01﹃⾷い逃げ犯と暴れ⽜﹄
﹁⾷た分の代⾦はきちり払てくれるな︖﹂
⼣暮れ迫る陽だまり亭︒
⾷堂の最奥︑壁に向かう圧迫感のある座席に座らせた男に︑俺はそう⾔い放た︒
﹁え︑え と︑それはま ……だけど︑今はその……持ち合わせが……へへ﹂
卑屈な愛想笑いを浮かべて俺の隣で縮こま ているこの男は︑ジネトが厨房へ戻
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た隙に店
を抜け出そうとした⾷い逃げ犯だ︒
⽇に五⼈も来れば⼤繁盛と⾔えるこの陽だまり亭︒
ばあ おとず
かんこどり
今⽇は開店直後にジネトの茶飲み友達のムム婆さんとやらが訪れて以降︑この⾷堂内は閑古⿃にすら⾒放されたかというほどに静まり返ていた︒
そんな状況だからだろう……呼び寄せられるように﹃常連客﹄がやて来たのだ︒
﹁お前︑名前は︖﹂
﹁グ︑グ ズヤ︑です……﹂
グ ズヤと名乗たひろ⻑体型のこの男は︑店に⼊てきた時からとにかく落ち着きがなか
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た︒俺やジネトの動きをいちいち視線で追 ては︑⽬が合いそうになると逸らすという挙動不審な⾏動を繰り返していたのだ︒
そこで俺は客のフリをして店を出て︑ドアのすぐ前で待機した︒すると案の定︑グ ズヤが代
⾦を⽀払わずに店を出てきたので︑そこを現⾏犯逮捕したというわけだ︒
﹁住所と職業は︖﹂
﹁よ︑四⼗区の︑⼤⼯⾒習い︑です……﹂
﹁で︑現在の所持⾦はゼロ︒よて︑⾷事代を⽀払うことは不可能だと……﹂
壁と俺に挟まれ逃げ場を失たグ ズヤは取り調べに素直に応じてはいるが︑恐怖からか︑全⾝汗びしりだ︒このまま問い詰め続ければ卒倒するのも時間の問題だろう︒
そろそろ決着をつけるとするか︒
﹁なら︑仕⽅ないな﹂
﹁へ︖﹂
かけられた⾔葉が意外だたのか︑グ ズヤは間の抜けた声を上げてこちらを向いた︒
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⼤⽅︑⾃警団に突き出されるとでも思ていたのだろう︒
俺はその予想を否定するようにグ ズヤを真直ぐ⾒据え︑⼼持ち柔和な声を意識し︑ついでに極上の笑顔を添えてこう続けた︒﹁﹃陽だまり亭で飲⾷した分の代⾦を三⽇後の閉店時間までに⽀払います﹄と⾔ てくれないか︖﹂
﹁へ……︖﹂
﹁⾔てくれるだけでいいんだ︒簡単なことだろ︖﹂
カンバセ シヨン・レコド か まほう
この世界には﹃会話記録﹄というものがある︒交わした⾔葉がすべて記録される魔法で︑空間に呼び出していつでも参照することが可能だ︒
そして︑﹃精霊の審判﹄──相⼿を指さし唱えることで発動するこの魔法によ て︑噓を吐いた者はカエルにされる︒
カエルはこの街にとて忌み嫌われる存在だ︒⼈間としての尊厳すら奪われ︑陰気な空気が漂う湿地帯で⽣きる運命を科せられる︑この街に住む者たちが最もなりたくないと恐れるもの︒それ故に︑この街の者たちは﹃噓を吐くこと﹄を嫌厭する︒
﹁あの︑え と……﹂
⾷い逃げを認めつつも︑⽀払いに関しては明⾔を回避してきたグ ズヤ︒
賢そうには⼀切⾒えないが︑噓を吐くことに対する防衛意識だけはさすがというべきかし かり
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と染みついているようで︑ここに⾄るまで噓に該当する発⾔をしていない︒だが︑それもここまでだ︒
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俺が無⾔のまま⾒つめ続けると︑グ ズヤは観念したように息を吐いた︒そして消え⼊りそうなほど弱々しい声で︑俺の指⽰した通りの⾔葉を⼝にした︒
﹁……陽だまり亭で︑飲⾷した分の代⾦を︑み︑三⽇後の閉店時間までに︑その……し︑⽀払い︑ます……﹂
﹁よし︒じ あ︑もう⾏ていいぞ﹂
俺がそう⾔うと︑幾分か表情を和らげてグ ズヤは⽴ち上が た︒そして︑脱⼒したような
⾜取りで⼆歩︑三歩と出⼝に向かて歩き出す︒
その後ろ姿に向かて︑俺はいたて平常の声⾳でこう付け加えた︒
﹁そうそう︒念のため確認しておくが︑⽀払いが今回分だけだなんて思てないよな︖﹂
﹁…………へ︖﹂
グ ズヤは今回︑腹⼀杯に飯を⾷い︑300Rbもの代⾦を踏み倒そうとした︒
考えてもみてほしい︒⽇本円に換算して︑⼀度の⾷事に三千円だ︒そんな⼤それた額を⾷い逃げしようなんてヤツが初犯なわけがない︒何度も⾷い逃げを重ね﹁この店なら⼤丈夫﹂と確信し犯
⾏が⼤胆になた結果が三千円という⼤それた額として表れたのだ︒
﹁当然︑﹃全額﹄⽀払てくれるんだよな︖﹂
カンバセ シヨン・レコド はいじよ
呼び出した﹃会話記録﹄を指さしながら︑⼀切の感情を排除した顔でグ ズ ヤを⾒据える︒
呼吸困難にでも陥ているのか︑グ ズヤの⼝が薄く開きかくかくと震えている︒
﹁じ︑待てるから︒分かたな︖﹂
﹁は︑……はい﹂
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ひらひらと⼿を振てみせると︑グ ズヤは⻭を⾷いしばり⾷堂を⾶び出していた︒
⾷い逃げは許さない︒徹底的に潰す︒そうやて冷徹に︑無慈悲に︑完膚なきまでに叩き潰してやることで︑その噂が広ま てくれり︑⾷い逃げ犯も減るだろう︒
⾷い逃げ犯がこいつ⼀⼈だとは到底思えないが︑抑⽌⼒になてくれればそれでいい︒
過去分の取り⽴ては出来なくなるが︑それよりも今後の損失を防ぐことが重要だ︒
もとも︑⾷い逃げ犯を⾒つけ次第容赦なくむしり取てやるつもりではいるけどな︒
﹁あの︑ヤシロさん︒さきほどのお客さんは︖﹂
グ ズヤと⼊れ替わるように厨房から顔を出したジネトが︑消えた客を捜して店内をきろ
きろと⾒回す︒……それをするくらいならいちいち厨房にこもるなと⾔いたい︒
﹁⾦を忘れたから取りに帰るて﹂
﹁そうですか︒ふふ︑おちこちいさんですね﹂
くしりと顔を歪ませて微笑むジネトのその表情が︑ほんの⼀瞬翳たように⾒えた︒
こいつ……
﹁ジネト︒お前はいつも厨房で何をやているんだ︖﹂﹁クズ野菜の下ごしらえです︒⾷べられる状態にするのが⼤変なものが多いので﹂
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無駄だ︒実に無駄な労⼒だ︒
﹁今後は普通の野菜を使うようにして︑なるべく厨房へは戻らないようにしておけ﹂
﹁そうですね︒普通の野菜でしたら下ごしらえも簡単ですし︒その分︑お客さんと楽しくお話出来ますね﹂
論点がずれている︒そういうことじ ないんだ︒
ここは⼀度厳しく叱 といてやらなければ︑この店は潰れてしまうだろう︒
﹁ジネト﹂
﹁はい﹂
おしべり⼤好きなジネトは︑俺に呼ばれると嬉しそうにこちらへと近付いてくる︒弾むよう
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に駆けてきて︑ぽいんぽいんと⼤きな胸を弾ませて……
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﹁⾒事な揺れだな﹂

﹁ふに !?﹂
俺へたどり着く前に胸を押さえて蹲る︒
﹁も︑もう ︕ヤシロさん ︕懺悔してください︕﹂
ふん︒俺よりももと懺悔しなきいけないヤツがゴロゴロいるだろうが︒
﹁おぱいの話は︑今はどうでもいい﹂﹁どうでもいいなら⾔わないでください﹂
頰をぷくり膨らませてジネトが俺を可愛らしい⽬で睨む︒
その⽬を睨み返す︒⼀瞬︑ジネトの肩がびくんと震えたのは︑俺の顔が怖かち と︑真剣に怒るから覚悟しろよ︖
﹁ジネト︒お前はさきの客が⾷い逃げ常習犯だと知ていたな﹂
﹁え…………あの︑そ……それは………………はい﹂
やはりこいつはそれを知ていて︑その上で知らないフリをしていたのだ︒
たからだろう︒
﹁あの︑でも……お客さんにもいろいろと事情があるでしうし……それに︑あのお客さん︑初めていらした時に﹃美味しいよ﹄て︑⾔てくださたんです……それからも︑いつも美味しそう
にご飯を⾷べてくださて……﹂
﹁ジネト﹂
熱を持たない無味乾燥な声で名を呼ぶ︒
ジネトの顔から⾊が消え失せ︑視線が鉛のように重く床へと落ちていく︒
けれど︑俺は⾔葉を⽌めない︒語調も緩めない︒
﹁お前が今抱いている感情は優しさなんかじ ない︒愚かさだ﹂
﹁愚か……ですか︖﹂
﹁そうだ︒そして︑それはとても⾮道なことだ﹂
﹁わたしが︑⾮道……﹂
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ジネトを椅⼦に座らせ︑机を挟まずに向かいに座る︒
膝が触れ合うほどの距離で向かい合 て座り︑⽬を⾒つめて語りかける︒
﹁お前が⾃⼰犠牲精神で︑さきの客──グ ズヤの⾷い逃げを⾒過ごしたとしよう︒そうしたら︑きちんとお⾦を払て毎⽇お茶を飲みに来てくれるムム婆さんの⽴場はどうなる︖﹂
﹁あ…… ﹂
そのことに初めて思い⾄た︒そんな顔をして︑ジネトは俺を⾒つめてくる︒
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すがるように︑教えを請うように︑不安をさらけ出すように……
﹁ムム婆さんは特別裕福というわけではないだろう ︖⽣活をやりくりして︑少しでもお前のためになればと︑ささやかながら売り上げに貢献してくれているんじ ないのか︖﹂
﹁……はい︒ムムお婆さんは︑洗濯屋さんで……良⼼的なお値段で︑いつもたくさんの仕事をされていて……﹂
﹁そうやて苦労して得たお⾦を︑お前のために使てくれるムム婆さんの善意を︑お前は無下に踏みにじてるんだぞ﹂
﹁わたしが︑ですか︖﹂
﹁そうだ﹂
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⽣活を切り詰めてお茶代を出しているムム婆さん︒それよりも値の張る飯をタダで⾷ているグ ズヤ︒
それをどちらも⼤切な客だと⾔うことは︑ルルに則ているムム婆さんに失礼だ︒
まして︑⾷い逃げと知りながらそれを⾒過ごすなど……
﹁他の客は無料でいいが︑ムム婆さん﹃だけ﹄は⾦を払わないとお茶が飲めないのか︖﹂
﹁そんなことは!?﹂
﹁じ あ︑ムム婆さんも無料にするか︖﹂
﹁…………﹂
﹁もし︑そうしたいのなら︑ここはもう⾷堂じ ない︒お前の祖⽗さんの⾷堂は︑閉店だ﹂
﹁そんな……﹂
ジネトは俯き︑膝に置いた⼿をぎ と握る︒スカトの裾がシワを作り︑⼩刻みに震える︒
﹁何が⼤切で︑何を⼤事にするべきか︑もう⼀度よく考えろ﹂
﹁…………はい﹂
﹁それからな︑⾷い逃げは犯罪だ︒許しちいけない﹂
﹁……でも﹂
﹁ほんの出来⼼で︑本当は悪い⼈じ ないかもしれない︒…… て︑⾔いたいんだろ︖﹂
﹁……はい﹂
﹁だたらなおのこと︑間違てるて教えてやれよ﹂
少し︑声⾳を柔らかくして⾔てやると︑ジネトがゆくりと顔を上げた︒
﹁……教えて……︖﹂
﹁あ︒﹃そんな悪いことをして︑⾃分の価値を下げるな﹄て︑そう教えてやれよ︒お前よく⾔てるだろ ︖﹃懺悔しろ﹄て︒それと⼀緒だよ﹂
﹁……懺悔﹂
ジネトの⼿が︑膝の上から胸の前へと移動し︑祈るように組まれる︒
﹁そうすれば︑その⽅は救われるのでしうか︖﹂
﹁少なくとも︑罪はなくなるんじ ないか︒⾦さえもらえれば︑俺はそれ以上追及するつもりもないからな﹂
﹁……そう︑ですね﹂
ギ と⼿を握り︑ジネトは強張ていた頰を緩め︑柔らかい笑みを浮かべる︒
﹁でしたら︑わたし︑頑張てみます﹂
誰かを糾弾することのなかたジネトが︑今︑変わろうとしている︒
これで︑この⾷堂の経営も多少はよくなるだろう︒
……と︑ま ︑そんな講釈を垂れた俺こそが︑⾷い逃げを犯し︑その代⾦もいまだ⽀払 ていないということに気付かないところがやはりジネトだ︒ ここで﹁お前が⾔うな﹂と返せれば⼤したもんなのだが︒
﹁それじ︑仕事に戻るか﹂
﹁はい﹂
﹁……客が来るかは分からんがな﹂
﹁きと来てくださいますよ﹂
などと︑⾃信を覗かせるジネトだたが︑……当然のようにその後客など⼀⼈も訪れることは
なかた︒
それから三⽇後︒
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夜もすかり更け︑閉店作業もすべて終わている︒
……だというのに︒﹁来なかたか……﹂
ま たく︑あ ︑だ︒俺は穏便に済ませたいと思ていたんだがな ……
グ ズヤ︒悪いが俺は容赦しないぞ ︖お前が来ないなら︑俺が出向いてやるまでだ︒明⽇職場に乗り込んで衆⽬のもとで﹃精霊の審判﹄をかけてやる︒
これは⼀種のパフ マンスだ︒ 俺に逆らうヤツはこうなるという︑⾮常に分かりやすい宣伝だ︒
﹁あの……ヤシロさん︖﹂
ジネトが表情を曇らせて︑俺の顔を覗き込む︒﹁顔が……怖い︑ですよ ︖どうかしましたか︖﹂
﹁なんでもない︒さあ︑ささと閉店するぞ﹂
﹁は︑はい……﹂
不安そうな顔をして︑ジネトがドアへと近付いていく︒
俺はそんなジネトから⽬を逸らした︒こいつを⾒ていると﹃⽢さ﹄が伝染しそうだ︒
視線を外し︑閉店の瞬間を待つ︒ドアの閉まる⾳がしたら︑そこでアウトだ︒
……じ あな︑グ ズヤ︒俺が直々に︑お前の⼈⽣を終わらせてやるよ︒
﹁待てほしいス︕﹂
その時︑⾷堂の外から賑やかな⾳が聞こえてきた︒
複数の者がどたばたと⾛る⾳…………そして︑ドアから勢いよく誰かがなだれ込んでくるような
⾳が︒
﹁まだ閉店してないスか!? 間に合 たスか!?﹂
視線を向けると︑駆け込んできたのは⼩柄なキツネだた︒
いや︑服を⾝に着け⼆⾜歩⾏で⼈語を話しているてことは︑キツネ⼈族なのだろう︒﹁お⾷事ですか ︖でしたら︑まだ⼤丈夫ですよ︖﹂
﹁どひ ああス!?﹂
微笑むジネトを⾒てキツネ⼈族の男は奇声を上げ︑床に尻もちをついた︒
﹁ベ︑ベ︑ベ ピンさん スね !? オ︑オイラ︑き︑きききき︑緊張ち うち ち う︑しししして︑はなはなはなはなはははははははははは…… ︕﹂ なんだこいつ!? なんか壊れたぞ!?
﹁おい︑いいから落ち着けよ︒なんなんだよお前は︖﹂
﹁あ︑しうもない顔をした男がいたス︒あんたなら緊張しないで話せるス﹂
﹁……なんなんだよ︑お前は︖﹂
ケンカ売てんのか︖
﹁実は︑ウチの⾒習いがとんでもないことをしでかしたと聞いて……ん︖﹂
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⼈の好さそうな笑みを浮かべていたキツネ⼈族の顔つきが急変する︒⼊り⼝に視線を向け︑おもむろに⽴ち上がり︑ドアの外へと顔を出すと︑突然怒鳴り声を上げた︒
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おそ せんぱい |
無理⽮理にでも連れてくるス︕﹂ |
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どうかつ |
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﹁ゴル ︕いつまでそんなとこにいるスか !? ささと⼊てくるス ︕ヤンボルド︑
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その声は恐ろしく︑体育会系の怖い先輩を想起させる︒いや︑その筋の⼈の恫喝に近い︒あまりの変わりようにち と⾯⾷らてしま た︒﹁あ︑すみませんス︒すぐに連れてくるスから﹂
俺たちに向ける顔は︑元の柔和なキツネ顔だ︒……なんなんだ︑こいつ︖
すると︑ドアがゆくりと開き︑そこから筋⾁ムキムキのデカい⾺が体を半分覗かせる︒
﹁……に ﹂﹁なんでだ!?﹂
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思わず突込んでしま た︒なぜ⾺がに と鳴く!?
﹁ヤンボルド︒ふざけるのは今度にするス﹂
﹁はい﹂
﹁しべれんのかよ!?﹂
てことはウマ⼈族なのだろう︒と思ていたら︑左肩を⼤きく開けた服を着ていた︒
⼊り⼝から覗いていた時は肌が出ている部分しか⾒えなかたから⾺かと思たのだ︒
﹁グ ズヤが暴れていたから︑⼿間取た﹂
そう⾔うヤンボルドの腕に⾸根こを摑まれていたのは︑グ ズヤだた︒
﹁⼿間かけさせんなス︕﹂
﹁ひ いい ︕すんません︑棟梁︕﹂
﹁オイラに謝るんじ ないスよ︕﹂
﹁はいい︕﹂
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泣きそうな顔をして︑グ ズヤは床に四肢をつき︑深々と頭を下げた︒
﹁お……お⾦が︑⽤意出来なくて…………その ︑ど︑どうか︑この通りです︕﹂
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﹁あ︑あの ︕顔を上げてください ︕お⽀払いでしたらいつだて構いませ……﹂
﹁いいや︑お嬢さん ︕そういうわけにはいかないス︕﹂
ジネトがまたふざけたことを⾔いかけたが︑俺が⽌めるより早くキツネ⼈族の男がそれを遮た︒……の︑だが︒
﹁なんでお前は俺の⽅を向いているんだ︖﹂
﹁ベピンさんを⾒ると緊張しちう スよ﹂
シ イ過ぎるだろう︒
キツネ⼈族の男は︑そのまま俺を⾒つめて⾔葉を続ける︒
﹁いいスか︑お嬢さん︕﹂
﹁俺がお嬢さんに⾒えんのか︑お前は︖﹂
﹁いえ︑顔は兄さんに向いてるスけど︑⼼はお嬢さんに向いてるスよ﹂
ややこしいことをしやがる︒
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﹁約束は︑そう簡単に反故にしちいけないス︒信⽤は︑得るのは難しいスけど︑失うのは⼀瞬スから﹂
﹁ですが……﹂
﹁この男のためにも︑温情はかけないでやてほしいス︕﹂
そう⾔われ︑ジネトは⼝を閉じる︒
⾃分の優しさが相⼿をダメにする︒それは先⽇俺にも⾔われたことだ︒さすがのジネトも︑そう⾔われてしまえば⽢いことを⾔えなくなる︒
﹁ただ︑⼀つだけ情けをかけていただきたいス︕﹂
そう⾔て︑キツネ⼈族の男は俺の⽬の前に膝をつく︒それに倣うようにヤンボルドも膝をついた︒
﹁グ ズヤはまだまだ⾒習いの⾝ス︒仕事も半⼈前で︑そんなもんだから給料も全然やれてな
いス﹂
キツネ⼈族とヤンボルドの後ろで︑グ ズヤは⾝を丸めてうな垂れている︒
﹃棟梁﹄という呼び名からも分かるが︑こいつはグ ズヤの上司だ︒そんな⼈間に謝罪までさせてしま て……グ ズヤは今︑針の筵に違いない︒
﹁どうか ︕オイラが⽴て替えることを了承してほしいス ︕この通りス︕﹂
﹁⽴て替え︖﹂
﹁はいス ︕⼤⼯たるもの︑納期を遅らせるのは恥ス ︕ 絶対やてはいけないことス ︕今後︑⼀切仕事が来なくなるス︕﹂
キツネ⼈族の男の⽬は真剣そのもので︑⼰の⼈⽣を懸けて話をしているように⾒えた︒ 確かに︑グ ズヤは﹃陽だまり亭で飲⾷した分の代⾦を三⽇後の閉店時間までに⽀払います﹄と発⾔した︒だから︑﹃グ ズヤが﹄⽀払わなければ﹃噓﹄になてしまう︒
つまりこれは︑﹁⾦は払うから﹃精霊の審判﹄は勘弁してくれ﹂という交渉なのだ︒
キツネ⼈族の男は﹃信頼﹄を得ることの⼤変さを説いていた︒
そんな者の仲間から﹃カエル﹄にされた者が出れば︑きと商売に⽀障をきたす……いや︑死活問題なのだろう︒
﹁な︑お前︒名前は︖﹂
﹁え︑オイラスか︖﹂
キツネ⼈族の男は⽬を丸くした後︑姿勢を正して丁寧に⾔た︒
﹁オイラは︑ウマロ・トルベク︒四⼗区に拠点を置くトルベク⼯務店で棟梁をやているス﹂
﹁四⼗区の⼤⼯か﹂
﹁はいス︒でも︑依頼があればどこの区でも駆けつけるス︒新築からリフ ムまで︑良⼼的
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なお値段で請け負う ス﹂
ここで宣伝してどうする………………いや︑待てよ︒
﹁⾒たところ︑グ ズヤは随分反省しているようだな﹂
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﹁それはもう ︕オイラたちがきつく締め上げてきましたスから﹂
グ ズヤは名を呼ばれて萎縮したのか︑さらに⾝を縮こまらせる︒
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﹁実は︑ここ数⽇グ ズヤの様⼦がおかしいスねて思て……それで問い詰めたら︑こんな
とんでもないことをしでかしていた て知 た ス︒それで︑⼀も⼆もなく謝りに⾏く スよ
て︑こういうことになたス﹂
厳しいが⾯倒⾒のいい棟梁︒まさに職⼈だな︒
﹁けどこいつ︑全然⾦がなくて︑⽀払うことが出来ないて⾔てるス︒そこで︑オイラが⽴て替えるということで︑どうか⼿を打てほしいス︕﹂
深々と頭を下げるウマロ︒棟梁としての威厳を纏た美しい⼟下座だ︒
それに倣い︑巨⼤なウマ⼈族のヤンボルドに︑ひろ⻑のグ ズヤが揃て頭を下げる︒
﹁……ヤシロさん﹂
ジネトが俺に視線を向ける︒その顔には﹁許してあげてくれませんか︖﹂と︑はきり書いて
ある︒ま たく︑こいつは……
﹁分かた︒⽴て替えの件は了承してもいい﹂
﹁本当スか!?﹂
﹁ただし︑条件がある﹂
﹁じ︑条件………… スか︖﹂
﹁実はな︑この⾷堂をリフ ムしてほしいんだ﹂ この⾷堂は相当古く︑ガタが来過ぎて倒壊⼨前だ︒
建物全部を建て直したいくらいだが︑さすがにそれでは時間がかかり過ぎてしまう︒
なので︑店舗部分だけでも綺麗にしてもらいたいのだ︒
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﹁い︑いや︑でも……さすがに︑店のリフ ムを⾷事代と引き換えてのは……﹂
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⾷い逃げ常習犯と⾔えど︑その総額は⼗万円にも満たないだろう︒さすがにそれでリフ ムは
⻤畜過ぎるか︒
もとも︑﹃精霊の審判﹄を盾に︑店舗部分の全⾯改装を申しつけることは可能だろう︒﹁ここ
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で断れば︑トルベク⼯務店からカエルが出たぞと︑触れ回てやる﹂とでも⾔えば︑ウマロはすんなりその条件をのむはずだ︒
だが︑欲をかけば︑その瞬間こちらが悪者になてしまう︒
⼈は追い詰めてはいけない︒追い詰められた⼈は凶⾏に⾛るものだ……俺が壊滅させた詐欺組織の親⽟みたいにな︒
知らず︑俺は⾃分の腹をさすていた︒
﹁さすがに︑それだけでやれなんて⾔わねよ﹂
謝罪があたのであれば︑そこから先は対等に交渉するべきだ︒
こちらが⾼圧的に出なくとも︑誠意ある謝罪が出来る者は︑⾃然と譲歩してくれるものなのだから︒向こうが出来る精⼀杯を︑こちらから要求することなく出してきてくれる︒
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こちらは⼿を伸ばさず︑⼿元で受け取るくらいがちうどいいのだ︒
そうすることで︑お互いの間に信頼が⽣まれる︒
おかしな話だが︑詐欺師に最も必要なのは﹃信頼﹄なのだ︒
﹁労働に⾒合 た対価はきちりと⽀払う︒少し勉強してくれるとありがたいがな﹂
﹁そ︑それはもちろん ︕お安くさせてもらう ス︕﹂
不安げな表情で⾒守 ていたジネトは︑俺の⾔葉を聞いて笑顔を取り戻していた︒
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俺が無理難題を吹かけてウマロたちを苦しめないか不安に思ていたのだろう︒﹁料⾦をまけてもらう﹂くらいは︑許容範囲だと安⼼しているのだ︒
﹁でもヤシロさん……﹂
ジネトがすすすと︑俺の隣まで近付いてきて︑こそりと⽿打ちをする︒
﹁リフ ムするようなお⾦︑ウチにはありませんよ︖﹂
﹁あ︑それなら⼼配するな︒俺に当てがある﹂
﹁そうなんですか︖﹂
﹁ジネトにも協⼒してもらうことになるが……﹂
﹁わたしに出来ることでしたら︑なんでもしますよ︕﹂
⼥の⼦が軽々しく﹁なんでもします﹂なんて⾔うんじねよ︒﹁じ あ︑脇を舐めさせろ﹂とか︑変態的な要求されたらどうすんだよ︖
﹁ま ︑こ ちも裕福ではないので最⼤限オマケしてもらうとして……お前ら全員が⼀ ⽉間飯の
⼼配をしなくていいようにはしてやるよ﹂
﹁⼀ ⽉ていうと……それが三⼈分で…………﹂
と︑ウマロが指を折り計算を始める︒
﹁それにグ ズヤの⾷い逃げ料⾦を加算して……うん︒それくらいいただけるなら⼗分 ス ︕
本来のリフ ムより破格になるスけど︑このバカがご迷惑おかけした分を差し引いて︑その条
件で引き受けさせてもらう ス︕﹂
﹁じ あ︑交渉成⽴てことで﹂
﹁よろしくお願いするス︕﹂
俺はウマロと固い握⼿を交わす︒
そして︑ここへ来てほとんど⼝を開いていないグ ズヤに視線を向ける︒
﹁グ ズヤ﹂
﹁は︑はい︕﹂
声は上げたが︑視線は上がらず︑グ ズヤは俯いたまま体を強張らせていた︒
﹁いい上司を持 たな︒あんま迷惑かけんじねぞ﹂
﹁…………はい﹂
ここまでのことをしたウマロを︑グ ズ
ヤを介して称賛しておく︒ これで︑ウマロは⾃分の⾏いが無駄ではなかたと確信し︑⾃尊⼼も保たれ︑こちらに対しても﹁認めてくれた﹂といういい印象を持つことだろう︒
何より︑﹁認めてくれた﹂相⼿に対しては﹁裏切れない﹂という⼼理が働くものだ︒
店舗のリフ ムは︑きと⼒を⼊れて取り組んでくれるはずだ︒
そのためにも︑グ ズヤのこともちんと救済しておいてやる︒
﹁失た信頼は働くことで取り戻せ﹂
﹁…………はい﹂
﹁ウチのリフ ムで結果を残せよ︒頑張れば︑ジネトがご褒美をくれるからよ﹂
﹁……え︖﹂
顔を上げたグ ズヤに︑俺は視線で﹁ジネトを⾒てみろよ﹂と伝える︒
グ ズヤの視線がジネトへ移ると︑ジネトは弾けるような笑顔で頷いた︒
﹁はい ︕ お仕事期間中のみなさんのお⾷事は︑わたしが腕によりをかけて作らせていただきます︕﹂
そう⾔た後︑気まずそうな顔で俺を⾒る︒
﹁……と︑いうことでいいんですよね︖﹂
﹁あ︑そうだな︒昼と夜の飯くらいはご馳⾛してやてもいいんじ ないか﹂
﹁ホント スか !?﹂
ウマロが歓喜の声を上げる︒
その前で︑俺はジネトにこそりと⽿打ちをする︒
﹁︵……どうせ︑⾷材は余り気味だしな︶﹂
﹁︵はい︒ご馳⾛して︑その分頑張てもらた⽅が﹃お得﹄ですね︶﹂
そう⾔た後︑ジネトはくすくすと笑う︒
﹁なんだか︑わたしもヤシロさんみたいになちいましたね﹂いいや︒全然⽢いけど︖
ま ︑そう思ておけばいいさ︒
お前が善意でしか⼈と接することが出来ないのなら︑俺がその善意を武器に変えてやる︒
ジネトの善意は︑ウマロみたいな連中にはよく効きそうだからな︒
﹁それじ あ︑いつから⼯事に⼊れる︖﹂
﹁明⽇は準備をするとして……︑明後⽇からでも始められるス﹂
﹁なら︑こちらもそれに合わせて休業の準備をしておこう︒そうだ︑ジネト︒厨房もやらうから︑教会への寄付は……﹂
﹁はい ︕教会で⼀から作るようにしましう︕﹂
……いや︑中⽌て⾔いたかたんだけど…………ま ︑いいか︒
﹁じ あ︑今⽇のところはこれで失礼するス︕﹂
ても﹁あ︑待た﹂
⽴ち上がる三⼈を呼び⽌めて︑俺はグ ズヤのもとへと歩み寄る︒
カンバセ シヨン・レコド
﹁グ ズヤ︒﹃会話記録﹄を呼び出してくれるか﹂
グ ズヤは⼀瞬怯えたような表情を⾒せながらも︑俺の⾔葉に従 た︒
カンバセ シヨン・レコド めいりよう
グ ズヤが﹃会話記録﹄を⾒つめる前で︑俺は明瞭な声ではきりと告げる︒
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﹁以前グ ズ ヤが⾔ た﹃陽だまり亭で飲⾷した分の代⾦を三⽇後の閉店時間までに⽀払います﹄に関して︑俺は﹃精霊の審判﹄を使⽤しないとお前たち三⼈に断⾔する﹂
カンバセ シヨン・レコド
俺の⾔た⾔葉がその場で﹃会話記録﹄に記録される︒
これで︑⾷い逃げの⼀件は不問となる︒もし俺がこの件で﹃精霊の審判﹄を使たら︑今の発⾔が﹃噓﹄になるからな︒
﹃俺はお前らを信⽤する﹄というメセジを正確に受け取たのだろう︒ウマロたちの顔には
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笑みが浮かんでいた︒
﹁夜道は暗い︒気を付けてな﹂
﹁ありがとう ス︒兄さん︑いい⼈ スね﹂
そう⾔てウマロは外へ出て⾏く︒ヤンボルドとグ ズヤがそれに続き︑グ ズヤは店を出る直前に︑俺たちに向かて深々と頭を下げた︒
ドアが閉まり︑本⽇の営業は終了する︒
﹁うふふ﹂
ドアに鍵をかけ︑ジネトが嬉しそうに笑う︒
﹁どうした︖﹂
﹁ヤシロさんがいい⼈だて︑ウマロさん︑⾔てましたね﹂勘違いも甚だしいがな︒
﹁分かてもらえたことが︑なんだか嬉しいです﹂
そう⾔てにこりと笑うジネトが︑やぱり⼀番のお⼈好しなんだろうなと︑俺は思た︒
打算に打算を積み重ねた結果が今の俺だ︒いいヤツなわけがない︒
﹁しばらく店を休むから︑常連客に挨拶して回ろう﹂
﹁そうですね︒折⾓⾜を運んでもらたのにお休みだと悪いですし﹂
いや︑リニ アルオ プンの⽇には絶対に来いよという圧⼒をにこやか にかけに⾏くだけなのだが……チラシでも作ろうかな︒
﹁ついでに︑ゴミ回収ギルドの仕事もするとしようか﹂
﹁はい︒わたしもお供します︕﹂
期せずして時間が出来た︒これは有効に使わなければ︒
そう意気込んで︑その⽇は早々にベドにもぐりこんだのだた︒﹁なんだか︑柄にもないことをしたらしいね﹂
朝から︑にこにことイヤミな笑みを浮かべてエステラが俺に絡んでくる︒
ウマロたちとのやりとりをジネトから聞いたのだそうで︑やれ﹁珍しい﹂だの﹁⾬が降る﹂
だのと煩わしいことこの上ない︒
﹁これからも︑他⼈を思いやて親切を⼼がけてもらいたいもんだね﹂
やなこた︒
エステラをさらりと無視して︑俺は⼤通りに並ぶ店を眺めて歩く︒
⽴地がいいせいか︑この付近は四⼗⼆区のくせにそこそこ繁盛してやがる︒
﹁ジネトちん︑今⽇は買い出しだ け︖﹂
﹁はい︒明⽇からは陽だまり亭の厨房が使えませんので︑教会でお料理をするために必要なものをいくつか買いたいと思ているんです﹂
そんな理由で︑俺たちは⼤通りを歩いているわけだ︒⼤通りを進むと広場があり︑そこに露店が
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出ているらしい︒掘り出し物を探そうてわけだ︒
﹁荷物持ちもいるから︑ボクも必要なものを何か買おうかな﹂
﹁俺の使⽤料は⾼いぞ︖﹂
なにさらとこき使おうとしてくれてんだ︒⾃分で持て︑⾃分で︒
と︑平凡を絵に描いたようなま たりとした時間の中にその声は突然轟いた︒
﹁暴れ⽜だ ︕﹂
誰かの叫び声が聞こえ︑あちらこちらから悲鳴が上がる︒
﹁なんだ!?﹂
﹁ヤシロさん︑アレ︕﹂
ジネトが指さす⽅向に⽬をやると︑⼀頭の⼤きな⽜が⼤通りで暴れていた︒
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遠くに横転している⼤きな荷⾞が⾒える︒おそらく︑あそこから逃げ出したのだろう︒
﹁ボクち と⾏てくる︕﹂
逃げ惑う⼈々の群れに向かてエステラが駆けていく︒事態の収拾でも図るつもりか︖今や⼤通りは阿⿐叫喚の巷と化し︑怒れる暴れ⽜は傍若無⼈の限りを尽くしていた︒
商店を壊し︑⼈を弾き⾶ばし︑店の⾷い物を勝⼿に貪る︒まさに野⽣︒まさに動物︒
﹁ヤシロさん︑逃げましう︒ここにいては危険で……あ︕﹂
﹁ジネト︕﹂
⼤通りにいた者たちが我先にと逃げ出し︑パニ クにより制御不能となた⼈の波が⼀気に押し
寄せ︑ジネトをのみ込んでいく︒
⼈の波をかき分け近付くと︑ジネトが地⾯に蹲 ていた︒右腕を押さえている︒﹁おい︒⼤丈夫か︑ジネト﹂
﹁は︑はい……痛︕﹂
どうやら倒れた時に⼿⾸をひねたらしい︒痛みに顔を歪ませている︒
﹁⽴てるか︖﹂
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⼿を差し出すと︑ジネトは弱々しいながらも笑みをこちらへ向けた︒
﹁す︑すみません︑ヤシロさ……﹂﹁ヤシロ︑ジネトちん︕﹂
喉が張り裂けそうなほどの悲痛な声に︑俺とジネトは咄嗟に同じ⽅向へ顔を向ける︒暴れ⽜が︑俺たちに向かて突進してきていた︒距離は20メトル……15……10……
﹁逃げて︕﹂
エステラはそう叫ぶが︑……無理だ︒もう間に合わない︒
硬直する俺の体は︑ほんの⼀歩を踏み出すので精⼀杯だた︒
暴れ⽜が俺の眼前に迫る︒──その時︒
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﹁……狩る﹂
短い︑とても⼩さな囁きが聞こえて︑俺の横を突⾵が吹き抜けていた︒
まるで流星のように真⾚な光の尾を引いて︑﹃ソレ﹄は暴れ⽜へと激突する︒
﹁なんだ……﹃アイツ﹄は……﹂
俺の視界に映ていたのは︑少⼥の背中──ぼさぼさの⻑い髪をなびかせて︑全⾝に⾚く輝く不思議な光を纏た少⼥が︑暴れ⽜に⾶び蹴りを喰らわせている光景だた︒
⼩柄な体軀に︑お尻から⽣える細く⻑いしましまの尻尾︒そして︑オレンジ⾊をした⻑い髪の隙
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間からはネコ⽿がちこんと……いや︑あの⽿はネコじ ないな︒少し丸くて……トラ ︖トラ⽿がちこんと⽣えていた︒トラ⼈族か︒
少⼥は︑強烈な⾶び蹴りにより吹き⾶んでい た暴れ⽜を︑それを上回る速度で追いかける︒300メトルほどを瞬きの間に駆け抜け︑跳躍︒⽜の頭上へと回り込み︑そして固く握 た両
⼿を打ち下ろして暴れ⽜の頭を強打する︒
鈍い⾳が俺のもとまで響いてきて︑暴れ⽜は⼤通りのど真ん中にその巨体をめり込ませた︒
……なんなんだ︑アイツは ︖漫画かよ︒
﹁⼆⼈とも⼤丈夫かい!?﹂
逃げ惑う⼈々を誘導していたエステラが俺たちのもとへと駆け寄てくる︒
﹁遅い ︕めち怖かたじねか ︕こういう時はちんと守れよな︑俺を︕﹂﹁君ね︑男としてのプライドとかないのかい︖﹂
呆れ顔でため息を吐いたエステラは︑しかしすぐに笑みを浮かべて俺を⾒た︒
﹁でも︑⾒直したよ﹂
﹁何がだ︖﹂
﹁咄嗟の時は︑男を⾒せるんだね︒君も﹂
気が付くと俺は︑ジネトを背に庇うような格好をしていた︒
暴れ⽜がこちらに向かてきた時︑無我夢中で踏み出した⼀歩がこのような結果をもたらしたらしい︒あんな暴れ⽜︑⽌められるはずもないのに︒
﹁ヤシロさん……あの︑ありがとうございます﹂
ひねた⼿⾸を押さえたまま︑ジネトが⾒当違いな感謝を述べてくる︒……やめろ︒そういうんじね︒たまたまだ︑たまたま︒
﹁それにしても︑アイツは何者なんだ︖﹂
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﹁お︑話を逸らしたね︖﹂
う せよ︑エステラ︒ジネトのボデ ガ ドを肩代わりしたことにしてお前から⾦取る
ぞ︒
﹁あれは︑狩猟ギルドの娘だね﹂
狩猟ギルド︒外壁の外の森に出向いて魔獣を狩る連中だ︒ ……あの⼩さな少⼥でさえあんなパワを持 ているのか︒とんでもね な︒
﹁ジネトちん︑⽴てる︖﹂
﹁はい︒すみません﹂
エステラがジネトに⼿を貸し︑⽴たせる︒
脇や横乳に触りまくりだな︒くそ︑俺がやろうと思ていたのに︒
なんてことを考えていると︒
ぎ きるるるるるるるるるるるる うううううう ︕
突如︑地獄の亡者の嘆きかというような︑けたたましい⾳が鳴り響いた︒
﹁な︑なんだ︑今のは !?﹂
﹁お腹の⾍……でしうか︖﹂
ようやく⽴ち上がたジネト︒いや︑お腹の⾍ て︑こんなムンクが⽿を塞ぎそうな悲鳴を上げるものか︖
⾳のした⽅向へ視線を向けると︑不意に︑トラ⽿少⼥が動いた︒
陽炎のようにゆらりと動き︑暴れ⽜の前へしがみ込むと……その⾁に齧りついた︒
﹁なに !?﹂
⼀瞬⽬を疑 た︒トラ⽿少⼥が︑⼩学校低学年くらいにしか⾒えない幼い少⼥が︑仕留めた⽜に齧りついているのだ︒ダイレクトに ︕焼きもしないで貪り⾷ている︒

それは︑⽇本で⾒た動物番組の捕⾷シ ンによく似た光景で……ライオンやトラを思い起こさ
せた︒
﹁ち︑ち と待てください︕﹂
こ
ジネトがトラ⽿少⼥に向かて声をかける︒あの奇⾏を⽌めようとでもいうのか︒
﹁⽣で⾷べるとお腹を壊しますよ︕﹂
﹁いや︑そこじ ないだろう!?﹂
まるで観点がずれているジネトに︑俺は忠告してやる︒
﹁最も憂慮すべきことは︑⼈の所有物に⼿を付けると損害賠償が発⽣するということだ︕﹂
﹁……そこでもないと思うよ︑ボクは﹂
エステラが⾒当違いなツコミを⼊れてくる︒
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損害賠償が⼀番怖いだろうが︒ま ︑もう避けられないだろうが……
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と︑そんな俺の考えが正しいと証明するように︑⼀⼈の男が⽜に⾷らいつくトラ⽿少⼥へと近付
いていく︒肩を怒らせて︑⾜⾳を荒らげて︑憤怒と呼ぶに相応しい形相で︒
﹁やい ︕やいやいやい ︕いい加減にしねか︑狩猟ギルド ︕﹂
仁王⽴ちになり︑トラ⽿少⼥に向かて怒声を⾶ばす︒
だが︑トラ⽿少⼥は⽌まらず……ついには⽜⼀頭をぺろりと平らげてしま
んな⼩さな体に⽜⼀頭を収めきたものだ︒そして凄まじい早⾷いだな︒
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⾻だけになた⽜を⾒て︑男は額に⻘筋をくきりと浮かべる︒
﹁どうしてくれんだ ︕これから売りに⾏くところだたんだぞ!?﹂
た︒よくもま ︑あ どうやら︑あの男が⽜を逃がした張本⼈らしい︒やたらと広い額の︑真⿊に⽇焼けしたオサンだ︒
﹁あれは⽜飼いだね﹂
﹁⽜飼いギルドか︖﹂
﹁いや︒所属は︑養鶏場や養豚場︑養⽺場なんかが加盟している畜産ギルドだよ﹂で︑あの額の広いオサンはそんな中の⽜飼いなのだそうだ︒
﹁弁償しろ︑狩猟ギルド︕ テメ らは︑市場を荒らすだけじ なくてこんな妨害まですんのか!? え !? なんとか⾔てみろよ︕﹂
喉を潰したいのかと思うほどの怒鳴り声を上げ続ける⽜飼いに対し︑トラ⽿少⼥は終始無⾔で︑
何を考えているのか全く分からない無表情のまま︑ただジ と⽜飼いを⾒上げていた︒
﹁……⽜飼いと狩猟ギルドは︑あまり関係がよくないんだよ﹂
﹁なんでだ︖﹂
﹁魔獣の⾁は美味しいからね︒⽜飼いたちは︑⾃分たちの市場を荒らされていると感じているんだ﹂
﹁逆恨みじねか﹂
お前んとこのが売れるからウチのは売れないんだ︒…… てのは︑商売⼈が⼝にしていい⾔葉じね な︒だたら︑より売れるものを作れよというだけの話なのだから︒﹁それで︑あんな⼩さいガキに⼋つ当たりか ︖みともねオサンだな﹂
﹁なら︑助けてあげなよ︒きと感謝されるよ﹂
﹁アホか︒なんで俺が﹂
意味のない争いはしない︒それが︑商売で成功するための秘訣だ︒
感謝などされたところで⾦にもならん︒⽜を平らげたのはあのトラ⽿少⼥なわけで︑俺には⼀切関係のない話…………の︑はずなのに︑あいつは⼀体何をしているんだ!?
﹁あ︑あの ︕﹂
ジネトが︑⽜飼いの前に⽴ち︑なんとも勇ましい顔つきで声をかけていた︒
﹁彼⼥は︑わたしたちを助けてくださたんです︒どうか︑叱らないであげてください﹂
﹁なにが︑﹃叱るな﹄だ!? こちとら商品をダメにされたんだぞ ︕ ごめんなさいじ 済まね
のは分かるよな!? お前もガキじね んだからよ︑どんな理由があろうとも︑他⼈様に迷惑
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をかけたらきちりと詫びを⼊れて筋を通すのが常識てもんだろう!?﹂
﹁もう少し︑穏便な対応をしてあげることは出来ませんか︖﹂
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﹁出来ね な ︕こ ちは⽣活が懸かてんだよ︕﹂
﹁ですが︑こんな⼩さな⼥の⼦に弁償だなんて……﹂
﹁だたら︑お前が代わりに弁償するか !?﹂
﹁分かりま……もが︑ふも !?﹂ とんでもないことを⼝⾛りかけたジネトの⼝を光の速さで塞ぐ︒
……危ね︒こいつ︑マジで怖 わ︒⽜⼀頭がどれくらいすると思てんだ ︖いい和⽜だた
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ら百万を超えるんだぞ!?
﹁なんだお前は ︖お前も⽂句あんのかよ!? このポンコツ狩猟ギルドのバカの代わりに︑お前がウチの⽜を弁償してくれんのかよ︑お !?﹂
広い額で偉そうなことを抜かす⽜飼い︒……誰にケンカ売てんだ︑テメは︖
よく回る⾆を引こ抜いてやろうかと⽜飼いを睨む……と︑強い視線を感じた︒
⽜飼いを挟んだ向こう側︑無残な姿になた⽜の前にしがみ込んだトラ⽿少⼥が︑ジ と俺を
⾒つめていた︒視線がぶつかる︒
﹁聞いてんのかよ︑お前 !?﹂
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トラ⽿少⼥を⾒ていると︑⽜飼いが俺の肩を乱暴に突き⾶ばしやがた︒
…………よし︒お前は︑潰す︒
﹁世の中にはな︑損害賠償てもんがあるんだよ ︕相⼿に損害を与えたら︑その分きちり⾦を払うのが⼈間としての最低限のルルなんだ ︕分かるか!?﹂
﹁あ︒よく理解しているぜ﹂ こいつは今︑墓⽳を掘 た︒
考えなしに⾶び出した⾔葉もそうだが……俺にケンカを売たことを︑後悔しやがれ︒﹁だたら︑⽜の弁償をしやがれ︕﹂
﹁なぜ俺が ︖俺が損害を与えたのか︖﹂
﹁俺が狩猟ギルドに賠償させようとしたのを︑お前が⽌めたからだろうが︕﹂
﹁いつだ ︖俺が︑いつ︑お前の邪魔をした︖﹂
﹁だて︑そ ちの⼥が代わりに弁償するて……︕﹂
﹁⾔たか ︖ というか︑そもそもそれは﹃俺﹄が邪魔したことになるのか︖﹂
﹁……い︑いや︑でもよ︒じ あなんでお前は俺の前に出てきたんだよ!? ⽂句があるからだろう!?﹂
論点ずらしか︒三下にはそれが精⼀杯か︒
﹁俺が出てきた理由は︑お前に賠償を求めるためだ﹂
﹁は︖﹂
盛⼤にアホ⾯をさらす⽜飼いに︑俺はとても分かりやすく説明してやる︒
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﹁お前のところの⽜がこの⼤通りで暴れ出したのは︑⽜を逃がしたお前の責任だよな︖﹂
﹁いや︑それは……に︑荷⾞が…… ︕﹂
﹁荷⾞が悪いなら︑そんな荷⾞を使⽤したお前ら⽜飼い全体の責任だ︒代表してお前が話を聞け﹂
⾔い逃れはさせない︒
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﹁お前︑もしくはお前らの過失のせいで⼤通りにいた⼈間はパニ クを起こし︑その⼈波に揉まれたせいでウチの﹃料理⻑﹄が腕を怪我した﹂
ジネトへ視線を向けると︑⽜飼いの視線も俺に追従してくる︒
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﹁⾒ろよ︑あの⼿⾸︒あんなに腫れて︑⾒るからに痛そうじ ないか﹂
﹁…………﹂
⽜飼いは何も⾔わない︒今頃︑頭の中で必死に⾔い逃れを考えているのかもしれんが︑そんな時間は与えない︒
﹁最低でも︑⼆週間は店の厨房に⽴て料理を作ることは出来ない︒下⼿をすればも と⻑引くかもしれん……この⼆週間︑俺たちの⾷堂は客を⼊れることは出来ない﹂
﹁ほ︑他のヤツに作らせればいいじねか︕﹂
﹁ウチの店は︑こいつが⼀⼈で料理を作てるんだよ︒そいつが怪我をした……いや︑お前のせいで怪我をさせられた︒意味︑分かるな︖﹂
何かを⾔いかけたジネトを視線で黙らせる︒
カンバセ シヨン・レコド
ジネトを睨みつつ︑俺は﹃会話記録﹄を呼び出す︒
﹁﹃世の中にはな︑損害賠償てもんがあるんだよ ︕相⼿に損害を与えたら︑その分きちり⾦
を払うのが⼈間としての最低限のルルなんだ︕﹄……だたよな︖﹂
﹁う……いや﹂
⽜飼いの広過ぎる額には︑太い⾎管に代わて⼤量の汗が浮かび上がていた︒
﹁周りをよく⾒てみろよ︒﹃お前が逃がした⽜のせいで﹄どれだけの被害が出たのか……﹂
俺たちを取り囲む群衆から︑怒りの波動が伝わてくる︒
店を壊された者や︑商品を滅茶苦茶にされた者︑怪我をした者もいるだろう︒﹁もし︑そこの少⼥が⽌めてくれなければ︑もと被害は拡⼤していただろう﹂
俺の⾔葉に︑群衆の中から賛同の声がチラホラと聞こえてくる︒
﹁お前は︑感謝こそすれ︑怒りを向けられる⽴場じね んじねのか︖﹂
俺の⾔葉に導かれるように︑群衆が⼀歩︑⽜飼いへと近付く︒
﹁ひ ……︕﹂
掠れた声を漏らし︑⽜飼いが後退る︒
﹁改めて聞かせてくれねか ︖﹃誰が﹄﹃誰に﹄賠償をするのかを﹂
﹁あ……あ …………﹂
今にも倒れるんじ ないかというような異常な発汗と呼吸困難︒⽜飼いは極限まで追い詰められているようだ︒
苦しそうだな……じ あ︑介錯をしてやるよ︒
﹁さ︑賠償を……﹂
⾔いかけたところで︑俺の服がピンと引張られた︒ジネトが俺の服の裾を引張り︑泣き出しそうな顔で俺を⾒つめていた︒
﹁じ︑事故だ ︕⾒ろよ ︕この⼤通り ︕デコボコじねか ︕これじ あ荷⾞が横転するのもしうがね ︕今回の⼀件は不幸な事故だ ︕だ︑だから︑俺知らね︕﹂
横転していた荷⾞を⼤慌てで起こし︑⽜飼いは⼈垣を強引にねじ開けて逃⾛してしま た︒追いかけようにも︑ジネトが服を放してくれない︒
﹁なんなんだよ︑ジネト︒逃がしちまうだろうが︕﹂
﹁で︑ですが ︕ヤシロさんに噓を吐かせるわけにはいきません﹂
﹁噓︖﹂
こいつは何を⾔ているんだ︖
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﹁確かに怪我をしました︒けれど︑⼆週間も引き摺るような⼤怪我ではありません︒それに︑怪我のせいでお店が開けられないというのも虚偽に該当しますし……﹂
﹁待て待て︒俺は噓なんか⾔てないぞ﹂
﹁ですが……︕﹂
反論しかけたジネトの⿐を﹁ぷし﹂と押してやる︒
﹁ふみん !?﹂
﹁いいからよく⾒ろ﹂
カンバセ シヨン・レコド
そして︑出したままの﹃会話記録﹄を⾒せる︒俺が⾔たのは︑﹃今回の騒動でジネトが怪我をした﹄﹃店は⼆週間開けられない﹄﹃ジネトが⼀⼈で料理を作ている﹄……どれも噓ではない︒
﹁誰も﹃怪我のせいで﹄⼆週間店が開けられないとは⾔てない︒﹃リフ ムをするから﹄⼆週間店が開けられないという事実を省略して⾔たまでだ﹂
怪我の話と続けて⾔たせいで︑⽜飼いは勘違いをしたようだけどな︒
﹁だから安⼼しろ︒俺は噓なんか何⼀つ吐いていない﹂
﹁そう……でしたか﹂
ほふ ……と︑ジネトが息を漏らす︒
そんなに⼼配すんじねよ︒この俺がカエルになるようなヘマをするわけないだろう ︖お前じ あるまいし︒
ちらりとエステラに⽬をやると︑褒めたもんだか呆れたもんだかといわんばかりの微妙な表情をしていやがた︒褒めとけよ︑素直に︒損害を防いだんだからよ︒
⽜飼いが逃げたことで︑⼤通りはまた賑わいを⾒せていた︒怒りの⽴ち込める︑少々おかない
空気に包まれた賑わいだがな︒
後⽚付けを始める者や︑集ま て⽂句を⾔う者など︑各々の⽣活へと戻ていく︒
そして…… ﹁…………﹂ 俺の⽬の前に︑トラ⽿の少⼥がやて来る︒
虚ろな半眼でジ と俺を⾒上げ︑⼩さな⼝を微かに開ける︒
﹁……ヤ︑シロ︖﹂
そして︑ジネトの⾔葉から聞き取たのであろう俺の名を呼ぶ︒
﹁…………あ﹂
たぷりと間を取て︑ようやく何かを⼝にしかけた時︑突如現れた騒がしい怒鳴り声にその⾔葉は遮られてしま た︒
﹁マグダ︑てめ︕﹂
それは︑なんとも厳つい男の集団で︑脇⽬も振らずにトラ⽿少⼥へと突進してくる︒マグダ てのは︑こいつの名前か︒
そんなマグダを︑厳つい男たちが取り囲み︑詰め寄る︒
﹁また騒ぎを起こしやがたな!?﹂
﹁おいおい!? なんだよ︑この⾻!?﹂
﹁お前まさか︑コレ︑⾷たんじねだろうな!?﹂
﹁…………⾷べた﹂
﹁ふざけんな︑ボケ︕﹂
﹁おい ︕連れて帰 て代表に報告だ︕﹂
﹁このガキ ︕ただで済むと思うなよ︕﹂
筋⾁ムキムキの四⼈組がマグダと⾷いつくされた⽜の⾻を担ぎ上げて︑やて来た時と同じ慌た
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だしさで⼤通りを駆けていてしま た︒
﹁……なんだたんだよ︑あいつら﹂
﹁それは分かりませんが……﹂と︑前置きをした後︑ジネトはふんわりと微笑む︒
﹁さきの⼥の⼦──マグダさん︑﹃ありがとう﹄て⾔おうとしていましたね﹂
俺を⾒つめて︑﹃あ﹄と発⾳したマグダ︒ジネトにはそれが︑礼を述べているように⾒えたらしい︒
﹁さ︑それはどうかな︑ジネトちん﹂
騒動がすかり収ま てから俺たちのもとへとやて来たエステラが︑からかうような⽬で俺を
⾒る︒
﹁﹃アホ⾯﹄て⾔おうとしたのかもしれないよ﹂
……テメ︒
ニヤニヤと勝ち誇たような笑みを浮かべるエステラ︒上⼿く⾔たつもりか︖
﹁ヤシロさん﹂
﹁ん︖﹂
﹁ありがとうございます﹂ジネトがなんの躊躇いもなく⼝にした⾔葉は︑果たして何に対するものなのか︒
さ ![]()
俺はただ︑意味もなくジネトが不要な負債を背負い込もうとしていたからそれを阻⽌しただけだ︒また店の存続云々でくそ重たい空気なんか感じたくないからな︒
﹁ほら︒ささと買い物を済ませちまおうぜ﹂
﹁はい﹂
俺はダラダラと⻑い買い物を楽しめるタイプではない︒ささと買てささと帰る︒時間も⾦も︑浪費するには惜しいものだからな︒
そうして︑俺たちは⼤通りを歩き回て買い物を済ませたわけだが……ジネトが⼿⾸を怪我したせいで︑ほとんど俺⼀⼈で⼤量の荷物を持つ⽻⽬になてしま た︒……腕が︑千切れるかと思た︒
あの⽜飼いめ︒もしどこかで会たら︑この苦痛分の賠償を⽀払わせてやる︒