたんですか︖﹂ジネトの声には緊張(きんちよう)が滲(にじ)んでいた︒ただならぬ状況(じようきよう)に何かを感じ取たのだろう︒
﹁あの︑あのね……あの……こ︑怖(こわ)いおじちんが来てね︑シスタがね…… ︕﹂ジネトの顔がみるみる⻘ざめていく︒
ヤギ⽿幼⼥の話では要領を得ないが︑⼤まかなことは察しがつく︒
﹁⾏こう︑ジネトちん﹂
ジネトの肩(かた)に⼿を置いて︑エステラが⾔う︒これから教会へ向かおうというのだ︒
﹁……そ︑そうですね﹂
軽く放⼼しかけていたジネトだたが︑エステラの⾔葉で我を取(と)り戻(もど)したようだ︒
ヤギ⽿幼⼥に向き直ると︑そ と……⼒強く⼩さな体を抱き寄せた︒
﹁知らせてくれてありがとうございます﹂
﹁ ………… えん︕﹂
ジネトに抱かれ︑ヤギ⽿幼⼥は声を上げて泣き出した︒緊張の⽷が切れたのだろう︒
そんな光景を眺(なが)めていると︑不意にエステラと視線が合 た︒
何も⾔わず︑ただ俺を⾒つめている︒
……やめろ︒俺を⾒んな︒
俺は︑俺の利益にならんことはやらんぞ︒陽だまり亭の危機ならともかく︑教会のゴタゴタなんぞ︑知たこ ちない︒
﹁あの︑ヤシロさん﹂
ジネトが︑ヤギ⽿幼⼥を抱きかかえて⽴ち上がる︒
なんだよ︒⼀緒(いつしよ)に来てくれてんならお断りだぜ︒俺にはなんの関係も……
﹁わたし︑これから教会へ⾏てきます﹂
﹁おう﹂
﹁ですので︑その間この娘のことをよろしくお願い出来ませんか︖﹂
…………え ︖この娘て︑そのヤギ⽿幼⼥のことか︖
ギン泣きした直後で︑不安いぱいで︑ジネトからち とでも離(はな)れたくない感が溢(あふ)れ出してて︑⼩さい⼿でぎ てお前にしがみついてるその幼⼥を引き離して︑ここに俺と⼀緒に残していくつもりなのか ︖あまつさえ︑この俺に︑そんな厄介(やつかい)な⽣き物の⾯倒(めんどう)を⾒ていろと︑そう⾔うのか ︖ ……………………冗談(じようだん)じねぞ︒
﹁何⾔ てんだよ︑ジネ ト︒こんな⼀⼤事に︑じ としているなんて出来るわけないだろう︒……俺も⼀緒に⾏くよ﹂
﹁本当ですか !? ありがとうございます︕﹂
……く ︕背に腹は替えられん︒
⼦守(も)とか︑絶対無理 ︕つか︑絶対イヤ︕
﹁優(やさ)しいね︑ヤシロは﹂
﹁うるせ︒ささと⾏くぞ﹂
ニヤニヤするエステラを⼀睨(ひとにら)みして︑俺たちは教会へと向かた︒
﹁んん ︖誰(だれ)だ︑テメらは︖﹂
スキンヘドの強⾯(こわもて)なオサンが︑談話室でベルテ ナと差し向かいで座ている︒
まさか︑こんな場所で再会するとは思てもみなかた……
教会にいたのは︑四⼗⼆区の取り⽴て屋︒悪名⾼い︑ゴ フレドだた︒テブルの上には割れた壷(つぼ)が置かれている︒
﹁君は部屋に戻てな﹂
﹁で︑でも……﹂
﹁いいから︒ね︖﹂
﹁……うん﹂
エステラが︑ヤギ⽿の幼⼥を宥(なだ)め部屋へ戻らせる︒その横で︑俺は⽬の前に展開されているなんとも分かりやすい構図に頭痛を覚えていた︒……
昭和のコントかよ︒ベタ過ぎるわ︒
﹁あ︑あの……わ︑わたしは︑この教会の関係者です︒じ︑事情を説明していただけませんか
ベルテ ナの隣(となり)へと駆(か)け寄り︑ジネトがゴ フレドを⾒つめて⾔う︒
こいつ︑度胸だけは⼤したもんだな︒……もとも︑実⼒は⼀切伴(いつさいともな)ていないが︒
﹁順を追 て話すとだな……今朝︑ここの庭で露店を開いた⾏商⼈がいた︒で︑この壷はそいつの取り扱(あつか)ていた商品なんだが……ここのガキがこの壷に触(さわ)りやがたんだとよ﹂
﹁まさか︑⼦供たちが……その壷を……︖﹂
ジネトがベルテ ナに視線を向けると︑ベルテ ナは瞼(まぶた)を閉じて微(かす)かに俯(うつむ)いた︒
動揺(どうよう)し︑動きを⽌めたジネトに構わず︑ゴ フレドは話を再開させる︒
﹁その⾏商⼈は忙(いそが)しい⾝でな︒今⽇中に四⼗⼆区を離れなきいけね てんで︑俺に取り⽴てを頼(たの)んでいきやが たのさ︒損失分をき ちり賠償(ばいしよう)してほしい てな︒期⽇は明後⽇(あさつて)の⽇没(にちぼつ)
だ﹂
﹁それで︑その……︑おいくらなんですか︖﹂
﹁この壷の値段は︑10万Rbだ﹂
﹁じ …………そんな⼤⾦を︑明後⽇までに……﹂ジネトが⻘ざめる︒瞳(ひとみ)が細かく震(ふる)えて︑はきりと動揺が⾒て取れる︒
ベルテ ナは︑⾃⾝の監督(かんとく)不⾏き届きを悔(く)いてか︑じ と瞼を閉じていた︒
﹁やられたね﹂
ベルテ ナたちから少し離れた位置に⽴つ俺に︑エステラが⽿打ちをしてくる︒
こいつも気が付いたのだろう︑この不⾃然過ぎる﹃巡り合わせ﹄に︒
突然現れた⾏商⼈が教会での出店許可を申請(しんせい)して︑その露店で10万Rbもする壷が壊(こわ)れ︑その⽇
のうちに悪名⾼い取り⽴て屋が教会へ押しかける……完全に仕組まれている︒そう︑これは──
﹁わたしが︑なんとかします︕﹂
──ジネトが⾃発的にそう⾔い出すように仕向けられた︑実に狡猾(こうかつ)な罠(わな)なのだ︒
﹁そうか ︕そいつは助かるぜ︒こんな貧乏(びんぼう)教会じ あ︑10万Rbなんか⽤意出来ね もんな︒だが︑⾷堂をやてるテメなら︑なんとか出来るだろう︒期待してるぜ﹂
ニヤリと笑みを浮かべるゴ フレド︒してやたりてとこか︒
﹃⾷堂をや てる﹄……か︒最初に﹃誰だ︑テメ らは︖﹄なんて⽩々しいことを⾔ たくせに︑もうボロを出しやがた︒とんだ茶番だ︒それにあの壷……
俺はため息を漏らさずにはいられなかた︒
﹁教会に何かあれば︑ジネトち んは必ず⼿助けを申し出る︒彼⼥のことを少しでも知てい
る者なら︑それくらいは容易に想像出来るだろうね﹂
﹁…………﹂
敢えて返事はしなかたが︑その通りだろう︒こいつを仕組んだのは︑⼗中⼋九⾏商ギルドのアスントだ︒……あの⼿のヤツが︑やられたままで引き下がるわけがない︒そんなことは重々承知のはずなのに︑俺はそれを放置してしま た︒その結果が︑これだ︒
﹁ボクの知る限り︑ジネトちんが10万Rbを⽤意するのは……無理だろうね﹂何かを⾔いたげな⽬で︑エステラが俺を⾒つめる︒
こいつ……︑俺を試(ため)しているつもりか︖ ﹁君はこの状況をち んと理解出来ているのか
い︖﹂とでも⾔いたげな⽬をしやがて︒ふん︒舐めんな︒
こんな茶番のネタばらしなんざ︑考えるまでもねだろうが︒
﹁⾦が⽤意出来なき︑借りるしかないだろう……﹃どこか﹄からな﹂
ジネトと接点があるヤツなんてのはそう多くない︒その中で⼤⾦を⽤意出来るのは︑間違(まちが)い
なく⾏商ギルドだけだ︒
けれどもし︑⾏商ギルド──ア スントに借⾦を申し⼊れたら……陽だまり亭は無条件でアスントの⾔うことを聞き⼊れなきいけなくなるだろう︒今後︑⼀⽣な︒
﹁もし︑⾦の⽬途が⽴たね なら誰かに相談するこ たな︒世の中には︑親切なヤツがいるかもしれねぜ﹂
俺の推論を裏付けるように︑ゴ フレドが暗に﹃⾏商ギルドを頼(たよ)れ﹄と⽰唆(しさ)するようなことを⾔う︒そこまでが作戦なのだろう︒
だが︑ここでゴ フレドの表情が少し変わる︒
いやらしい視線が︑ジ とジネトの胸元(むなもと)に注がれる︒
﹁……もしも︑テメが俺のもんになるてんなら︑俺が融通(ゆうずう)してやてもいいぜ﹂
﹁え ……﹂
ジネトが⻘ざめ⾃⾝の体を抱くようにして⼀歩後ずさるのと︑ゴ フレドが⽴ち上がるの
はほぼ同時だた︒
ゴ フレドの武⾻な腕(うで)がジネトに伸(の)びる︒
咄嗟(とつさ)に︑ベルテ ナが⼆⼈の間に体を割り込ませる︒ガゴンと︑鈍(にぶ)い⾳がしてテ ブルが⼤きく揺(ゆ)れる︒ベルテ ナが⽴ち上がる際に膝(ひざ)を強打したようだ︒テ ブルの上から壷の⽋⽚(かけら)が
いくつか落下して⾳を鳴らす︒
﹁ジネトに触れないでください﹂
痛むであろう膝を気にする素振りも⾒せず︑ベルテ ナは険しい表情でゴ フレ ドを⾒つめる︒
微かな恐怖(きようふ)を滲ませつつも︑我が⼦を守る⺟親のようなたくましい⽬をしている︒
﹁……ふん︒割れた壷を︑これ以上壊す気か ︖落ち着きのねシスタだぜ﹂
吐(は)き捨(す)てるように⾔て︑ゴ フレドは再び椅(い)⼦(す)へと腰(こし)を下ろす︒
沈黙(ちんもく)が落ちる︒
ジネトとベルテ ナは︑⼆⼈で⽀え合うようにして⾝を寄せ合 ている︒
そして︑俺の隣では……エステラが懐(ふところ)に⼿を忍(しの)ばせていた︒微かに︑ナイフの柄(え)が⾒える︒物騒(ぶつそう)なことを考えるな︒事を荒⽴(あらだ)てたらそこで終わりだぞ︒教会も︑陽だまり亭も︒
﹁⽚付けくらいしろよ…… たく︑どいつもこいつも﹂
誰も動かなくなた空間で︑俺だけが⾏動を起こす︒テ ブルのそばまで⾏き︑落ちた壷の⽋
⽚を拾い集める︒
﹁あ……︑ヤシロさん︒わたしが……﹂
⾔いかけて︑⾔葉をのむ︒
⼀歩踏み出そうとしたものの︑ゴ フレドに近付くことに恐怖⼼でも湧いたのだろう︒ベルテ ナの袖(そで)を摑(つか)む⼿に⼒が⼊る︒ま ︑無理すんなよ︒ジネトの⼿を借りなくても︑落ちた⽋⽚を拾い集めるくらいすぐ終わる︒
カチリカチリと⼩さな⾳が鳴る中︑ゴ フレドが⼩声で話しかけてきた︒
﹁よ︒久しぶりだな︒テメ︑酒場で会たヤツだろ︖﹂
⾯⽩(おもしろ)がるような︑威圧(いあつ)的な⽬が俺を⾒ている︒
﹁記憶⼒(きおくりよく)がいいんだな﹂
﹁商売柄(しようばいがら)な︒上(う)⼿(ま)く儲(もう)けられたか︖﹂
俺がゴ フレドに持ちかけた賭けの仕組みに︑こいつは気が付いたようだ︒ま
考えれば分かることだけどな︒
﹁おかげさまでな﹂
﹁なに︑気にするな︒こ ちも︑お前のおかげでいい思いが出来そうなんだ﹂
うす わら
︑ち と
薄ら笑いを浮かべて︑ゴ フレ ドが⾆なめずりをする︒そして︑⾝を乗り出して俺に顔を近付け︑低い声で囁(ささや)いた︒
﹁俺の邪魔(じやま)︑すんじ ねぞ ︖この街にはな︑敵に回しちいけねヤツがいるてこと︑よく覚えとけよ﹂
⾔いたいことだけ⾔ て︑ゴ フレ ドは視線をジネトへと向ける︒獲物(えもの)をなぶる獰猛(どうもう)な獣(けもの)のような⽬だ︒
﹁ま ︑好きにしろ︒時間はまだある︒明後⽇までに⾦を⽤意してくれりあいいんだ﹂
腹の中にヘドロが溜ま ていくような不快感を覚える︒
ゴ フレドの声がムカつくとか︑そういうことよりも……
﹁なんなら︑あの店を売(う)払(ぱら) ちま たらどうだ ︖ま ︑それで10万Rbに届くかは分からねけどな ︕がはは︕﹂
﹁……考えさせて︑ください﹂
こんな分かりやすい脅(おど)しに︑今にも泣き出しそうな表情をさらしているジネトに対して──
腹が⽴て仕⽅がない︒
﹁んじ あ︑また明後⽇な﹂
不遜(ふそん)なニヤケ顔を浮かべて︑ゴ フレドが談話室を出ていく︒割れた壷を⾵(ふ)呂敷(ろしき)に包み︑ガチガチと不快な⾳を引き連れて︑⾜⾳が遠ざかていく︒
談話室の中は薄暗(うすぐら)く︑窓の外に⾄ては真暗で……闇(やみ)にのみ込まれそうな不安な気持ちが⾜
元から這い上てくる︒
もとも︑そういう仄暗(ほのぐら)さは悪党が隠(かく)し事をするのに持 てこいなんだけどな︒例えば……俺みたいな︑な︒
⽇付は変わて︑ゴ フレドとの再会の翌⽇︒
今⽇も⽇が昇(のぼ)る前からジネトは朝⾷の下ごしらえを始めているようだ︒
いつものように︑いい⾹(かお)りが階下から漂(ただよ)てくる︒
⽀払(しはらい)期限は明⽇(あした)になたわけだが︑昨⽇の今⽇で妙案(みようあん)が浮かんでいるわけがない︒
それでも朝は同じようにやて来て︑⼈はいつもと同じように振る舞う︒何事もなかたかのように︒
﹁あ︑おはようございます︒ヤシロさん﹂
俺が厨房(ちゆうぼう)に顔を出すと︑ジネトはいつもの笑顔(えがお)で迎(むか)えてくれた︒そして︑今⽇の⼈参(にんじん)は⾊
がいいとか︑ス プに隠し味を⼊れてみたとか︑そんなどうでもいい話を繰り返す︒
まるで︑そうすることで明⽇からもこういう⽇常がず と続いていくと信じているかのよう
に︒
変わてしまうのが怖(こわ)くて︑わざといつも通りに振る舞だが︑そんなことを⾔ている場合ではない︒
﹁どうする気だ︖﹂
﹁…………﹂
ているのだろう︒ジネトのおしべりが⽌まる︒ただ黙々(もくもく)と下ごしらえをする⼿だけが動く︒
ノ プラン︒そんなことは分かりきているのだが︑どちらに向かているかくらいははきりさせておきたい︒いや︑おかなければいけない︒
﹁アスントに頼めば︑10万Rbくらい⽤⽴ててくれると思うぞ﹂
﹁いえ……︒それは考えていません﹂
陽だまり亭は守りたい︑か︒
ジネトはアスントの危険性を知り︑警戒(けいかい)している︒──と︑思たのだが︒
﹁わたしたちのことで︑無関係の⽅にご迷惑(めいわく)をおかけするわけにはいきませんから﹂
……そんな考え⽅をしているのか︒
アスントは無関係じ ない︒が︑ジネトには無関係に⾒えているらしい︒
﹁今⽇と明⽇で︑精⼀杯頑張(せいいつぱいがんば)てみます﹂
空元気な笑顔が俺に向けられる︒泣き出す直前の迷⼦みたいな危(あや)うさを感じた︒どうしようもないと︑悟(さと)ている顔だ︒
﹁そうか﹂
﹁はい﹂
ジネトは何も⾔わない︒
だから︑俺も何も⾔わない︒
それでいい︒
ここはジネトの店だ︒ジネトが決めればいいことだ︒
﹁さ︑準備をしましう︒きとみんな︑お腹(なか)を空(す)かせていますから﹂それがお前の答えなら︑そういうことにしておいてやる︒
ただ︑愚(おろ)かだなと思うだけだ︒
それからいつものように︑荷⾞に⾷材を載せて教会へと向かう︒
いつもなら︑荷⾞の⾳を聞きつけて⼤騒(おおさわ)ぎしながら⾶び出してくるガキどもが︑今⽇は随分(ずいぶん)と
⼤⼈しい︒すげ沈(しず)んでいる︒中には泣いている⼥の⼦もいた︒
﹁……おねえちん﹂
ヤギ⽿の幼⼥が︑今にも決壊(けつかい)しそうなほど瞳に涙(ひとみなみだ)を溜めている︒
向こうで塞(ふさ)ぎ込んでいるガキは︑もしかしたら壷(つぼ)を触(さわ) たヤツなのかもしれないな︒……と︑
思ていたら︑そのガキがジネトに向かて駆けてきて︑勢いもそのままに抱きついた︒
﹁ごめんなさい…… ︕ ごめんなさい ︕﹂
﹁うん︒……うん︒⼤丈夫(だいじようぶ)︑⼤丈夫ですからね﹂⾝を屈(かが)め︑⼤泣きするガキの体を包み込む︒背をぽんぽんと叩(たた)き︑ジネトは優(やさ)しい声⾳(こわね)で
﹁⼤丈夫﹂を繰り返す︒
﹁ジネト……﹂
ベルテ ナが⼩さな布袋(ぬのぶくろ)を⼿に庭へと出てくる︒
﹁集められたのは︑これだけでしたが……私も︑なんとか出来るよう最善を尽くします﹂
﹁シスタ !? それはダメですよ︒そのお⾦は︑みなさんが教会のために寄付してくださたも
のです︒私的なものに使ていいお⾦ではありません﹂
﹁ですが……﹂
﹁⼤丈夫です︒わたしが︑なんとかしますから﹂
﹁…………﹂
ベルテ ナは︑何も⾔わなかた︒
そんなことは不可能だと︑現実を突きつけるようなことは︑何も︒
ただ︑悲痛な表情を浮かべ︑ジネトを⾒つめるだけだ︒
おいおい︒﹃神様﹄とやらはどうしたんだよ ︖ 信じる者くらい救てやたらどうだ︖
それとも何か ︖ テメは︑⽇頃(ひごろ)﹃救いの⼿﹄なんてもんをチラつかせて⾦を集めるだけ集めておきながら︑いざという時には⾒て⾒ぬフリを決め込むのか︖
はは︑こり傑作(けつさく)だな︒
だとしたらテメ ……俺みたいな詐(さ)欺(ぎ)師(し)と︑どこが違(ちが)うんだよ︖
﹁さ︑みなさん︒朝ご飯にしましう︒今⽇のス プは⾃信作なんですよ﹂
明るい声を出して︑ジネトがガキどもを談話室へと連れて⾏く︒
⾃信作のス プ︒いつもより⼿の込んだ︑特別なス プだそうだ︒最後に︑⼀番美(お)味(い)しい料理を⾷べてほしいのだろう︒そして︑覚えておいてほしいのだ︒⾃分の味を︒
なんだかんだ⾔て︑ジネトは分かているんだ︒もう︑⾃分⼀⼈じ どうにも出来ないことを︒
だから︑陽だまり亭を去る覚悟(かくご)なんだろう︒
﹁さ︑ヤシロさんも早く︒たくさん︑⾷べてくださいね﹂
ガキを誘導(ゆうどう)し終えた後︑ジネトは再び外へ出てきて︑俺の⼿を引き談話室へと連れて⾏く︒
さり気なく⼿を繫(つな)いでくる︒
それは︑なんとなく……︑不安の表れのような気がした︒
昨夜(ゆうべ)から︑まるで没頭(ぼつとう)するかのように働き詰(づ)めだたせいだろうな︒ジネトの⼿は少し荒(あ)れていた︒指先も冷たくなているし︒⽔仕事し過ぎだ︒ホント︑お前は──
⼥将(おかみ)さんにそくりだ︒
⼦供に恵(めぐ)まれなか た伯(お)⽗夫婦(じふうふ)は︑突然(とつぜん)転がり込んできた俺を︑実の息⼦(むすこ)のように︑本当に
可愛(かわい)がてくれた︒
とても貧しい暮らしだたが……あの時︑俺には──﹃家族﹄がいたんだ︒
惜(お)しみなく⼰(おのれ)の技術と知識を教えてくれた親⽅は︑﹁跡取(あとと)り問題が解決して嬉(うれ)しいね﹂なんて︑しわくちの顔で無邪気(むじやき)に笑ていた︒俺はそう⾔われるのが嬉しくて……でも︑どこか照れくさくて……結局︑親⽅のことを﹃お⽗さん﹄とは︑呼べなかた︒
⼥将さんが作る料理は本当に絶品で︑誕⽣⽇の時に家で作 てくれたア プルパイが最⾼に美(う)味(ま)かた︒﹁お店のケキ︑買てあげられなくてごめんね﹂なんて申し訳なさそうに⾔うもんだから︑俺は思わず﹁これより美味いケキなんかこの世にない︕﹂て⾔て……そしたら⼥将さん︑泣いち て…………俺も思わず…………な︒結局︑⼥将さんのことも﹃お⺟さん﹄とは︑呼んであげられなかた︒
いつか︑⾃分が⼤⼈になた時に︑﹁⽼後の⼼配はいらね ︕ 全部俺に任せとけ︑親⽗(おやじ)︑お
袋(ふくろ)︕﹂とでも⾔てやろうと思ていたのだが……
⾼校の⼊学式の⽇︒俺が学校に⾏ている間に︑⼆⼈は⾃らの命を絶た︒四⽉七⽇──俺の誕⽣⽇のことだた︒
あとから知たことだが︑親⽅たちは悪質な詐欺に引かかていた︒俺を⼤学までやるために資産を増やそうと︑出来もしない投資に⼿を出し……すべてを失た︒いや︑根こそぎ騙(だま)し取られたのだ︒
⼩さな⼯場も︑古くなた家屋敷(いえやしき)も︑慎(つつ)ましい⽣活をさらに切り詰めて貯(た)めたささやかな貯⾦さえも︑全部︒
残された⼿紙には︑﹁借⾦は全部持 ていく﹂﹁保険が下りれば⼤学にだ て通える﹂なんて︑どこかの悪⼈にたらしこまれたかのような⽢⾔が綴(つづ)られ︑最後に﹁お前は何も⼼配しなくて
いい︒きと︑⼤丈夫だから﹂と︑根拠(こんきよ)のない気休めが書き記されていた︒
バカだと思た︒
こんなあからさまな噓(うそ)に︑まんまと騙されて……
騙されても︑もうダメだと分か た後も︑俺に⼼配をかけないようにいつも通りに振る舞
て︑﹁⼤丈夫︑⼤丈夫﹂て……
こんな程度の低い詐欺に騙される⽢ち んのくせに……騙されたことにすら気が付かないようなお⼈好(ひとよ)しのくせに……⼈がいいてことくらいしか取(と)り柄(え)がないくせに……最後の最後で︑俺
を騙しやがて…………許せなかた︒
そんな⾒え透いた噓にまんまと騙された俺⾃⾝が︑何より許せなかた︒気付けなかたことが……変わるはずないなんて思い込んでいたことが……いつだて会えるからと︑⾔いたいことを先送りにしていたことが…………許せなかた︒
冷たくなた⼥将さんの懐(ふところ)には︑下(へ)⼿(た)くそなクレヨン画がしまい込まれていて……そいつは俺が︑⺟の⽇に初めてプレゼントした⼥将さんの似顔絵だた︒……こんなもんが︑あんたの宝物だ たのかよ…………唯⼀(ゆいいつ)持 ていきたいと思 た物が……こんな………………下⼿くそな……
その絵を⼿に取た瞬間(しゆんかん)︑俺の左腕(ひだりうで)からプロミスリングがはらりと落ちた︒
⼥将さんが︑俺のために︑﹁中学校で流(は)⾏(や)てるんでし﹂と︑頼(たの)みもしないのに編んでくれた︑世界でただ⼀つのプロミスリング︒
⼀ 所だけ︑編み⽅を間違(まちが)て模様が変になている箇所(かしよ)があて……そんなんなのに︑悔(くや)しいけど︑嬉しくて︑その⽇からずと左腕につけていた︒
もう︑そこについているのが当たり前になていた…………
プロミスリングが切れる時︑願いが叶(かな)うなんて噂(うわさ)があた︒だ たら︑叶えてくれよ……俺の居場所を返してくれ……⼤切な⼈を返せ……何もかも元通りにしてくれよ︕俺の間違いを…………やり直させてくれ……
だが︑当然願いは叶わなかた︒そんな噂すらも︑噓だたんだ︒
その⽇︑俺は悟た︒
﹃騙されるヤツがバカなんだ﹄
この世で⼀番の⼤バカ野郎(やろう)は︑何度も何度も騙されちま た︑俺だ
た︒
重たい空気が漂(ただよ)う中︑静かな⾷事の時間が終わる︒折⾓(せつかく)の料理の味も︑なんだかよく分からなかた︒
﹁ヤシロさん……少し︑よろしいでしうか﹂
⾷事の後︑ベルテ ナに呼ばれて執務(しつむ)室へとや て来た︒ジネ
⽚付けの最中だ︒
トは厨房(ちゆうぼう)でガキどもと後
こぢんまりとした執務室にベルテ ナと⼆⼈きり︒なんとなく︑息が詰まる︒
﹁私は︑今⽇ほど⾃分を不(ふ)甲斐(がい)ないと思たことはありません﹂
胸の前で⼿を組み︑沈痛(ちんつう)な⾯持(おもも)ちを⾒せる︒
﹁⽇頃からジネトの厚意(こうい)に⽢え……こんな時にまで⼼を砕(くだ)かせてしま て……⺟親代わり失格です﹂
﹁そんな愚痴を⾔うために︑俺を呼んだんですか︖﹂
ま たく︑イライラする︒どいつもこいつも⾟気臭(しんきくさ)い顔しやがて︒
﹁現状を嘆(なげ)いて思考を停⽌させるのは︑ガキとバカのやることだ﹂
少し険のある⾔い⽅になてしま たが︑ましうがないだろう︒
そんな暇(ひま)があたら︑ギリギリまであがいてみたらどうだ︒お前たちはまだ︑やれることを全
部はやていない︒
結局︑この状況(じようきよう)を⽣み出したのはテメらの怠慢(たいまん)だ︒
﹁……そうですね︒ヤシロさんの⾔う通りです︒私は︑私に出来ることをするべきですね﹂
ふ ほお すと背筋を伸ばし︑真直ぐに俺の⽬を⾒つめてくる︒
﹁ヤシロさん﹂
おどろ
ほんの少しだけ︑ベルテ ナの瞳に⼒が戻(もど)る︒
乱暴に触れれば折れてしまいそうな⽩く細い指が俺の頰に触れる︒……その指先は︑驚くほど
に冷たかた︒
追い詰められた状況で︑ベルテ ナは穏(おだ)やかな笑(え)みを浮かべていた︒
諦(あきら)めたか……ジネトの代わりに⾃分が︑なんてくだらないことを⼝にしたなら笑い⾶ばして
やる︒﹁それじ テメは⺟親失格だ﹂と︒
……しかし︒
﹁ありがとうございます﹂
そんな︑⼀⾒⾒当はずれな⾔葉を呟(つぶや)いて︑ベルテ ナは俺に体を寄せる︒包み込むように︑
優しく抱きしめる……
﹁……つらい思いをさせてしまいましたね﹂
こいつは何を⾔ているんだ︒
つらい思いをしているのは俺ではなく︑ジネトだろうに……
﹁あなたはとても優しい⼈です﹂
とんでもない勘違(かんちが)いだ︒節⽳どころか︑その⽳すらあいていないんじ ないかと疑うレベル
だ︒
﹁私が﹃ジネトを頼む﹄と⾔たことを︑実直に守 てくださているのでしう︖﹂
それも違う︒
俺が守 ているのは︑俺が地盤(じばん)固めに利⽤出来そうなあの場所だ︒ジネトはたまたまそこにいるだけの﹃ついで﹄で︑それだて︑⽤が済めばそこで終了(しゆうりよう)だ︒
﹁けれど︑ヤシロさん……﹂
⽿元で︑透き通るような声が俺の名を呼ぶ︒
引き込まれるような︑美しい⾳⾊で︒
﹁⼼に理由を求めてはいけませんよ﹂
無意識に︑ほんの少しだけ︑腕(うで)に⼒が⼊てしま た︒肩(かた)が強張(こわば)る︒
それを悟(さと)られたのか……ベルテ ナは俺の後頭部をぽんぽんと⼆度︑優(やさ)しく叩(たた)いた︒
……くそ︒
﹁あんたが今︑⼀番考えるべきなのはジネトのことなんじ ないのか︖﹂
﹁はい︒だからこそです……﹂
ゆくりと体を離(はな)し︑今度は俺の顔を覗(のぞ)き込んでくる︒真直ぐに︒
﹁⼤切な⼈が悩(なや)んでいる姿を⾒るのは︑つらいものでしう ︖こういう時は︑特に……︒ですから︑ヤシロさんはどうか︑⼼穏(こころおだ)やかに過ごしてください﹂
俺が何に悩んでいるていうんだ︒
そもそも︑俺がジネトの⼤切な⼈だなんて……そんなわけ…………
訳が分からん︒こいつの話は徹頭徹尾(てつとうてつび)理解出来ん︒…………なのに︑⼼がざわつく︒
……くそ︒
﹁テブルにぶつけた膝(ひざ)は⼤丈夫(だいじようぶ)か︖﹂
﹁え……はい︒お気遣(きづか)いありがとうございます﹂
そういうつもりじ ない︒ただ俺は聞きたかたのだ……アレは︑わざとだたんじ ないのか︑と︒
﹁……あんた︒実は物凄(ものすご)く腹⿊なんじ ないだろうな︖﹂
﹁⽇焼けは︑あまりしない⽅ですよ︖﹂
ふん……じ あ︑乳⾸(ちくび)は綺麗(きれい)なピンク⾊か ︖お揃(そろ)いだな︑俺と︒
この局⾯で向けられる笑顔に……なんとなく︑すべてを⾒透かされているような気がして……
俺は思わず⽬を逸らし︑執務室を後にした︒
出ていく間際(まぎわ)に⼀⾔──
﹁あんたの怪(け)我(が)が報(むく)われることが……あるかもしれね な﹂
──と︑それだけ⾔い残しておいた︒
それから⼀⽇︑ジネトはいつも通りに時間を過ごし︑いつもよりほんの少しだけよくしべり︑無理にでも笑顔を作ろうと努⼒していた︒
不意に瞳(ひとみ)の奥に不安が揺(ゆ)らぎ︑何かが込み上げてきそうになるのを︑俺は何度も⽬撃(もくげき)し
て
た︒……指摘は︑しなかたが︒
そうして︑空の⾊がどんどんと濃く︑暗く変わていき……何も変化のないままその⽇が終わ
る︒
﹁今⽇︑エステラは来なかたな﹂
﹁そうですね︒寂(さび)しいですけど……仕⽅ないですよね﹂
不意に漏(も)れたそれは︑もしかして本⾳だ たのかもしれない︒ジネトははと息をのみ︑慌(あわ)てて明るい声を出した︒
﹁で︑でも︑明⽇(あした)は来てくださいますよ︑きと﹂
﹁明後⽇(あさつて)かもしれんがな﹂
﹁…………﹂
たた⼀⽇︒ほんの数⼗時間ずれるだけで︑ジネトにとては絶望的な差が出来てしまう︒明後⽇になれば︑ジネトはここにはいない︒ジネト⾃⾝が︑それを確信している︒
今︑ジネトの頭にある選択肢(せんたくし)は⼆つ︒
﹃ゴ フレドのもとへ⾏き︑借⾦を帳消しにしてもらう﹄か︑﹃期限を破り︑カエルにされてしまう﹄か……どちらにせよ︑ジネトはもう陽だまり亭に留(とど)まることは出来ない︒……と︑ジ
ネトの頭の中はグチグチになているのだろう︒
﹁……でも︑よかたです﹂
そんな︑場違(ばちが)いなセリフを呟く︒
﹁ヤシロさんがいれば︑陽だまり亭はなくなりませんもんね﹂
それが︑こいつがすがれる最後の砦(とりで)なのだ︒
⾃分がどうなろうと︑⼤切な陽だまり亭だけは残てくれる︒それだけが︑今のジネえる︑細く脆(もろ)い頼みの綱(つな)なのだ︒
……だが︒
﹁雇(やと)い主がいなくなたら︑従業員はいなくなるに決ま てるだろう﹂
﹁え…… ﹂
俺が承諾(しようだく)するとでも思ていたのか︑ジネトは⽬に⾒えて狼狽(ろうばい)し始めた︒
﹁で︑でしたら︑ヤシロさんがここの責任者になて……それで……﹂
じようだん めんどう しようがい
トを⽀
﹁冗談じ ね な︒俺はそういう⾯倒くさいポジシ ンには就きたくないんだ︒⽣涯フリ タ
︒それが俺の理想だ﹂
なにせ︑俺は既(すで)に別の職業に就いているからな︒詐(さ)欺(ぎ)師(し)ていう︑天職にな︒
﹁でしたら︑あの……つ︑次の店⻑が⾒つかるまでの間だけでも︑陽だまり亭に留ま ていただ
いて……﹂
﹁誰(だれ)が決めるんだよ︑次の店⻑を︒つか︑誰に任せるつもりなんだよ︑お前は︖﹂﹁それは……でも…………そうしないと︑陽だまり亭が…………お祖⽗(じい)さんと︑ムムお婆(ばあ)さんと……お客さんたちの⼤切な………………﹂
﹁お前は︖﹂
錘(おもり)でも載(の)せられたかのように俯(うつむ)いていた顔がこちらを向く︒
問われて︑今初めて答えを意識したような︑そんな驚きが⾒て取れる表情をさらす︒
﹁お前にとてはどうなんだよ︑この場所は﹂
﹁た…………⼤切に︑決ま てるじ ないですか…… ︕﹂
初めて︑こいつの剝き出しの感情を⽬の当たりにする︒
こいつは︑⾃分の感情を表に出すことをわがままだとでも思い込んでいるのだろう︒⾃分の意⾒を⼝にすることが──﹃⾃分さえ我慢(がまん)すればすべてが丸く収まる現状﹄を否定することが︑何かの罪にでもなると︑本気で思ているのだろう︒だから⾔わないのだ︒本⼼を︒
この場所が⼤切だと︑⼤切に決ま ていると⾔いながらも……
﹁それでも︑我慢するんだな︖﹂
ようやく開かれたジネトの胸の内の︑そのど真ん中に向かて俺は問いかける︒
﹁⼤切な陽だまり亭を︑どこの誰とも知らねヤツに⼿渡(てわた)して︑かつての⾯影(おもかげ)も︑数々の思い出
も踏みにじられて台無しにされて︑それでいいんだな︖﹂
ジネトの瞳に︑涙(なみだ)が溜(た)ま ていく︒
﹁陽だまり亭さえ残ていれば︑この場所に⾃分がいなくても︑お前はそれでいいんだな︖﹂
﹁…… ……です…… ﹂
掠(かす)れた声が漏れる︒
薄暗(うすぐら)い⾷堂の中で︑数本のろうそくがぼんやりと光を放ち︑⾵に揺らめいては世界が揺らいでいるかのような不安定な錯覚(さつかく)を与(あた)える︒
震(ふる)える唇(くちびる)が微(かす)かに動き︑絞(しぼ)り出すような声を漏らす︒
﹁よくない……です …………わたしは……本当は…… ︕﹂
そして︑堰(せき)を切たように︑涙が溢(あふ)れ出した︒
﹁本当は︑どこにも……⾏きたくなんか︑ないです …………ずと…… ︑ずとここにい
たいです︕﹂
我慢することなく︑全⼒で吐き出されるジネトの本⾳︒
それは︑産声(うぶごえ)のように⼒強く︑何よりも素直(すなお)だた︒
﹁なくしたくないです……失いたく……ないです……だて︑ここは……︑お祖⽗さんがいて︑たくさんのお客さんが笑顔になて︑毎⽇毎⽇楽しくて……わたしに︑⽣きることの意味と︑幸せを教えてくれた…………⼤切な…………⼤切な陽だまり亭︑なんです……だから………… ﹂吐き出す息は震え︑吸い込む空気が喉(のど)を鳴らす︒
﹁ずと︑ここにいたいです……﹂
床(ゆか)にへたり込み︑顔を覆(おお)て泣き出してしま た︒
躊躇(ためら)いなく⿐⽔をすすり︑しくりあげ︑憚(はばか)ることなく嗚咽(おえつ)を漏らす︒
…… たく︑この頑固(がんこ)者︒
﹁最初からそう⾔えてんだよ﹂
蹲(うずくま) て泣く姿は︑まるで幼い⼦供のようで……思わず︑頭に⼿を置いてしま た︒あまつさえ︑ぽんぽんと軽く⼆度ほど叩いてしま た︒
﹁お前は別に︑神様でもなけり 英雄(えいゆう)でもなんでもない﹂
どんなことでも⾃分で出来て︑どんな災難も⼀⼈で防げて︑どんなヤツだて守 てやれる⼒を持 ているわけじ ない︒
お前なんかな︑⾷物連鎖(れんさ)で⾔えば草⾷動物にすら⾷われる雑草がお似合いだ︒⼈に騙(だま)され︑損をして︑泣きを⾒る︑絶好のカモだ︒
誰かを押(お)し退(の)ける冷徹(れいてつ)さも︑欺(あざむ)く狡猾(こうかつ)さも︑⾒捨てる残忍(ざんにん)さも持 ていないようなヤツが︑その⾝⼀つで何かを守れるだなんて︑勘違いも甚(はなは)だしい︒お前みたいなヤツが︑他⼈に﹃⼤丈夫﹄なんて⾔葉を吐くのは百年早(はえ)よ︒﹃⼤丈夫でし うか︖﹄にしやがれ︒お伺(うかが)いを⽴てろ︒周りを⾒て空気を読んで⼤⼈しくしてろ︒何もせず︑何も
⾒ず︑世間の荒波(あらなみ)に怯(おび)えて⾝を縮めていやがれ︒
それでも︑どうしても譲(ゆず)れないものがあるてんなら︑その時は──
﹃助けて﹄て︑叫(さけ)べよバカヤロウ︒
そうすり ……そうしてくれてり …………俺だて︑あの時………… ︕
こいつを救たて︑親⽅たちが浮かばれるわけじ ない︒過去が変わるわけじ ない︒⾃分が許せるわけじ ない︒わけじ ないが…………﹃こいつを救えなかた﹄て後悔(こうかい)だけはしな
くて済む︒
もううんざりだ……あんなクソみたいな気分を味わうのは︒
﹁あらかじめ⾔ておくぞ﹂
ただま ︑⽢やかすと⼈間はダメになるから現実だけはし かりと⾒せておかないといけない︒
﹁俺はあの部屋が割と気に⼊ている︒最近じ ︑部屋に⼊るとホ とするようになたくらいだ﹂
あの部屋は︑俺が家主に交渉(こうしよう)して︑俺の持ち前の誠実さと紳⼠(しんし)的な態度を⾒せつけることでなんとか貸与(たいよ)されるに⾄た物件だ︒すなわち︑俺が勝ち取た︑俺の資産だ︒
﹁俺の⾦︑俺の時間︑俺の⾃由……そして︑俺の居場所を奪(うば)おうとするヤツは︑どんな⾔(い)い逃(のが)れをしようが明確に俺の敵だ﹂
俺は︑俺の敵に容赦(ようしや)はしない︒
……ぶ潰(つぶ)してやる理由は︑それだけで⼗分だ︒
﹁それにアレだ︒お前は店⻑で︑俺は従業員なわけだから……お前の⼿に負えない仕事は分担すりいいんじねのか︒もとも︑特別⼿当はもらうけどな﹂
﹁……ヤシ︑ロ……さん…… ﹂
涙に声を詰まらせて︑ジネトが俺の名を呼ぶ︒
﹁…………お願い︑しても……いいんでしうか ︖こんな︑多⼤なご迷惑(めいわく)を……﹂﹁今更(いまさら)だな︒お前︑この数⽇でどんだけ俺に迷惑かけたよ︖﹂
呆(あき)れ顔(がお)で⾔ てやると︑⼀瞬(いつしゆん)キ トンとした表情を⾒せて︑ジネトはぐし ぐし
に泣(な)き
濡れた顔で︑不格好な笑みを作る︒
﹁そう︑でしたね……すみません︑こんな店⻑で…………﹂
そして︑深々と頭を下げてはきりと⾔た︒
﹁お願いします…………助けてください﹂
その⾔葉を聞いて︑⾔いようのない複雑な感情が湧き上がてきた︒
……⼆⼗年前にその⾔葉が聞けていれば︑何かが変わていたかもしれねのにな︒なんて︑感傷的な思考は危険だな︒
﹃頼(たよ)られると嬉(うれ)しい︑なんてヤツは詐欺師のいいカモだ﹄て︑とある天才詐欺師が⾔んな︒
﹁ま︒俺の寝床(ねどこ)を守る﹃ついで﹄に︑な﹂
そう︑あくまでついでだ︒
お前らを助けるために動くわけじ ない︒
すきまかぜ
てたも
ベ ドはワラだし︑⾵通しは悪いし︑そのくせ隙間⾵は寒いし︑トイレは最悪の部類に⼊るが……それでも︑割と気に⼊てるてのは本⼼だ︒
だてよ──
﹁三⾷ボインつきの優良物件なんて︑ここ以外どこを探してもあるわけないからな﹂
﹁ボ︑ボイ……!?﹂
分かりやすく顔を染め︑⼤きな胸を腕(うで)で抱(かか)え込むジネト︒可愛(かわい)らしく眉⽑(まゆげ)を歪(ゆが)めて頰(ほお)を膨(ふく)らませると︑いまだ潤(うる)む⼤きな瞳(ひとみ)で俺をジ と⾒上げてきた︒
﹁もう︑またそんなことを⾔て…………︑懺悔(ざんげ)してください﹂
そう⾔たジネトの顔は︑泣き顔なんかよりもずと……ま ︑なんつうか……悪くなか
た︒
﹁とにかく︑明⽇(あした)の朝⼀でガキどもに責任を取らせないといかんな﹂
聞けば︑件(くだん)の⾏商⼈におやつをもらて⼼を許し︑その油断にまんまと付け込まれたらしい︒その責任を︑きちりつけてもらう︒
﹁ガキどもに⾦を⽤意させる﹂
﹁あ︑あの︑ヤシロさん……⼦供たちがお⾦を⽤意するなんて︑そんなことは……﹂出来るはずがないですと⾔いたげな顔をしている︒
あ︑出来ないだろうさ︒だがな︒
﹁⾦がないなら︑作ればいいじねか﹂なんとも単純な解決⽅法だ︒お前も以前⾔てたろう︑無いものは⾃作するて︒
﹁あ︑あ ああのあの︑あの……ぎ︑偽造(ぎぞう)通貨は重⼤な罪で……その……﹂そんな⼤したもんじねよ︒
﹁ま ︑いいからいいから﹂
﹁い︑いい……んで︑しうか︖﹂
これ以上ないほど狼狽(ろうばい)するジネトを置き去りにして︑俺はにんまりとほくそ笑む︒
さ︑⼩悪党を詐欺にかけてやろうじねか︒
