07﹃噓なんて吐いてない﹄
今⽇もとぷり⽇が暮れて︑夜の帳(とばり)が降りてくる︒
酒場では労働者が酒を呷(あお)り︑⺠家では⼣飯のいい⾹(かお)りが漂(ただよ)いはじめ︑新婚夫婦(しんこんふうふ)が﹁それとも︑わ・た・し﹂とか乳くり合 て︑俺がぼちぼちトイレを控(ひか)える時間がやてきた︒それはつまり︑⽀払(しはらい)期限がやてきたことを意味する︒
﹁⾦は⽤意出来たのか︖﹂
ゴ フレドが教会へとやて来る︒勝(か)ち誇(ほこ)たような余裕(よゆう)の表情が⾮常にムカつくところで
はあるが︑広い⼼で許してやろう︒出来の悪い顔を付け替えるわけにもいかんだろうからな︒
﹁⽀払期限は間もなくだ︒正念場だね︑ヤシロ﹂
教会の庭にて︑なんでかこの場所に顔を出した部外者のエステラが話しかけてくる︒
﹁⾏商ギルドからのアクシ ンはあたのかい︖﹂
﹁何も無しだな︒あいつらなら︑藪(やぶ)を突(つつ)いて蛇(へび)を出すようなヘマはしないだろう﹂
こ ちから接触(せつしよく)もしないのに﹁あれ︑なんかお⾦に困 てる︖ 相談乗ろうか︖﹂なんて話を持ちかけられるわけがない︒こちらが動かなければヤツらも動かないだろう︒
今回はそれでいい︒
今は︑⽬の前の業突(ごうつ)く張(ば)りをなんとかすることに専念すればいいのだ︒
﹁何か策はあるのかい︖﹂
エステラは︑含(ふく)みを持 た笑みを浮かべ︑潜(ひそ)めた声で尋(たず)ねてくる︒
﹁さな﹂
他⼈事(ひとごと)のような質問には他⼈事のような答えを返しておく︒
アスントの時同様︑エステラは傍観者(ぼうかんしや)を決め込むつもりのようだ︒顔に﹁お⼿並み拝⾒﹂と
書かれている︒……⾼みの⾒物とはいいご⾝分だな︒⾒物料取るぞコノヤロウ︒
さて……と︒
﹁ゴ フレド︒まず最初に⼀つ⾔ておきたいことがある﹂
エステラとの話を早々に打ち切り︑俺はゴ フレドの前へと進み出る︒
﹁ウチの店⻑は︑おぱいは⼀級品だが交渉は三級品なので︑俺が代わりに話をさせてもらう﹂
﹁お︑おぱ……胸は関係ないじ ないですか﹂ジネトが遠くで叫(さけ)ぶ︒……あのヤロウ︒終わるまで黙(だま) てろて⾔たのに︒あとでお仕置きだな︒お尻(しり)ぺんぺんかお尻なでなでのどちかを選ばせてやろう︒
庭にいるのは俺とゴ フレド︑そして︑なんでもかんでも⾸を突込みたがるエステラだけで︑余計なことを⼝⾛りそうなジネトは︑ベルテ ナやガキどもと⼀緒(いつしよ)に談話室へと押し込
めておいた︒今は談話室の窓からこちらを覗(のぞ)いている︒
﹁テメはほとほと記憶⼒(きおくりよく)がないらしいな﹂
俺の顔を⾒ながら︑ゴ フレドが嗜虐的(しぎやくてき)な笑みを浮かべる︒
﹁敵に回しちいけねヤツがいるて︑教えてやただろう︖﹂
気の弱い者なら睨(にら)まれただけで気を失いそうな︑迫⼒(はくりよく)満点の強⾯(こわもて)で俺を睨んでくる︒だが︑こいつは俺に⼿出し出来ない︒交渉が終わる前に⼿を上げるのは︑⾃ら交渉を放棄(ほうき)するのと同義
だからな︒
カンバセ シヨン・レコド
﹁まずは条件のおさらいをしたい︒﹃会話記録﹄︕﹂
おど カンバセ シヨン・レコド
俺はゴ フレ ドの脅しをスルして︑﹃会話記録﹄を呼び出す︒⼆⽇前︑ゴ フレ ド
が突きつけた条件を再度確認(かくにん)する︒
﹁俺たちは︑お前に依頼(いらい)をした⾏商⼈が被(こうむ)た損失分を負担すればいいんだな︖﹂
﹁そうだ︒10万Rbの壷が壊(こわ)れてたのを︑テメも⾒ただろ︖﹂ ふむ︒ボロは出さない︑か︒徹底(てつてい)しているな︒
﹁それからもう⼀つ︒これは結構重要なことなんだが……﹂
カンバセ シヨン・レコド がいとう
俺は﹃会話記録﹄の画⾯をスクロルさせて︑該当部分を表⽰させる︒
﹁﹃それと同等の価値があるもの﹄でも︑いいんだよな︖﹂
俺の意図を察したのか︑ゴ フレドがニヤリと不敵な笑みを浮かべる︒
﹁⾦は⽤意出来なかたから︑物で⽀払おうてのか︖﹂
こいつに⾔わせれば︑それだけの価値がある﹃もの﹄とはすなわちジネトのことであり︑⾦が⽤意出来なかたということはジネトを引き渡(わた)すことになる︑らしい︒
だが残念だたな︒その⾏商⼈の……もう⾯倒(めんどう)くさいから﹃お前ら﹄てまとめさせてもらう
ぞ︒どうせグルなんだろうし……お前らの被 た損失を補 て余りある素晴らしい物を⽤意し
た︒それは当然ジネトじ ない︒
﹁⽀払いはこれで⾏う﹂
俺は︑ある物を詰め込んだ布の袋(ふくろ)を掲(かか)げる︒
﹁……なんだ︑それは︖﹂
﹁⾮常に価値のある物さ﹂
俺の⾔葉に顔を顰(しか)めるゴ フレド︒視線が布袋に注がれる︒
﹁中を⾒せろ﹂
偉(えら)そうな物⾔いには少々不満を感じるが︑⾔われた通りにしてやろう︒俺は布袋の⼝を開け
て︑その中に詰ま ている︑四⾓い紙を取り出した︒
⼤きさもバラバラで不揃(ぞ)いな紙の数々︒その紙には様々な⾊で絵が描かれていた︒主に⼈物の絵だ︒そして︑その⼈物画の横にやたらと﹁0﹂の多い数字が並んでいる︒俺が今朝︑教会のガキどもに作らせた﹃偽札(にせさつ)﹄だ︒
﹁ガキどもが反省してな︑みんなで頑張(がんば)て作たんだ︒どうだ ︖ 何か込み上げてくるものはないか︖﹂
﹁……ふざけてるのか︖﹂
ゴ フレドの声が詰まる︒拳(こぶし)が微(かす)かに震(ふる)えている︒
当然感動しているわけではないだろう︒⼼底頭にきている︑そんな感じだ︒
﹁なんで怒(おこ)るんだよ︖﹂
俺は努めてへらへらと︑袋の中⾝を説明していく︒
﹁⾒ろよこれ︒四歳の⼦が描いたと思えない⼒作だろう ︖これ︑ジネトなんだぜ﹂
そこには︑⾔われなければ⼈物画だとすら分からないような︑けれど⼀⽣懸命(いつしようけんめい)さだけは伝わ
てくる絵が描かれていた︒⾦額は1000万Rb︒﹁0﹂いぱい書いたな︒﹁好きな⼈物を描けて⾔たら︑ほとんどがベルテ ナかジネトになちま てな︒あまりに偏(かたよ)るから︑俺もいくつか描いたんだぜ︖ ⾒ろよこれ︑お前を描いてや たぞ︒似てんだろ︖﹂
それは︑俺の⼒作︒ゴ フレ ドの肖像画(しようぞうが)だ た︒⾃慢(じまん)じ ないが︑かなり似ている︒ガキたちが⾒て泣き出したくらいにそくりだ︒2Rbだけどな︒
﹁これはジネトでこ ちはベルテ ナ︒あ︑これは俺が描いた⾃画像だな︒⾦額は12億Rbに
しといた︒で︑頭の良さそうなダンデ なオ サンと︑またジネトか︒ベルテ ナがあ
て……おいおい︑誰(だれ)だ︑リンゴとか描いたの︖﹂
楽しげに︑⼦供向け教育番組のお兄さんのような⼝ぶりで︑俺はお札を紹介(しようかい)していく︒そして︑それらをすべて袋に⼊れ直して︑ゴ フレドの胸へと押しつける︒
﹁ここのガキどもが⼀⽣懸命作た作品だ︒⾦に換えられない価値があると思わんか︖﹂ジネトなんか︑感激して泣きそうになていたくらいだ︒
﹁ついでに︑俺が作たヤツとかその他諸々(もろもろ)⼊てる︒お前らの損失分くらいは︑この袋の中⾝だけで⼗分賄(まかな)える︒それだけの価値がある物だ︒遠慮(えんりよ)せず受け取れ﹂
釣りはいらねよと⾔わんばかりの余裕を⾒せつけて︑俺はゴ フレドに⾔てやる︒
﹁返済完了(かんりよう)で︑いいよな︖﹂
﹁ふ…………ふふふ……﹂
ゴ フレドが布袋を握(にぎ)りしめ︑肩(かた)を⼩刻みに震わせる︒そして……
﹁ふざけんじねぞ ︕﹂布袋を地⾯に叩(たた)きつけた︒
﹁こんなもんに価値なんかあるか︕﹂
﹁お前が価値を分からんだけだろう︒いらないのか︖﹂
﹁いらねよ︕﹂
﹁﹃本当にいらない﹄のか ︖俺は︑﹃こいつには価値がある﹄ つてるんだぜ︖﹂
﹁いらね つてんだろ ︕こんなもんは︑こうだ ︕﹂
野獣(やじゆう)のように吠(ほ)えて︑布袋を踏(ふ)みつける︒あ ︑酷(ひど)いヤツだ︒……罰当(ばちあ)たりめ︒
﹁テメは頭の切れるヤツかと思ていたが︑とんだ買(か)い被(かぶ)りだたようだな︕﹂
﹁勝⼿に買い被たのはお前の責任だろう︒俺に怒るなよ﹂
﹁黙れ ︕もうしべるな……期限切れだ﹂
太陽は完全に沈(しず)み︑空は夜の⾊に染ま ていた︒⽇没(にちぼつ)だ︒
⾎⾛ た眼をギラつかせて︑ゴ フレ ドは談話室を睨む︒そして︑窓の向こうからこちらを窺(うかが)うジネトを指さし︑脅すような⼝調で吠えた︒
﹁さ ︑⼥︒⾃分で出てこい︕ ここにいるヤツ全員カエルにしてほしいのか!? ……それとも︑俺が奪(うば)いに⾏てやろうか ︖強引(ごういん)にな﹂
ジネトが⾝を引き︑ベルテ ナが背中に庇(かば)うように体を割り込ませる︒
そんなことはお構いなしに︑ゴ フレドは俺を無視して談話室へと歩き始める︒なので俺は︑腕(うで)を真(ま)直(す)ぐ伸(の)ばしてゴ フレドを指さした︒
﹁ジネトに指⼀本でも触れたら︑お前をカエルにするぞ︖﹂
ゴ フレドの歩みが⽌まり︑ゆらり……と︑背中から怒気が漂う︒
﹁……どういうつもりだ ︖あ ︖テメ﹂
振(ふ)り返(かえ)たゴ フレドの顔は︑獲物(えもの)の喉(のど)に嚙(か)みつく直前の猛獣(もうじゆう)のようだた︒
﹁返済が完了した後に︑さらに返済を迫(せま)るのは契約違反(けいやくいはん)だ つてんだよ﹂
⼆重取りは明確な契約違反だ︒もとも︑それで﹃精霊(せいれい)の審判(しんぱん)﹄が発動するかは分からんが︑⾜⽌めは出来た︒精霊神にしては上出来だ︒ほんのち とではあるが︑俺の役に⽴てて嬉(うれ)しいだろ ︖ な ︖誇ていいぜ︒
﹁テメが︑いつ借⾦を返したてんだ ︖あ︑コラ!? まさか︑さきの﹃ゴミ﹄がそうだ
とか抜かさねよな!?﹂﹁抜かすつもりだが︖﹂﹁あんなもんが︑10万Rbの代わりになると︑本気で思てんのかよ︑テメ !?﹂
ただただ︑やかましい︒やぱ分かんね んだろうな︑ゴ フレド程度じ ……
恫喝(どうかつ)は︑三流のやることだ︒
そんなんじ︑⼀流の詐欺師を丸め込むなんざ不可能だぜ︒
﹁そもそも︑10万Rbなんざ︑払(はら)う必要ねだろうが﹂
ゴ フレドの顔が⼀瞬(いつしゆん)引き攣(つ)る︒
﹁どういうことだい︑ヤシロ︖﹂
事態の変化に気付いて︑エステラが⼝を開く︒こちらのペ スに持ち込むには︑ゴ フレドに⼝を挟(はさ)ませないのが得策だ︒よく分かてんじねか︒助⼿にしてやろうか︖
カンバセ シヨン・レコド
俺は﹃会話記録﹄をスクロルさせて︑該当部分を表⽰させる︒
﹁まず最初に︑﹃壊れた壷﹄があり︑それに﹃ガキが触(さわ) た﹄︒驚(おどろ)くことに﹃その壷は10万Rbもするものだ た﹄︒だから︑﹃⾏商⼈が被 た損害を賠償(ばいしよう)しろ﹄ て話だ たよな︒………… で︑なんで10万Rb払うことになてんだ︖﹂
カンバセ シヨン・レコド じようきよう
﹃会話記録﹄に記されたゴ フレドのセリフをもとに状況を説明していく︒
ゴ フレ ドがその強⾯に深いシワを刻んでいる横で︑エステラは意味深な冷笑(れいしよう)を浮かべる︒そして︑⽩々しく︑少し嬉しそうにも聞こえる⼝調でこんなことを⼝にした︒﹁10万Rbの壷を⼦供たちが壊したなら︑保護者が弁償(べんしよう)するのは当然なんじ ないのかい︖﹂
……こいつ︒分かて⾔てやがるな︒ま いい︒乗てやるさ︒
﹁ガキが壊したんなら︑そうだろうな﹂
﹁……でも︑そうじ ない︑と︖﹂
﹁そいつはゴ フレドに聞いてみようじねか﹂
こいつは︑ゴ フレドが仕掛けた詐欺だ︒
そうでないというのなら答えられるはずだぜ︒この︑単純明快な質問に︒
﹁さ︑答えてもらおうか︑ゴ フレド︒﹃この壷を壊したのは﹄誰だ︖﹂
﹁……ち﹂
分かりやすく顔を歪(ゆが)め︑ゴ フレドは⾆打ちをした︒
﹁実に興味深いことだね︒ヤシロ︑君はゴ フレ ドが噓(うそ)を吐(つ)いていたと︑そう⾔いたいのか
い︖﹂
﹁噓は吐いてねよ︒ただ︑﹃本当のことを⾔ていない﹄だけだ﹂
確かに壷は壊れていて︑それをガキどもが触 たのだろう︒
﹁最初から壊れていて︑適当にく つけただけの壷をな﹂
俺は懐(ふところ)から﹃陶器(とうき)の⽋⽚(かけら)﹄を取り出し︑エステラへと放(ほう)り投げる︒
⼆⽇前︑ベルテ ナがテブルに膝(ひざ)を強打して床(ゆか)に落とした︑﹃ゴ フレ ドが持 てきて
いた割れた壷の⽋⽚﹄だ︒
﹁断⾯に﹃膠(にかわ)﹄が付着している︒割れた壷を⼀度修復した︑偽装(ぎそう)⼯作の証拠(しようこ)だ﹂
さ
ベルテ ナが落とした⽋⽚を︑俺は⼀つ拝借しておいた︒あまりに杜撰な偽装⼯作だ たんで︑つい記念に欲しくなたんだよ︒
だからあの時︑﹃わざわざ﹄俺が拾いに⾏ てや たのさ︒ガキが触れて倒(たお)しただけにしては︑あまりにも粉々になり過ぎていた壷の⽋⽚をな︒
﹁興味深いね︒ヤシロ︑分かりやすく説明してくれるかな︖﹂
⼩悪党もかくやというイヤラシイ笑みを浮かべてエステラが⽩々しいことを⾔う︒ホント︑お前て性格悪いよな︒俺よりよぽど腹⿊だ︒
﹁壷を割 たのはガキどもじ ない︒⾏商⼈がガキどもに無実の罪をきせやがたのさ﹂
お菓⼦で釣 て壷のそばにガキを呼び寄せれば︑そばを通 ただけでも﹁触れた﹂と決めつけて責め⽴てることが出来る︒袖(そで)が当たたくらいじ 気付きしないからな︒
実際に触 たかどうかすら怪(あや)しいもんだ︒ガキが触れただけで都合よく壷が割れてくれる保証
はないからな︒露店(ろてん)のオサンが﹃⾒(み)栄(ば)えよく﹄壊(こわ)したと考える⽅が⾃然だろう︒あとは︑さも重⼤なことだと⼤騒(おおさわ)ぎを繰(く)り返せば……ガキなんて単純な⽣き物は﹁とんでもないことをしてしま た﹂と思い込むだろうよ︒
﹁その壷の値段に関してはどうでもいい︒クズ野菜の炒(いた)め物だて︑店⻑が﹃10万Rbだ﹄と決めれば︑値段は10万Rbになるからな﹂
問題はそんなところじ ない︒
﹁今からする質問にはきちりと答えてくれよ︑ゴ フレド︒いいか ︖聞くぜ︖﹂
恐(おそ)ろしい形相で俺を睨(にら)むゴ フレドの⽬を⾒つめ︑ゆくり︑はきりと問いかける︒
﹁﹃お前らが被(こうむ)た損失てのは︑いたいいくらだ﹄︖﹂ゴ フレドは答えない︒
答えられるはずがないよな ︖だが︑答えてもらうぜ︒
﹁分かり難(にく)いなら︑もとはきり聞いてやるよ︒俺たちが払うのは︑﹃10万Rbなんて破格の壷の代⾦ではなく︑お前らが壷をく つけるために使た膠代だけ﹄だよな︖﹂
﹁だとすれば︑せいぜい100Rbがいいところだね︒ボクの知てる店なら50Rbで売てくれる
よ﹂
エステラの援護射撃(えんごしやげき)もあり︑ゴ フレドは完全に沈黙(ちんもく)してしま た︒
酒場のイヌ⽿店員が⾔ていたのは︑こういうことだたのだ︒
ゴ フレドの⼝にする⾔葉は︑﹃⼀⾒正しいように思える﹄のだが︑よく嚙み砕(くだ)いてみれば
ただあいまいな表現で誤魔化しているに過ぎない︒
﹁ふ ……ふはは﹂
ゴ フレドが︑不気味な声を漏らす︒
﹁……だたら︑なんだよ︖﹂
そして︑ニヤリと⼝⾓を持ち上げた︒⼿負いの獣(けもの)のような︑獰猛(どうもう)な瞳(ひとみ)で俺を睨む︒
﹁あ ︑そうだ︕ テメの⾔う通り︑壷を割 たのはガキじ ね ︕ だが︑それがどうした︖﹂
ゴ フレドが開き直る︒⾃(や)棄(け)を起こしたわけではなく︑それでも⾃分の勝ちを確信しているからだろう︒
﹁10万Rbではないにせよ︑俺たちは損失を被た︒あ︑そうだ ︕膠代︑き ちり100Rbの損失だよ ︕だがな︕﹂
⼤袈裟(おおげさ)な⾝(み)振(ぶ)りで︑⼤声で捲(まく)し⽴てる︒そして︑嘲笑(あざわら)うかのような笑みをジネ トへと向け
る︒
カンバセ シヨン・レコド
﹁そんな損失を︑あの⼥は﹃払う﹄と⾔たんだ ︕噓だと思うなら﹃会話記録﹄を⾒てみやがれ︕﹂視界の端(はし)で︑ジネトがうな垂れる︒本来なら︑⽀払(しはら)う必要のないものを﹃払う﹄と⾔てしま たことに︑ようやく気が付いたのだろう︒授業料だと思とけよ︒
……もとも︑﹃俺なら﹄それすら払わね けどな︒
﹁だが︑期限までにテメらは100Rbを返済しなかた ︕違(ちが)うか!?﹂
﹁違うな︒俺はこいつで借⾦を返済したじねか﹂
⾔いながら︑ゴ フレドが地⾯へと叩きつけた布袋(ぬのぶくろ)を拾い上げる︒
﹁そんなもんに価値なんざね つてんだろうが︒分かんねヤツだな︑テメもよ︕﹂
﹁だから︑それはテメが無知なだけだ つてんだろ ︖いい加減気付けよ︑バカが︒脳みそにカビでも⽣えてんじねのか︖﹂
﹁テメ …… ︕﹂
剃り上げたスキンヘドにぶとい⾎管が浮かび上がる︒その頭が湯気でも噴き出しそうなほど真⾚に染まり︑みるみる熱を上げていく︒
少しは落ち着けよ︒寿命(じゆみよう)を縮めるぜ︖
﹁しうがないから︑バカにでも分かるように解説をしてやるよ﹂
俺は布袋から︑ガキどもが作た札を取り出す︒
﹁こいつに価値はない︒そうお前は⾔うんだろ︖﹂
﹁その通りだろうが︕﹂
﹁あ ︑その通りだ︒これに価値を⾒出(みいだ)せるのはジネトとベルテ ナくらいのもんだろう
よ﹂
俺にとてもゴミみたいなもんだ︒……だが︒
﹁俺は︑この中⾝を﹃ガキどもが⼀⽣懸命(いつしようけんめい)作 た作品﹄と︑﹃ついでに︑俺が作 たヤツとかその他諸々(もろもろ)⼊てる﹄と⾔たよな︖﹂
そして︑俺は布袋の中からダンデなオサンが描かれた⻑⽅形の紙を⼀枚引張り出した︒
⾮常に頭の良さそうなオサン──福沢諭吉(ふくざわゆきち)の肖像(しようぞう)が描かれた⼀万円札を︒
カンバセ シヨン・レコド
﹁こいつは︑とある国の通貨で1000Rbの価値がある︒そうだろ︑﹃会話記録﹄︖﹂
かか カンバセ シヨン・レコド
俺の掲げた﹃会話記録﹄にははきりと︑﹃10000円=1000Rb﹄という⽂字が記されていた︒
﹁つまり俺は︑契約(けいやく)通り﹃期⽇までに︑お前らの被 た損失分──膠代100Rbと同等以上の価値の物を差し出した﹄わけだ︒…………俺に落ち度はあるか︖﹂
ゴ フレドの顔が歪んでいく︒今回ははきりと苦悶に満ちた表情だ︒
﹁返済期限を守り︑あまつさえ借⾦の⼗倍もの価値がある物を⼿渡(てわた)した俺に︑お前は⽖(つめ)の先ほども不満を持 ちいけない︒そうじねのか︖﹂
悔(くや)しそうに顔を背(そむ)けるゴ フレドの前に⽴ち︑⾄近距離(きより)で睨みを利(き)かせる︒﹁テメがこれ以上︑ここで主張出来ることは何⼀つない︒ささと帰れ﹂
﹁ち ︕ ………………分かたよ﹂
じろりと俺を睨んで︑ゴ フレドが⼀万円札に⼿を伸(の)ばす︒が︑それより早く︑俺は腕(うで)を引込める︒ふ︑危ない危ない︒
﹁なんだよ!? それは借⾦のカタなんじねのかよ!?﹂
﹁いや︑だてお前︒これ﹃いらない﹄て⾔たじ ん﹂
﹁知らなかたからだろうが︕﹂
﹁いいや︒俺ははきりと⾔たぞ︒﹃お前らの損失分くらいは︑この袋の中⾝だけで⼗分賄(まかな)える︒それだけの価値がある物だ﹄と︒念まで押したよな ︖その上で︑お前は﹃いらない﹄と⾔たんだ︒つまりお前は︑俺たちからの返済を﹃必要ない﹄て⾔たんだよ﹂
﹁…………テメ﹂
⾻が折れたのかと思うような⻭ぎしりの⾳がして︑ゴ フレドの顔が⼈間のそれからどんどんかけ離(はな)れていく︒⻤(おに)か羅刹(らせつ)か……とにかく恐ろしい顔だ︒
﹁もともと︑こ ちが払(はら)う義務もね ⾦だ たんだ︒これで⼿打ちと⾏こうぜ︑な ︖ゴ フレ
ド﹂
⽬を⾒て名を呼び︑﹃お前の負けだ﹄と宣⾔してやる︒
﹁…………﹂
最後は何も⾔わず︑ゴ フレドは踵(きびす)を返して教会を出ていた︒
遠ざかる⾜⾳は︑いやに静かだた︒
ゴ フレドの姿が⾒えなくなるや否(いな)や︑談話室から﹁やた ︕﹂と︑声が上がる︒振(ふ)り返(かえ)てみれば︑ガキどもが⼤声を上げて喜び︑⾶(と)び跳(は)ねていた︒
窓辺では︑ジネトがベルテ ナの腕に抱かれて泣いているようだ た︒ふと︑ベルテナと視線が合い︑そして︑優(やさ)しい微笑(ほほえ)みを向けられた︒
﹁つくづく︑⾯⽩(おもしろ)いことを思いつくね︑君は﹂
背後から近寄り︑俺の肩(かた)をポンと叩(たた)くエステラ︒
顔を向けると︑ニ と笑みを浮かべる︒
﹁なんだかんだ⾔いながら︑最初から助けるつもりだたんだね︒こんなものまで⽤意してさ﹂
エステラが︑先ほど渡(わた)した壷の⽋⽚(かけら)を指に挟(はさ)んで⾒せつける︒
﹁ふん……そいつを俺の⼿元に寄越したのはベルテ ナだよ﹂
娘(むすめ)を思う⺟の情念か……でなき︑あいつらが⽇頃(ひごろ)から盲信(もうしん)して拝(おが)み倒(たお)している﹃精霊神(せいれいしん)様﹄
とやらが重い腰(こし)でも上げたのか……ま ︑どちらにせよ──
﹁……たまたまだ﹂
﹁ふふん︒難儀(なんぎ)な性格をしているよね︑君は︒……けど︑少しだけ⾒⽅を変えてあげるよ﹂何を恩着せがましく︒
これからも︑今まで同様悪党を⾒るような⽬で⾒てりいいだろうが︒
﹁なんにせよ︑完全勝利だね︒胸がすく思いだよ﹂
⽩々しい……︒俺を試(ため)していたくせに︒
﹁胸がスカスカなのは今に始ま たことじ ないだろう﹂
﹁スカスカじ ないよ︑すく思い ︕もう ︕折⾓褒(せつかくほ)めたのに︑すぐコレだ ︕ま たく君てヤツは︕﹂
頰(ほお)を膨(ふく)らませ眉(まゆ)を吊(つ)り上げる︒
そんな顔をしたて誤魔化しきれてないぞ︑エステラ︒
お前が昨⽇︑陽(ひ)だまり亭(てい)に顔を出さなかたのは⾦策に⾛ ていたからだ︒いざという時は︑
お前がジネトを助けるつもりだた……だから余裕(よゆう)をかましていられたんだろ︒
ま ︑否定するならすればいい︒乗といてやるよ︒俺の都合が悪くなるまではな︒
﹁ヤシロさん︕﹂
悲痛さすら感じさせるような懸命(けんめい)な叫(さけ)びを上げて︑ジネトがジネトなりの全速⼒で駆(か)け寄(よ)てくる︒ま ︑正直なところ……⾜遅(おそ)いなこいつ︒
﹁ヤシロさん︑あの ︑あの…… ︕﹂
俺の前までたどり着き︑涙(なみだ)で⾚く染ま た瞳でジ と⾒上げてくる︒思いが溢(あふ)れて胸に閊(つか)えているのか︑上(う)⼿(ま)く⾔葉が出てこないようだ︒
なので︑今この場⾯に最も相応(ふさわ)しい⾔葉を⾔てやる︒
﹁⾛ てくる時︑物凄(すご)い揺(ゆ)れてたぞ﹂
﹁な︑なんの話ですか !?﹂
﹁おぱい﹂
﹁はきり⾔わないでください ︕もう ︕懺悔(ざんげ)してください︕﹂
感動の名場⾯みたいな顔で駆けてきたジネトだたが︑今やギグ漫画(まんが)のオチみたいな顔をしている︒
こ ちの⽅がらしくていい︒
﹁……でも﹂
と︑思たのも束(つか)の間……
﹁本当に……︑本当に︑ありがとうございました︕﹂
感激に埋め尽くされたような満⾯の笑みで︑⼒いぱい礼を⾔われてしま た︒
勢いよく頭を下げた拍⼦(ひようし)に︑キラキラ輝(かがや)く滴(しずく)が少し⾶散したりして……居⼼地(いごこち)が悪い︒そういうの︑やめてくれ︒マジで︒
視線を逸らすと︑談話室で⼤泣きするガキどもを懸命にあやしているベルテ ナの姿が⾒えた︒ちらちらとこちらに視線を向けていることから︑ベルテ ナも俺に何か⾔いたいのだろう
が……
﹁じ︑帰ろうか﹂
﹁え︑でも︒シスタもきとヤシロさんにお礼を⾔いたいのではないかと……︖﹂
バカめ︒﹃だから﹄帰るんだよ︒三⼗六計逃げるに如かずだ︒
﹁ジネトち ん︒ヤシロはこういう感謝されるようなことが苦⼿なんだよ︒⽇頃︑褒められるようなことなんか⼀切(いつさい)やてないだろうしね︒どんな顔をしていいのか分かんないのさ﹂
やかましい︒
﹁あ︑そうですね……はい︒その気持ち︑わたしも少し分かります﹂
何を思い出したのか知らんが︑ジネトは照れくさそうに顔をくし とさせて︑えへへと笑た︒
﹁わたしがお料理を覚える度(たび)に︑お祖⽗(じい)さんが凄い凄いて⼤騒(おおさわ)ぎしてまして……あれは︑少し照れくさかたです﹂
けれど︑それが嬉(うれ)しくてこいつはどんどん料理を覚えていたのだろう︒今の陽だまり亭の味は︑そうして作り上げられていたんだろうな︒
﹁とにかく︑これで⼀件落着だね﹂エステラが満⾜そうに⾔い︑ジネトもそれにつられて⼤きく頷(うなず)く︒
﹁では︑帰りましうか︒もう︑夜も遅いですから﹂
ベルテ ナに向かて頭を下げた後︑ジネトは先頭に⽴て歩き始めた︒その隣(となり)へ駆けて
いき︑若⼲(じやつかん)興奮気味に話しかけるエステラ︒
⼆⼈の⾜取りはこの上もなく軽(かろ)やかで︑……ホント︑羨(うらや)ましくなるくらい単純だと思う︒
先を⾏く⼆⼈を眺(なが)めながら︑俺は……帰 たらすぐに⼆時間くらいは仮眠(かみん)をとておかなけり
な……と︑そんなことを考えていた︒
蠢(うごめ)く影(かげ)は︑深い闇(やみ)の中に⾝を潜(ひそ)めて悪意を剝(む)き出(だ)しにする︒
世界中の⼈間が深い眠(ねむ)りに就(つ)いているのかと思うほど︑夜は静かで︑吹(ふ)く⾵すらも遠慮(えんりよ)してい
るようだ︒
だからこそ︑そいつの荒々(あらあら)しい息遣(いきづか)いが⽿につく︒
陽だまり亭の前に蹲(うずくま)るそいつは︑懐(ふところ)から筒(つつ)のようなものを取り出し︑堅(かた)く閉じられていた蓋(ふた)
を開けた︒ツンとしたオイルの⾹(かお)りが夜⾵に乗て漂(ただよ)てくる︒
﹁今晩は冷えるな︑ゴ フレド﹂
﹁── !?﹂
俺が声をかけると︑今まさに︑陽だまり亭の壁(かべ)へ油をかけようとしていたゴ フレドが動きを⽌めた︒……お前の考えることくらい分かる つうの︒ま ︑正確には︑﹃悪党の考えること
くらいは﹄だけどな︒
﹁焚(た)き⽕(び)がしたいなら︑もと乾燥(かんそう)した⽊の⽅がいいぜ﹂
ゴ フレドがあのまま引き下がるはずがない︒こいつのような商売は信⽤が第⼀だ︒舐められたら最後︑⼆度と同じ商売が出来なくなる︒
だからこそ︑ゴ フレドは絶対に陽だまり亭を狙(ねら)うと思た︒暗殺か放⽕かと睨(にら)んでいたのだが︑ビンゴだたようだ︒
陽だまり亭がなくなれば︑⼿段はどうあれ︑⽬的は達成される︒そこまで追い詰められていたてことだな︑ゴ フレドは︒
だからこそ︑俺は陽だまり亭の裏⼿︑トイレのそばに⾝を隠(かく)してゴ フレ ドを待ていたのだ︒
店の正⾯に⽴つゴ フレドから⼗分な距離(きより)を保ち︑建物の⾓にもたれるような態勢を取る︒
﹁残念だな︒お前の⽬論(もくろ)⾒(み)は頓挫(とんざ)したぜ︒ここに俺という証⾔者がいる︒⾔(い)い逃(のが)れは出来ない︒
す は
な︑そうだろう ︖ 放⽕未遂犯のゴ フレド﹂
カンバセ シヨン・レコド
⾔いながら︑俺は﹃会話記録﹄を呼び出す︒
こいつを⾒せれば︑お前の犯罪は明るみに出るぞという脅(おど)しだ︒……さて︑どう出るか︖
﹁ふ……ふふ…………やぱり︑テメは厄介(やつかい)なヤツだな︒何もかもお⾒通してわけか﹂
﹁だいたいの悪事はやてきたからな︒﹃俺ならこうする﹄て考えり︑次に何をされるのか
⾃(おの)ずと分かんのさ﹂
﹁ふん……テメが悪党を語るなんざ百年早(はえ)よ︒本当の悪党はな……﹃⽬撃者(もくげきしや)を消せばなか
たことになる﹄……そういう考えをするもんなんだぜ︖﹂
ゴ フレ ドは不敵な笑みを浮(う)かべて︑バキボキと指を鳴らす︒凶器(きようき)こそ持 ていないが︑こいつの場合存在そのものが凶器みたいなものだ︒
﹁テメ⼀⼈で出てきたのはマズかたな﹂
もう後戻(あともど)りは出来ない︒そんな追い詰められた状況(じようきよう)が︑ゴ フレ ドの⽬を獣(けもの)のようにギラつかせている︒こいつはマジでヤる気だな︒……なら︒
﹁誰(だれ)が﹃⼀⼈﹄だなんて⾔た︖﹂
意味深な笑みを浮かべ︑俺は指笛を鳴らした︒そして︑陽だまり亭の前に広がる茂(しげ)みへと視線
を向ける︒
﹁しま た!? 仲間が潜んでいやがたのか !?﹂
ゴ フレドは慌(あわ)てた様⼦で⼿に持 た筒を茂みへと叩きつけ︑すぐさま⽕種を投げ⼊れた︒ ──瞬間(しゆんかん)︑炎(ほのお)が燃え広がる︒油を多分に含(ふく)んだ茂みの草を焼き︑巨⼤(きよだい)な炎が夜の闇を照らし出す︒
……が︑そこには誰もいない︒
﹁…………な︑なんだ︖﹂
⾝構えたまま︑⼾惑(とまど)うゴ フレド︒
それを他(よ)所(そ)に︑俺は陽だまり亭へと視線を向ける︒炎の位置は遠く︑燃え移る⼼配はない︒現在燃えている茂みの周りは︑ゴ フレドが来る前に草を取(と)り払(はら) ておいたし︑その場所の草を
焼き尽くせばそのうち消えるだろう︒
﹁テメ ……︑騙(だま)しやがたな!?﹂
﹁何がだよ ︖俺は﹃誰が⾔た︖﹄て聞いただけだぜ︖﹂
﹁……ふざけやがて………… ﹂
﹁けど︑これだけ派⼿に⽕の⼿が上がれば︑そのうち誰かが来ちまうかもな﹂轟々(ごうごう)とうねる炎を⾒て︑ゴ フレドが顔を顰(しか)める︒
﹁さ︑⼿(て)詰(づ)まりのゴ フレド︒悔(くや)し紛(まぎ)れに俺を道連れにするくらいなら︑⼀つ賭(か)けをしねか︖﹂
﹁賭けだと︖﹂
追い詰めたぞと分かりやすく⾒せつけつつ︑逃げ場(ば)を⼀つだけ与(あた)えてやる︒そうすると⼈は︑
⾯⽩(おもしろ)いようにその道へ⾜を踏(ふ)み⼊れる︒特に︑こいつのようにこれまで連戦連勝だ た者は︑
﹁俺なら上⼿くやれる﹂と︑思い込んでな︒
﹁勝た⽅が負けたヤツを好きに出来る…… てのでどうだ︖﹂
﹁ふん︒⾯⽩いじねか︒受けてやるぜ︕﹂
な ︖ 意外や意外︑騙す側の⼈間の⽅が引かけやすかたりするんだよな︒
﹁それで︑何で勝負するんだ ︖カドか ︖コインか︖﹂
﹁そんなつまんね 勝負じねよ︒こいつを⾒ろ﹂
カンバセ シヨン・レコド
俺は︑﹃会話記録﹄をスクロルして︑⼤通りの酒場での会話を表⽰させる︒俺が初めて
ゴ フレドと会話した時のものだ︒
﹃俺がお前の顔⾯を⼀発ぶん殴(なぐ)て気絶させられるかどうか︑賭けをしないか︖﹄︑
﹃俺が殴るのは顔⾯に⼀発だけ︒お前の⽅は︑避(よ)けない︑防御(ぼうぎよ)しない︑反撃(はんげき)しない﹄
カンバセ シヨン・レコド
﹃会話記録﹄に表⽰された⽂字を指さし︑俺は余裕の笑みで⾔てやる︒
﹁このルルで賭けをしないか ︖俺とお前の﹃差﹄てやつを⾒せつけてやるぜ︖﹂
﹁ふふ……テメ︑⾃分がどんなパンチを繰り出したか覚えてねのか ︖ いや︑ありあパン
チなんて上等なもんじ なかたな︒……くく︑撫でられたのかと思たぜ︖﹂
嘲笑(ちようしよう)を浮かべるゴ フレド︒ま ︑そうだろうな︒……だが︒
﹁アレが︑俺の本気だと思てるのか︖﹂
にぎ こぶし ﹁⾃信がないなら︑降りたていいぜ﹂あの時と同じ⾔葉で挑発してやる︒
﹁……ガキが…………上等じねか﹂
そして︑あの時と同じ⾔葉でゴ フレドは⾷いつく︒
ち ち
﹁テメのすべてを︑滅茶苦茶にしてやるぜ ︕﹂ 俺は︑⼤きく肩を回す︒腕を伸ばして円を描くように︑ゆくりと……
ばくはつ
ひび
かた うで の えが
ゴ フレドが︑固く握た拳を反対の⼿のひらに打ちつけ︑爆発⾳のようなデカい⾳を響か
せる︒……お前が殴るんじ ないぞ ︖こいつ︑分かてんのか︖
﹁じ あ︑賭けは成⽴だな︖﹂
﹁おう ︕かかてこいや︕﹂
﹁では︒いざ︑勝負──﹂
壁にもたれかけていた体を起こす︒俺は何も︑具合が悪かたわけでも︑クルキラを気取ていたわけでもない︒とある理由
で壁から離(はな)れられなかたのだ︒……体の陰(かげ)に隠したある物を⾒られないように︒
﹁……んな !?﹂
ゴ フレドが⽬を⾒開く︒暗くてよく⾒えないが︑き とその⽬にははきりと映ている
んだろうな……夜の闇からズルリと引き摺り出された︑モニングスタが︒
棘(とげ)の⽣えた鉄球が先端(せんたん)にく ついた打撃(だげき)武器──エステラが⾏商⼈から買 てきたという⼀品
だ︒
﹁じ あ︑⻭を⾷いしばれ︒﹃⼀発︑ぶん殴てやる﹄からよ﹂
﹁まままま︑待て待て待て ︕なんだよそれ!? 話が違(ちが)うじねか!?﹂
﹁はて……話が違う︖﹂
カンバセ シヨン・レコド
これ⾒よがしに︑﹃会話記録﹄を⾒つめる︒
﹃俺がお前の顔⾯を⼀発ぶん殴て気絶させられるかどうか︑賭けをしないか︖﹄︑﹃俺が殴るのは顔⾯に⼀発だけ︒お前の⽅は︑避けない︑防御しない︑反撃しない﹄
﹁どこにも﹃素⼿で﹄なんて書いてないぞ︖﹂そこに記されているのは﹃⼀発ぶん殴て﹄という⽂章だけだ︒﹃何で﹄なんて条件はどこに
さ
も記載されていない︒
﹁いや︑だてよ ︕テメ︑あの時は…… !?﹂
﹁﹃あの時﹄……︖﹂
俺はバカにでも分かるように︑はきり︑ゆくりと⾔てやる︒
カンバセ シヨン・レコド
﹁俺は︑﹃会話記録﹄を⾒せて︑﹃このルルで賭けをしないか︖﹄と⾔たんだぞ ︖ 誰が︑いつ︑﹃あの時と同じ条件で﹄なんて⾔た︖﹂
うすらと笑みを浮かべて︑ゴ フレドを⾒下すように⾒つめる︒
﹁なんだよ︑お前…………また勝⼿に﹃思い込んだ﹄のか︖﹂
﹁………… ︑テメ ……︕﹂
ゴ フレドの腰(こし)が引けている︒さすがにヤバいと感じているのだろう︒なにせ︑ゴ フレドは﹃避けない︑防御しない︑反撃しない﹄という縛(しば)りがあるのだ︒
﹁﹃顔⾯を⼀発﹄だからな︒他(ほか)のところに当たたのは無効でやり直しな﹂
﹁そんな…… ︑無茶苦茶(むちやくちや)じねか!?﹂
﹁なら協⼒しろよ︒そうだな……地⾯に仰向(あおむ)けに寝転(ねころ)が てくれり︑ほぼ確実に顔⾯をぶん殴れると思うんだが……………………どうする︖﹂こいつに出会て散々感じさせられた﹃苛⽴(いらだ)ち﹄を︑視線に込めて叩(たた)きつける︒
……それはもはや︑殺意と呼べる感情だた︒
﹁ひ ……︕﹂
情けない声を出して︑ゴ フレドが尻(しり)もちをつく︒それでもなお︑ゆくりと後ずさてい
く︒
﹁そうだな……それくらいの⾼さがちうどいい…………当てやすそうだ﹂
﹁ま ︑待てくれ ︕分かた ︕悪かた ︕俺の負けだ ︕だから︑やめろ︕﹂
今更(いまさら)だな︒
散々俺をイラつかせやがて……思い出したくもない過去を︑何度も何度も思い出させやがて…………俺の前でジネトを泣かせんじねよ︒巡(めぐ)り巡 て俺が嫌(いや)な気分になるんだよ︒
それに……
﹁⾔たはずだぜ ︖﹃俺とお前の差てやつを⾒せつけてやる﹄てよ﹂
お前みたいな︑⾒た⽬の怖(こわ)さと腕⼒(わんりよく)に物を⾔わせるしか能がない三下と違(ちが)てな──
こ ちは︑この道⼆⼗年のベテラン詐欺師なんだよ︒
﹁顔⾯が潰(つぶ)されるのを恐(おそ)れる程度の︑⽣易しい気持ちで⾜を踏み⼊れていい世界じ ね んだ…………ごこ遊びなら他所でやれよ︑ド素⼈(しろうと)が﹂俺に勝ちたき︑⼀回くらい脇腹抉(わきばらえぐ)られて命を落としてくるんだな︒
﹁お前とは︑年季も覚悟(かくご)も段違(だんちが)いなんだよ︒……さ︑腹をくくれ﹂
﹁ま︑待てくれ ︕な︑なんでも⾔うことを聞く ︕だから︕﹂
﹁バカか ︖ 賭けに勝ちあ︑どちみちお前は俺の⾔うことを聞くことになるんだよ︒そんなもんが交渉(こうしよう)材料になると思うか︖﹂
﹁じ︑じ あ︑あの︑え と…… ︕﹂⾒苦しい……こいつの醜態(しゆうたい)は⽬に余る︒
﹁ゴ フレド﹂
﹁は ……は ……﹂
デカい図体(ずうたい)を︑⼦猫(こねこ)のように縮めるゴ フレドに⾔てやる︒
﹁テメが悪党を語るなんざ百年早(はえ)よ﹂
お前が⾃分で⾔ た⾔葉だ︒覚えてるよな︖ じ あ︑こいつは覚えているか︖ お前は以
前︑﹃この街にはな︑敵に回しちいけねヤツがいる﹄と⾔ていたが︑あり間違(まちが)いだ︒
﹁敵に回しちいけないヤツはな……世界中にいるんだよ﹂それこそ︑異世界にもな︒
俺は︑ゆくりとモニングスタを持ち上げ︑構える︒
﹁最後の最後で︑いい勉強になただろ……︖﹂﹁……や…………待…………た︑たす……け……﹂
声にならない命乞(いのちご)いに続いて……ドン ……と︑鈍(にぶ)い打撃⾳が響いた︒
そして︑ゴ フレドの体がゆくりと地⾯へ倒(たお)れる︒
もちろん︑殴 ち いない︒ゴ フレ ドの股(また)の間にモ ニングスタ の鉄球を打ち下ろし
た︒ただそれだけだ︒
だが︑効果は絶⼤だたようで……ゴ フレドはその後しばらく伸びたままだた︒
茂(しげ)みを焼き燃え広がていた炎(ほのお)は︑やがてその勢いをなくし……鎮⽕(ちんか)した︒夜は再び闇(やみ)に包まれ︑⼀層静けさを増す︒
しようしんしようめい
これで︑正真正銘──
﹁⼀件落着︑だな﹂
ふと⾒上げた空には半分以上も⽋けた不格好な⽉が浮かんでいた︒
﹁お前にはこの程度で⼗分だ﹂てか ︖ふん︑やかましいわ︒だがま ︑……無いよかマシか︒
