03﹃虚ろな⽬の少⼥﹄
⿂を確保したら︑次は⾁だ︒
と︑川漁ギルドに出向いた⽇の翌⽇︑俺たちは狩猟ギルドに来てみたのだが……
﹁狩猟ギルドは︑テメらゴミ回収ギルドと取引するつもりはね﹂開⼝⼀番にばさりと拒否られてしま た︒う わ︑感じ悪い︒
狩猟ギルドの詰所である建物の中の︑⾮常に狭い応接室に通された俺たちは︑⾒るだけで⼦供が泣き出しそうな怖い顔をしたガチムチのオサンたちに取り囲まれている︒
任俠映画の世界だな︑まるで……
そんな強⾯のオサンの中で⼀番偉そうな態度を取るこの男がここの代表者らしいのだが︑顔には⼤きな傷があり︑百戦錬磨であることが⾔われなくても分かる︒何があ ても逆ら てはいけない︑まして冗談が通じるようなタイプではないと︑俺の本能が警告を発している︒
﹁ま ︑結論を出すのはもう少し話をしてからでもいいだろう︒とりあえず名前を聞いてもいいか︖﹂
ビビている素振りなどおくびにも出さず︑俺は代表者に名を尋ねる︒
﹁俺の名前は︑ウセ・ダマレだ﹂
﹁ぷぷ ︕変な名前︕﹂
﹁う せ ︕黙れ︕﹂
﹁⾃⼰紹介⼄ ︕﹂
﹁てめ︑ケンカ売てんのか!?﹂
﹁いいや︒⾁を買いに来たんだ︒さ
﹁誰がするか︕﹂
げんこつ
︑商談を始めようか﹂
ふつとう
⾜の短いテブルを拳⾻で殴り︑顔⾯を沸騰させるウセ︒
いや︑ウセ・ダマレて……そういうニ アンスで話が通じてる
翻訳魔法﹄の⼩粋な配慮てヤツか ︖俺が英語圏の⼈間なら﹃シこえてたのか ︖ ははは︑マジウケる︒てことは︑こいつは﹃強制ラ プ﹄とかて名前に聞
﹁ヤシロ……どうして君はどこでもかしこでも節操なく他⼈にケンカを売るんだい︖﹂呆れ顔でエステラが呟く︒
ケンカなど売ているか︒俺は誰よりも素直なだけだ︒
﹁ところで︑オダマリ・ナサイ﹂
﹁ウセ・ダマレだ ︕﹂
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いかん︒本能が警告をガン無視して⾔葉が勝⼿に湧き出してしまう︒﹁今後ともよい関係を築き上げていかないか︖﹂
﹁⼀昨⽇来やがれ︑ボケ︕﹂
物凄く短気だ︒きとこいつ︑⻑⽣き出来ないんだろうな︒
そんなことを思ていると︑ドアの向こうからも男の怒声が聞こえてきた︒
﹁どうする気なんだよ!? とにかく代表に報告してきやがれ︕﹂応接室の空気が変わる︒
何事かと︑その場にいた全員がドアへと視線を向けた︒
そんな注⽬が集まる中︑応接室のドアが静かに開き︑⼀⼈の⼩柄な少⼥が⼊
てきた︒
﹁…………﹂
虚ろな半眼が俺たちを⾒て︑微かに⾒開かれた…………気がした︒それは︑⼤通りで会たあの⼩柄な少⼥──マグダだた︒
ひとみ
きはく
表情のない瞳が俺を⾒つめる︒そこにいるのにどこにもいないような︑そんな希薄な存在感しか持たない少⼥は︑⾒ているととても不安な気持ちにさせられる︒
﹁なんの⽤だ︑マグダ ︖ 勝⼿に⼊てきてんじねよ﹂
俺を⾒つめるマグダに︑ウセが邪険な⼝ぶりで声をかける︒
﹁……⽜飼いから︑⼿紙が来た︒代表者に渡せとの伝令﹂
﹁ち ……﹂憚ることなく⾆打ちし︑⾯倒くさそうに腕を伸ばして⼿紙を受け取るウセ︒⼿紙に視線を⾛らせる︒
しばしの沈黙があり︑その後︑破裂するような罵声が⾶ぶ︒
﹁んだよ︑これは !?﹂
突然の⼤声に︑ジネトが肩を震わせて俺に体を寄せてくる︒
﹁……⽜飼いが︑⽜の損害賠償を正式に請求してきた︒速やかに履⾏されない場合︑統括裁判所へギルドの活動停⽌も含めて訴えると︑そこに書かれている﹂
﹁⾒り分かんだよ︑んなもんはよ︕﹂
怒り任せにウセがテブルを蹴り上げる︒
俺たちの眼前をテブルが通過し︑派⼿な⾳を鳴らしてひくり返た︒
﹁……あ﹂
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ジネトが声を漏らし︑悲しそうな表情を⾒せる︒
その視線の先にはマグダがいて︑マグダの額からは⾎が流れていた︒今の拍⼦に何かがぶつかたのだろう︒だが︑マグダは表情⼀つ変えずにウセをジ と⾒つめている︒
﹁どうするつもりなんだよ︑これ︖﹂
⽜飼いからの⼿紙を指で弾き︑ウセがマグダに詰問する︒ウセの周りには部下の男が四名︒どいつもこいつも強⾯のム キムキだ︒そいつらが居並んで
⼩さな少⼥を睨みつけている︒……酷い光景だな︒
﹁最初に⾔ておくが︑狩猟ギルドはテメの損失を1Rbたりとも肩代わりするつもりはね ︕
テメ が稼いでテメ で返せ︒出来なき 売れるもん全部売 てでも⾦を⽤意しろ︒分か た
な︖﹂
売れるもの……か︒
俺の隣でエステラの顔が分かりやすく歪む︒ま ︑そうなるよな︒
ジネトはジネトで︑俺の服を摑んでギ と握ている︒……⼥の前で︑それもこんな⼩さ
な少⼥に向かて発する⾔葉じねよな︒…………さすがに︑気分が悪いぜ︒
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﹁分かたんなら︑今からでも狩りに⾏てこいよ︕﹂
ウセがマグダに向かて⾔い︑マグダはなんの反論もせず踵を返した︒
こいつなら︑本当に⾔われた通りのことをしそうだな︒
﹁あ︑あの ︕﹂
険悪な空気が漂う中︑ジネトが絞り出したような声を上げる︒
集まる視線に⼀瞬怯みながらも︑視線を落とさずにはきりと⾔う︒
﹁マグダさんの傷を⼿当てさせていただけませんか ︖その︑⼥の⼦の顔ですし……﹂
額の傷を放置すれば痕が残るかもしれない︒と︑思ているのだろう︒﹁もしよろしければ︑お薬を分けていただけませんか︖﹂
﹁は ︖ 冗談じねぞ︒そんな無能に付けてやる薬なんざここにはねよ︕﹂
⼀笑に付すウセの⾔葉に︑ジネトの表情が曇る︒
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だが︑エステラは︑ジネトとは対照的な表情を浮かべていた︒
﹁なら︑ボクが買い取らせてもらうよ︒これで⾜りるかい︖﹂
隠すことなく不快感をあらわにして︑エステラは⾦貨を三枚︑ウセへと放り投げた︒
﹁ほ ……ま ︑これなら譲てやてもいいだろう︒おい︑持 てきてやれ﹂ウセがそばにいた男に指⽰を出す︒
明らかに出し過ぎな気がする︒その証拠に︑ウセはしたり顔をしてやがる︒
﹁おい︑エステラ︒⾏商ギルドを介さない売買は違反じ ないのかよ︖﹂
﹁中古品の融通は⼤⽬に⾒られることがあるんだよ︒特に︑今回のように急を要する場合はね︒もとも︑度が過ぎると統括裁判所⾏きだけどね﹂
統括裁判所てのは︑ちいちい⽿にする名前ではあるのだが︒
﹁そこがどんな恐ろしいところなのか︑いまいちピンと来ね な﹂
﹁簡単に⾔うなら︑この街の最⾼司法機関だよ︒ただし︑必ずしも平等とは⾔えない⾮常に危うい場所……かな﹂
ろくでもね場所だ︒関わり合いにならないよう気を付けよう︒
﹁おい︑薬箱だ﹂
先ほどの男が戻てきて︑エステラに薬箱を差し出す︒
﹁はい︑ジネトちん︒あとはよろしくね﹂
﹁はい︒ありがとうございます﹂
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薬箱を受け取り︑ジネトはマグダのもとへと駆け寄る︒
﹁傷の⼿当てをさせてくださいね﹂
﹁…………﹂
無⾔でジネトを⾒つめるマグダ︒
そんなマグダに︑ジネトは柔らかい微笑みを向けている︒
しばらく⾒つめ合 た後……
﹁…………了解した﹂
……と︑マグダがぽつりと呟いた︒
傷の⼿当てを始めるジネト︒そんな光景をなんとなく眺めていると︑向かいの席からいやらしい声が⾶んできた︒
﹁⼆週間後までに10万Rbだそうだ﹂
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⽜飼いからの⼿紙をぴらぴらと揺らしながら︑ウセがエステラに向かて⾔う︒ 薬箱に躊躇いなく⾦貨を出したエステラだ︒上⼿くすれば⽴て替えさせることが出来るとでも思ているのだろう︒
﹁参考までに聞かせてもらいたいんだが︑⼀度の狩りでどれくらいの利益が出るんだ︖﹂
助け⾈を出したわけでは決してないが︑ウ セの挑発に無⾔を貫くエステラに代わ てそんなことを聞いてみる︒実際︑少し興味もあるしな︒
﹁外の森に出て魔獣を狩 てくり あ︑諸経費を差し引いて︑だいたい5000Rb前後 てとこ
ろか︒当然︑⼤物を狩りあその分利益は跳ね上がるがな﹂
5000Rbか……少しきついが︑マグダなら不可能ではない気がする︒
あの⽇︑⼤通りで⾒せたマグダのパワ︑速度︒常⼈離れしたあの⼒があれば⼤物だて狙えるはずだ︒もとも︑﹃狩るだけ﹄ならな︒
﹁マグダが暴れ⽜を仕留めるところを⾒たんだが︑あいつならそれくらい稼ぐのはわけないだろう︖﹂
あえてそんな質問を投げかけて︑ウセの反応を窺う︒
﹁ふ ……ははは︕﹂
俺の⾔葉を受け︑ウセが笑い出し︑ついでに周りの男たちも声を上げて笑た︒
﹁⾒ていたんなら︑よく分かたろう ︖マグダに狩りなんか出来ね てことがな︕﹂ マグダが暴れ⽜を仕留めた後に平らげてしま たことを⾔ているのは明⽩で︑それを理由にこ
いつらがマグダを⾒下していることもはきりと分かた︒
﹁な︑マグダ﹂
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⾺⿅笑いを続けるヤロウどもを放置して︑マグダに声をかける︒
⽩い布が額にあてがわれ︑ヤンチ坊主みたいな⾵体になたマグダがこちらを⾒る︒
﹁狩 た獣 てのは︑美味いのか︖﹂
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俺の問いを脳に送り込んで⼗分に精査した後︑マグダは静かに⾸を振た︒
﹁……飢餓感に襲われ︑満たされるまで⾷べてしまうだけ﹂
質より量︑てことか︒…………だたら︑上⼿くいくかもしれないな︒
俺は︑今頭に浮かんだ勝ちの⾒えた勝負を︑すぐさまウセにけしかけてみる︒上⼿くすれば︑魔獣の⾁が定期的に⼿に⼊るかもしれない︒
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﹁⼀つ賭けをしないか︖﹂
﹁あん ︖ 賭けだ︖﹂
俺の提案に︑⾺⿅笑いを⽌めたウセは分かりやすく眉根を寄せる︒
さ
﹁俺がマグダをサポトして狩りをさせる︒それで︑こいつの負債を期限内に完済することが出来るかどうか……﹂
﹁は は は ︕マグダが狩りで利益を上げる てのか!? 冗談も⾏き過ぎると噓にな ちまうぞ︑おい︕﹂
ウセに煽られて︑また男どもが爆笑する︒
絶対不可能だと相⼿が確信しているからこそ︑突⾶もない無理難題もすんなり通る︒
﹁なら︑期限内に負債を完済出来たら︑今後マグダの狩 た⾁を無償で陽だまり亭へ回してくれるか︖﹂
﹁あ︑構わねぜ︒マグダが狩 た⾁が︑残ていたらな ︕がははは︕﹂
あくまで冗談だと受け⽌めたようだが︑どう受け取ろうがそれはお前らの⾃由だ︒俺はきちんと
⾔葉にし︑お前の了承を得た︒
これで︑陽だまり亭で⾁が扱える︒それも無償でだ︒
﹁そういうわけだ︑マグダ﹂
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椅⼦から⽴ち上がり︑怪我の⼿当てが終わたマグダのもとへと歩み寄る︒
俺の胸くらいまでしかない⼩柄な背丈︒そこに隠されたパワに期待を寄せて︑こんな⾔葉を贈ておく︒
﹁俺がお前をサポトしてやるから︑⼀緒に魔獣を狩 て狩 て︑狩りまくろうぜ﹂
ぼさぼさのオレンジ髪に⼿を載せ︑少し乱暴に撫でる︒
し かり頼むぜ︑相棒︒お前の腕に︑陽だまり亭の……いや︑俺の輝かしい未来がかかているんだからな︒
﹁…………﹂
乱れた前髪をそのままに︑マグダが俺を⾒上げてくる︒
そして︑期待を滲ませたような声⾳で︑こんなことを聞いてきた︒
﹁……マグダに︑出来る︖﹂
﹁あ︑出来る︒俺がそうさせてやる﹂ マグダの⽿がぱたぱたとはためいた︒
やる気ありだと︑思ておこう︒
﹁おい﹂
いつの間にか⾺⿅笑いをやめたウセが︑不機嫌そうに俺たちを睨んでいた︒
﹁お前︑本気か︖﹂
﹁当然だろ︒ま ⾒てろ︒マグダの狩りで︑期限内にきちり完済してやるからよ﹂
そして︑それ以降は元⼿なしで魔獣の⾁を使い放題だ︒
⾦の匂いがする ︕⼤儲けの予感が⽌まらない︕
﹁いいだろう︒その賭けに乗てやる﹂
笑みもなく︑真⾯⽬な顔でウセが⾔う︒だが︑その瞳には拭いきれないいやらしさが滲み出しているけどな︒
﹁その代わり︑そいつを連れて帰れ﹂
﹁……は︖﹂
そいつと︑指を差されたのはマグダだた︒
マグダを﹃連れて帰る﹄︖
﹁ウチにはタダ飯⾷らいを置いておく場所はね んだ︒き ちり返済が完了するまでお前んところで預かてくれや﹂
厄介払い︑ということか︒
﹁分かた︒じ あ︑返済までの期間はマグダと専属契約てことで︑マグダが狩 た⾁を適正価格で買い取てくれ︒その⾦を⽜飼いへの賠償額に充てる﹂
﹁いいぜ︒だが︑もし……期限までに賠償額に到達出来なき︑マグダはクビだ﹂
解雇宣告に息をのんだのはジネトだた︒エステラも険しい顔をしている︒
今⽇から俺たちにマグダを預からせ︑失敗したらそのまま帰 てくるなということか︒
﹁分かたな︑マグダ︖﹂
﹁…………分かた﹂
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射貫くようなウセの視線を︑無表情な半眼が⾒つめ返す︒ なんとも⾮情な対応だ︒しかし︑こちらからすれば好都合といえる︒マグダには﹃とある訓練﹄をしてもらわないといけないからな︒
﹁それじ︑⽤事も済んだことだし︒みんな︑帰ろうか﹂
真先に⽴ち上がたのはエステラだた︒
﹁そうですね︒では⾏きましう︑マグダさん﹂
ジネトの⾔葉に︑マグダは黙 てこくりと頷く︒そして︑ジ と俺を⾒つめてくる︒
……なんだよ ︖俺に惚れると⽕傷するぜ︖
﹁…………﹂
結局︑マグダは何も⾔わなかた︒
視線を落とし︑ジネトに続いて部屋を出て⾏く︒
﹁おい﹂
部屋を出る間際︑ウセが俺を呼び⽌めた︒
挑発的と⾔うべきか︑侮蔑的と⾔うべきか悩んでしまう︑そんな⽬で俺を⾒ている︒
﹁精々頑張りな﹂
﹁応援︑ありがとよ﹂
﹁け ︕ささと帰れ﹂
ウセの罵声に背中を押されて︑俺は部屋を出た︒ 狩猟ギルドを後にした俺たちは︑狩猟ギルドの寮へと来ていた︒
マグダの荷物を取りに来たのだが……マグダの荷物は⼩さなカバン⼀つと︑マグダの⾝⻑以上もある⼤きなマサカリだけだた︒
マサカリ︑デカ !? ⾦太郎か!? つかそれよりも︑荷物少な !?
﹁これで全部か︖﹂
﹁……そう﹂
﹁あんまり物持 てないんだな﹂
﹁……替えの下着がいくつかだけ…………いる︖﹂
わ ︕思てもみない弾が⾶んできた︒
﹁ヤシロ……君という男は……﹂
﹁待て ︕俺は何も⾔ていないだろうが︕﹂
ま たく︒マグダが急におかしなことを⾔い出すから︑俺が変な⽬で⾒られたではないか︒⼀体
何を考えているんだか……
﹁マグダさん︒⼥の⼦がそんなことを⼝にしてはいけませんよ︒はしたないですからね﹂
﹁……分かた﹂ ジネトがマグダに⾔い聞かせている︒⺟というより︑姉という雰囲気ではあるが︑なんだかこういうのには向いていそうだ︒よし︑マグダの教育はジネトに任せよう︒
そんなわけで︑俺たちは陽だまり亭へと向かう︒
本当は︑この後他のギルドにも顔を出したかたのだが……マサカリ担いだマグダを連れて⾏くのはち とな……
狩猟ギルドは︑四⼗⼆区の東寄りに拠点を構えていた︒割と栄えている場所だ︒
てことは︑結
も
構儲かているてことだろう︒
そこから⼤通りへ出て︑繁華街を歩く︒
すれ違う⼈がみな︑マグダのマサカリを⾒てギ と⽬を丸くする中︑注⽬を集めている当のマグダは我関せずを貫いており︑終始ぼ とした顔をしてとぼとぼ歩いていた︒
﹁ジネト︒⼿でも繫いでやたらどうだ︖﹂
﹁そうですね︒マグダさん︕﹂
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ジネトがマグダの名を呼び駆けていく︒
﹁随分親切じ ないか︒保護欲でも搔き⽴てられたのかい︖﹂
﹁いや︑単純に危ないだろ︖﹂
﹁へ︒君も︑幼い⼥の⼦に対しては無条件で優しくなるというわけだね︒新発⾒だ﹂ エステラが嬉しそうに笑う︒だが……
﹁何⾔てんだよ︒危ないのは通⾏⼈の⽅だよ︒⾒ろ︒⼀歩間違えればマサカリで頭がパカだぞ︒怪我⼈でも出そうもんなら︑賠償責任を取らされるのは俺たちだ﹂
﹁……君は…………⾦勘定の絡まない発想は出来ないのかい︖﹂
エステラが俺にジト⽬を向けている頃︑ジネトはマグダと⼿を繫ごうとしていた︒
しかし︑マグダを⾒たジネトの表情が曇る︒
﹁両⼿が塞がていますね﹂
マグダは右⼿にマサカリ︑左⼿にカバンを持 ている︒あれでは⼿が繫げん︒
⼿が繫げないとマサカリがふらふらで通⾏⼈の頭がパカ だ︒
…… たく︑し ね な︒
﹁マグダ﹂
﹁…………﹂
名を呼ぶと︑返事の代わりに静かな瞳が俺を⾒上げてくる︒
﹁荷物を貸せ︒持 てやる﹂
﹁…………﹂
俺が⼿を差し出すと︑マグダはしばらく考えた後で……パンツ⼊りの⼩さなカバンを⼿渡してきた︒
﹁こ ちじねよ︕﹂
﹁ヤシロ……それが欲しいがために親切なフリを……﹂
﹁違う︕﹂
﹁ヤ︑ヤシロさん︑ダメですよ !?﹂
﹁だから違う つの︕﹂
俺はカバンをマグダへ突き返し︑奪うように巨⼤マサカリを取り上げた︒
﹁……んず !?﹂
取り上げた瞬間︑そのあまりの重さに俺は地⾯に顔⾯から突込んでしま た︒
ち
ち
なんだ︑これ ︖ 滅茶苦茶重いじねか ︕つか︑強打した⿐がすげ痛い︒
﹁……無理﹂
地⾯に座り⿐をさする俺を覗き込むように⾒下ろして︑マグダが⾔た︒
そして︑たぷりと間をあけて次の⾔葉を追加する︒
﹁……普通の⼈間には﹂
何者なんだ︑このちび ⼦は……こんな重いマサカリを⽚⼿で持 ていたのか……
俺を覗き込む無表情な瞳︒何を考えているのか分からない︑⼈智を超えたパワの持ち主︒こいつを理解し︑サポトをするなんて可能なのか︖
そんなことを考えていると︑⽬の前に⼩さな⼿が差し出された︒
﹁……ありがとう﹂
﹁…………は︖﹂
⾏動と⾔葉と表情がバラバラだ︒さぱり意味が分からん︒
とりあえず︑俺を起こそうとしているようなので︑差し出された⼿を取り⽴ち上がる︒
尻についた砂を掃うため⼿を離そうとしたところ︑その⼿をキ と握られた︒
﹁……初めてだた﹂
消え⼊りそうな⼩さな声で呟き︑マグダが顔を上げる︒
﹁……マグダの荷物を持とうとしてくれたのは︑あなたが初めて﹂
握る⼿に⼒がこもり──
﹁……マグダを庇てくれたのも︑必要としてくれたのも︑あなたが初めて﹂
俺を⾒つめる⽬にも︑⼒がこもる︒
﹁……だから︑ありがとう﹂
真直ぐに⾒つめられ︑そんなド直球な⾔葉を向けられて……なんとも居⼼地が悪い︒
﹁礼なんかいらねよ﹂
マグダがいれば利益が得られる︒俺にはその確信がある︒だから俺はマグダを必要とした︒ただそれだけのことだ︒
﹁……あなたがいらなくても︑マグダは⾔いたかた﹂
﹁…………勝⼿にしろ﹂
﹁……した﹂
あ︑もう︒なんだかやり難い︒ガキは単純だからな︒いいか悪いかの⼆極で︑俺みたいに繊細な⼼の機微を敏感に感じ取るタイプの⼈間からすれば︑単純だからこそ逆に理解不能なのだ︒これだからガキとは仲良くなれる気がしな……えい︑微笑ましそうな顔でこ ちを⾒るなジネト︕
そして︑エステラ ︕ニヤニヤしてんじねよ︕
ふん ︕俺がいい⼈にでも⾒えるのか ︖ なら勝⼿にそう思ておけ︒
勘違いするのはお前らの勝⼿だからな︒
陽だまり亭へと戻た俺たちは︑⼆階の空き部屋に集ま た︒リフ ムのために使⽤出来ない
⾷堂の代わりに設けた仮設リビングだ︒
部屋に持ち込んだ⼩さめのテブルを囲むように︑廊下側にマグダ︑窓側に俺とエステラが座ている︒ジネトは今ち と席を外し︑この部屋にはいない︒
﹁あの炎みたいなオラが出ると︑お前たちトラ⼈族は無敵なんだな︖﹂
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﹁……そう︒アレが発動すれば︑トラ⼈族は⼒も速度も数⼗倍に跳ね上がる﹂
聞けば︑トラ⼈族は全⾝を包む⾚いオラを操る狩りに特化した⼀族なのだそうだ︒ あの⾚いオラは︑⾝体的能⼒を⾶躍的に伸ばすトラ⼈族特有の特殊能⼒らしい︒﹁……マグダたちは︑あの光を﹃⾚いモヤモヤしたなんか光るヤツ﹄と呼んでいる﹂
﹁もうち とマシな呼び名を考えられなかたのかよ……﹂
﹁……先祖代々そう呼んでいる﹂
﹁なんて残念な⼀族なんだよ︑トラ⼈族……﹂
ネミングセンスが皆無どころではない︒
もはや⾯倒くさくなて適当に付けたレベルだ︒……ま ︑実際そうなんだろうが︒
﹁で︑その﹃⾚モヤ﹄が発動すると︑すげえ腹が減て狂暴化するわけだな︖﹂
﹁……変な略し⽅は容認出来ない﹂
﹁正式名称がすでに変だろうが﹂
﹃⾚モヤ﹄を発動したトラ⼈族は激しい空腹感に襲われ︑⽬の前にある⾷い物を貪り⾷ てしまう︒味など関係ない︒⾷えればなんだていい︒⽣⾁だろうが︑ガチガチの甲羅に守られた⽣き物だろうが……⻲の甲羅をバリバリ嚙み砕いて⾷うこともあるらしい︒
そして︑飯を⾷ている時のトラ⼈族が最も恐ろしい︒邪魔する者を容赦なく︑それも無意識に
排除してしまうのだそうだ︒
﹁……訓練により﹃⾚いモヤモヤしたなんか光るヤツ﹄をコントロルすることは可能﹂
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﹁だがお前は︑訓練の甲斐なくいまだコントロルが出来ない︑と﹂
俺が⾔葉を継ぐと︑マグダはこくりと頷いた︒
マグダが⾔うには︑どんな強い魔獣にも負けることはないのだそうだ︒ただし︑相⼿が強ければその分⼒を使うことになり︑それに⽐例して空腹感が増すようだ︒
⼩物の獣を狩ればぺろりと︒⼤物を狩ればその分ガツリと︒
結局︑毎回狩 た獲物の⾁を︑⼀⽋⽚も残さず綺麗に完⾷してしまうらしい︒だが︑それも状況が変われば……
﹁マグダ︒これを⾷てみろ﹂
﹁……これは︖﹂
﹁鶏の唐揚げだ︒さきジネトに作てもらた︒出来⽴てだぞ﹂
この街の鶏⾁は結構お買い得で︑陽だまり亭にもそれなりの量が確保されていた︒そいつにちち と下味を付けて揚げたのだ︒
﹁…………美味しい﹂
よし ︕いい反応だ︒
マグダの話を聞く限り︑狩 た獲物を⾷ てしまうのは耐えがたい飢餓感から逃れるためらしい︒なら︑獲物じ ない物を⾷えば︑獲物は丸々残るわけだ︒ 実に単純な話だ︒量さえあればいいのであれば︑何も⾼価な魔獣の⾁を⾷う必要などない︒安いクズ野菜でも胃袋に詰め込めばいいのだ︒
﹁これからジネトの料理をどんどん⾷て﹃こ ちの⽅が美味い﹄と体に覚え込ませろ︒そうすり︑飢餓感に我を失ても本能がジネトの料理を求めるて⼨法だ﹂
﹁けど︑どうやてジネトちんの料理を⽤意するのさ ︖狩りをするのは︑外壁の外の森の中なんだよ ︖厨房もないし︑そもそもそんな時間は……﹂
﹁お待たせしました ﹂
エステラが疑問を投げかけたところで︑ジネトが仮設リビングへとやて来た︒
﹁デリアさんにいただいた鮭を切り⾝にして︑軽く塩を振てから焼いてみました﹂お盆の上で︑美味そうな焦げ⽬がついた焼き鮭が堪らん⾹りを⽴ち上らせている︒
だというのに︑この胸のない⾚髪⼥は……
﹁うわ……本当に⾝が⾚いんだね﹂
……などと⾔て眉を歪めやがた︒鮭に謝れ︑無礼なヤツめ︕
﹁そんな顔をするなよ︒こいつは⼀度海へ出ているんだぞ︒だから⾝が⾚いんだ﹂
﹁は ︖川⿂が海に出るわけないじ ないか︒くだらない噓を吐くとカエルにするよ﹂
さく
エステラがあからさまに胡散臭そうな表情を⾒せる︒ 逆にジネトは興味津々とばかりに︑俺の向かいへ座り⾝を乗り出してくる︒
その隣で︑マグダも俺を⾒つめている︒
﹁噓じねよ︒こいつが⾚いのはオキアミを⾷てるからだ﹂エビやカニの甲羅が⾚いのと同じ原理だ︒
﹁さらに⾔うなら︑この鮭て⿂は︑実は…………⽩⾝⿂だ︕﹂
﹁…………﹂﹁…………﹂﹁…………﹂
……あれ ︖﹁え !?﹂……という反応を期待したのだが︖
全員が黙りこくり︑テブルに置かれた鮭を⾒て︑次いで俺を⾒て︑⼀様に気の毒そうな表情を
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浮かべた︒
﹁……ヤシロ︒君はついに⽬まで悪く……﹂
﹁とりあえず︑他にどこが悪いのか⾔てもらおうか︖﹂
エステラが失礼極まりないことをのたまいやがる︒
本当に鮭は⽩⾝⿂なのだ︒
そもそも︑⾚⾝⽩⾝は筋⾁の種類によ て分類されている︒遠泳に向いているのが⾚⾝︑瞬発
⼒の⾼いのが⽩⾝だ︒そういう分類分けをすれば︑鮭はれきとした⽩⾝⿂なのだ︒ただ︑⾝が⾚いだけでな︒
﹁ヤシロさん凄いです︒どうしてそんなことまで知ているんですか︖﹂
﹁俺のいた国は島国でな︒⿂に関しては︑ち と進んだ知識があるんだよ﹂それ故に︑鮭の美味い⾷い⽅も知ている︒実はすでに︑鮭フレクを作てあるのだ︕
ジネトの取る出汁が美味かたのでそれを使い︑酒で味を調えて︑かなり美味い鮭フレクが出来た︒
そんな⾃信作は︑今回鮭フレ ク混ぜご飯として︑おにぎりとなり︑主⾷の⼤任を任されている︒
そう ︕⽶ ︕⽩⽶がこの街には存在したのだ︕
陽だまり亭の⾷料庫を物⾊していた際︑俺は古⽶を発⾒したのだ︒歓喜に震えたね︒
この街には⽶農家がある ︕ ……これは︑なんとしても⼿に⼊れなければ︒
しかも︑この街での⽶と⾔えば家畜のエサ扱いなのだそうだ︒ニワトリなんかに⾷わせるためだ
けに置いていると︑ジネトが⾔ていた︒……なんてもたいない︒
⼈が⾷べてこそのお⽶だろうが ︕
俺の中の⽇本魂が燃え上がる中︑ジネトはのんきな顔で焼き鮭の⾹りに相好を崩す︒
﹁いい⾹りですね﹂
﹁……でも︑⾚いよね﹂
⼀⽅のエステラは︑相変わらず難⾊を⽰している︒
﹁トマトも⾚いだろうが﹂
﹁川⿂なのに⾚いから⾔てるんだよ﹂
ふん ︕嫌なら⾷うな︒俺が⾷う︒
うだうだ⾔うエステラを無視して︑俺は鮭に箸を⼊れる︒
ほくりと焼けた鮭の⾝は︑箸で押すだけで簡単に解れ︑程よい⼤きさになる︒
それを⼀つ︑⼝へと放り込み︑咀嚼……美味い︒完全に鮭だ︒懐かしい味がする︒
﹁美味しいです︑これ︕﹂
ジネトが歓喜の声を上げる︒
左⼿で⼝元を押さえ︑⼤きな⽬を幸せそうに細めて鮭を⾒つめている︒その視線はまさに羨望と
呼ぶべきものだた︒
そしてジネトは鮭フレク混ぜご飯のおにぎりを⼀⼝頰張る︒
﹁ん !?﹂
瞬間︑グルメ漫画よろしく⽬を⾒開いて﹁こ︑これは !?﹂とでも⾔いたそうな表情を⾒せる︒
﹁お⼝の中で︑鮭の⾝とご飯の粒がわしいわしいしています︕﹂
……う ん︑残念 ︕まるで意味が分からない︒
俺も鮭フレク混ぜご飯のおにぎりを⼀⼝齧る︒
﹁うむ ︕いいな﹂
その味に︑﹁もしこれが新⽶だたら﹂という期待が否応なく膨らんでくる︒
﹁そんなに美味しいのかい︖﹂
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﹁はい︒今まで知らなかたのが悔やまれるくらいに美味しいです︕﹂
﹁……ジネトちんがそこまで⾔うなら…………﹂
エステラはいまだ疑りながらも︑ゆくりと鮭を⼝へ運ぶ︒
﹁へ ︕美味しいね﹂
﹁ですよね!? うふふ﹂
エステラの反応に︑ジネトは嬉しそうな笑みを漏らす︒
﹁マグダさんも︑おひとつどうですか︖﹂
さきから無⾔で俺たちを⾒ていたマグダ︒遠慮でもしてんのか︖
﹁⾷てみろ︑マグダ︒お前のために作たものなんだから﹂
﹁……マグダのため︖﹂
﹁あ︒さき話したろ ︖狩りのための秘策だよ﹂
マグダの視線が鮭フレク混ぜご飯のおにぎりへと注がれる︒
﹁……いただきます﹂
⾏儀よく⾔て︑⼩さな⼝でパクリと⾷べる︒
﹁…………美味しい﹂
マグダの反応を⾒るに……無表情なんでち と分かりづらいが……問題ないだろう︒
﹁これで︑狩りが出来るぞ﹂
⾃信たぷりに⾔うと︑⼀同の視線が俺へと集まる︒
いまいちピンと来ていないのであろう連中に︑俺は秘密兵器の詳細を話してやる︒
﹁弁当を作るぞ﹂
﹁……﹃べんとう﹄︖﹂
オウム返しをしたマグダの発⾳が不安定だた︒
それもそのはず︒ジネトに確認したところによると︑この街には弁当という習慣がなく︑外で
飯を⾷う時は﹃外で調理する﹄のが当然なのだそうだ︒
﹁冒険者や⾏商⼈が⻑い旅に出る時に保存⾷を持 ていくだろう ︖それの豪華使い切りバジンだ﹂
そうすれば︑外で作る⼿間は省ける︒
こいつらの思い描く保存⾷というのは︑固いパンだたり⼲し⾁だたりするわけで︑それはそれで︑少々⼿を加えなければ⾷べられない︒
カトしたり︑汁物に浸したり︑軽く煮込んでス プにしたりな︒
それは︑衛⽣⾯も然ることながら︑﹃冷えた料理は美味しくない﹄という先⼊観がそうさせているようだ︒
も
﹁獲物を狩 て︑凄く腹が減たら持参した弁当を⾷う︒そうすれば獲物に⼿を出さずに済むだろう﹂
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﹁けれど︑飢餓状態のマグダが獲物に⽬もくれず⾶びつくような美味しい料理でなければ意味がないんじ ないのかい ︖ 冷えた料理でそこまで気を引けるかな﹂
﹁引ける ︕むしろ︑弁当は冷えてこそ美味い︕﹂
唐揚げにアスパラの⾁巻きに⽟⼦焼き︑ミンチ⾁でミトボルを作たていい︒そして何はなくともおにぎりだ︒あれを不味いと⾔うヤツに俺は会たことがない︒
﹁明⽇︑弁当を持 てみんなで狩りに⾏くぞ︒そこで弁当の素晴らしさを教えてやる﹂
﹁いいですね ︕みんなでお出かけ︑したいです︕﹂
﹁マグダはどうだ ︖それでいいか︖﹂
﹁……いい﹂
﹁狩り︑出来るな︖﹂
﹁……任せて﹂
﹁なら︑決⾏だ﹂
これが上⼿くいけば︑マグダが狩る魔獣の⾁が好きなだけ⼿に⼊る︒モマ トやデリアからもらえる破格の材料を使 て弁当を作り︑⾼価な魔獣の⾁を陽だまり亭で調理して売りさば
く︒……ふふふ︒⾦の匂いがする︒
﹁エステラさんもご⼀緒にどうですか︖﹂
﹁う ん……﹂
ジネトの誘いに︑エステラは難⾊を⽰した︒意外だ︒
﹁ヤシロを疑うわけではないんだけど︑ボクはやぱり⾷事は温かい⽅が美味しいと思うんだ︒ヤシロを疑うわけでは決してないんだけど﹂
何回も⾔うな︒余計空々しいわ︕
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こいつは固定観念に凝り固ま ているのではないか ︖やれ︑⾚⾝は嫌だ︑やれ︑冷えた料理は嫌だと︒
お前は⼀度⽇本へ転⽣して駅弁でも⾷てくるがいい︒世界がひくり返るぞ︒
﹁う ん……冷たい⾷事か ……﹂
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﹁そんなに嫌なら来なくていい︒材料が浮いて助かる﹂
嫌がるヤツに⾷わせてやる飯などない ︕お前は⼀⼈で留守番でもしてろ︕
﹁ジネト︒三⼈分の弁当を頼む︒メニ は俺が指定する﹂
﹁え︑で︑でも︒エステラさんは……﹂
﹁放とけ︒こいつは別に従業員というわけでもないし︑ここ最近はなんの役にも⽴てないのに
飯ばかり集りに来るタダ飯⾷らいだ︒折⾓の弁当を分けてやる必要はない﹂
﹁むむ︖﹂
俺が断⾔すると︑エステラは明らかに不機嫌そうな顔をして俺を睨む︒
ふん︑勝⼿に睨んでいればいい︒お前が何をしたところで︑俺が折れるなんてことはないのだか
ら︒
﹁⼊⾨税……﹂
﹁ん︖﹂
﹁この街の住⼈は400Rbだけど︑そうでない場合は5000Rbだよ﹂
﹁…………え︖﹂
⼊⾨税 ︖え︑そんなの必要なの︖
しかも5000Rb ︖ てことは五万円 ︖ 街に⼊るだけで五万円!?
つか︑住⺠でも四千円て︑ぼたくり過ぎだろう!?
﹁ま︑ボクには関係ないことだけどね︒なにせボクは部外者のタダ飯⾷らいだからね﹂
﹁エステラ﹂
﹁なんだい︖﹂
俺は︑へそを曲げたエステラに優しく声をかける︒
体の向きを変え︑エステラを真正⾯から⾒つめる︒
﹁俺にはお前が必要だ﹂
﹁……君︑このタイミングでそのセリフは⾮常に最低だと︑ボクは思うんだけど︖﹂﹁お前がいてくれなき︑俺はきとダメになちまう……﹂
﹁……その⼼は︖﹂
﹁5000Rbなんて持 てない﹂
﹁……は︒⼀回限りの許可証をもらてきてあげるよ︒住⼈になるには︑最低三⽉は四⼗⼆区に住んでいないといけないからね﹂
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エステラは実にいいヤツだ︒褒めておいてやろう︒
﹁今⽇も綺麗だよ︑エステラ﹂
﹁そ︑そういうの︑真顔で⾔うのやめてくれるかな︖﹂
﹁よ ︕男前︕﹂
﹁それは褒めてるつもりかな !?﹂
褒めにくい⼥だ︒
﹁明⽇狩りに⾏くつもりなら︑特別な窓⼝を使てすぐにもらてきてあげるよ︒その代わり︑相
応の報酬はもらうからね﹂
﹁﹃ヤシロ君と⼀⽇デト出来る権利︵費⽤はそちら持ち︶﹄﹂
﹁いらないよ !?﹂
﹁﹃ヤシロ君の⼿料理が⾷べられる権利︵費⽤はそちら持ち︶﹄﹂
﹁君の⼿料理じ ないんだ︑ボクが⾷べたいのは︕﹂﹁﹃ヤシロ君の⾜料理が⾷べられる権利︵費⽤はそちら持ち︶﹄﹂
﹁⾜料理てなにさ !? 出来るもんならやてもらおうか!?﹂
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結局︑許可証と引き換えにエステラは⼆週間分の昼飯を要求してきやがた︒
ま たくもてせこい⼥だ︒
こうして︑陽だまり亭の命運を分ける︵かもしれない︶狩りへと⾏くことが決定した︒
教会への寄付と同時に弁当の下ごしらえもしなければいけなくなたわけだが︑ジネトには頑
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張てもらわなければな︒
と︑ジネトを⾒ると︒
﹁…………﹂
なんだか︑物⾔いたげな顔で俺をジ と⾒つめていた︒少し︑不服そうだ︒
﹁どうした︖﹂
﹁……いえ︑なんということはないのですが…………﹂
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ジネトが胸を押さえ︑⼀度息を吐き出す︒
﹁…………いえ︑やぱり︑なんでもないです﹂
なんだよ ︖ ⾔いたいことがあるならはきり⾔えよ︑気持ち悪いな︒
﹁それじ︑ボクは許可証の申請に⾏てくるよ﹂
そう⾔てエステラが⽴ち上がる︒
﹁あ︑お⾒送りいたします﹂
つられてジネトも⽴ち上がり後に続く︒
だが︑部屋を出てすぐのところで⽴ち⽌まり︑おもむろにこちらを向いた︒
﹁あ︑あの︑ヤシロさん﹂
そして︑スカトの裾をふわりと摘まみ上げ︑可愛らしくお辞儀をした︒
﹁どう……でしうか︖﹂
﹁どうて……いや︑可愛いけど︖﹂
ジネトの意図するところを直感的に悟てあえてそう⾔てやると︑憂いを帯びた表情が途端にぱあと晴れやかになる︒
﹁そうですか ︕ありがとうございます︕﹂
そう⾔て︑パタパタと軽やかな⾜取りでジネトは廊下を駆けていた︒
……なんだかな︒何と張り合 てんだか︒
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ま ︑ジネトの機嫌がよくなるならそれに越したことはない︒俺は俺で適当にやるさ︒
﹁……ヤシロ﹂
マグダが俺を呼ぶ︒
﹁…………マグダ︑かわいい︖﹂
﹁あ︖﹂
﹁……………………もう︑いい﹂
それだけ⾔い残してマグダも部屋を出て⾏てしま た︒
俺の隣の部屋がマグダに貸し与えられたので︑そこへ戻たようだ︒
ぽつんと︑部屋に残された俺︒やれやれ︒……⼥⼼てやつは理解しがたいね︒
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決して︑惚れられているなどとは︑思わないが︒
俺は︑あえて残しておいた鮭フレク混ぜご飯のおにぎりを⼀⼝齧り︑やはり冷えても飯は美味
いと確信したのだた︒
翌⽇︑俺たちは狩猟ギルドの⾺⾞で四⼗⼀区へと向かた︒
なぜ四⼗⼀区なのかというと︑四⼗⼆区には外に出るための⾨が設けられていないからだ︒⼀番近いのがこの四⼗⼀区の⾨になる︒
⾨を設置すれば︑⼊⾨税を徴収出来るというメリトがあるが︑それ以上に⾨の警備やメンテナンスに⾦と時間と労⼒がかかてしまうのだ︒
四⼗⼆区には過ぎた産業だ︒上⼿く運営出来るとも思えない︒四⼗⼆区に街⾨が出来ることは︑ま ないだろうな︒ で︑四⼗⼀区の⾨だが……四⼗⼀区もさほど⼤した街ではないてことだな︒四⼗⼆区より幾分マシというレベルだ︒
⾼さ20メトル超の⼤きな⽊製の⾨扉の周りを︑頑強な⽯造りの外壁が囲 ている︒……まではいいのだが︑いささか年季が⼊り過ぎている︒つまりボロい︒
この⾨と壁で獣とか防げるのか ︖野盗とか⼊り放題なんじねの︖
⾨番をしているのは四⼗⼀区の⾃警団なのだろう︒数⼗⼈いる兵⼠はみな同じ型の鎧を⾝に着けている︒⾨の横には獅⼦のエンブレムが描かれた旗がはためいている︒
﹁四⼗⼀区の⾨で︑四⼗⼆区の許可証が効果を発揮する意味が分からんのだが︖﹂
﹁ま ︑そこは付き合いのようなものだね︒﹃何かあたらいろいろ融通するから⼤⽬に⾒てやてよね﹄的な思惑がお互いにあるのさ﹂
﹁へ﹂
エステラが取てきてくれた︑俺の⼊⾨許可証︒⼊⾨許可というよりかは︑四⼗⼆区の仮住⺠票とでもいうべきか︒俺の⾝分証明書のような役割をしてくれるのだ︒
ちなみに︑街から外に出るのは無料︒街から物を持ち出すのも無課税だ︒
⾦がかかるのは⼊⾨の際で︑物を持ち込むのにも税がかけられる︒
今回のように弁当を持ち出して︑⾷べきれずに持ち帰ると課税されるらしい︒……なんだそり
︒⼊れ物は課税対象ではないそうなので安⼼だが︒ ⼤抵持ち出す⾷料はパンや⼲し⾁が⼀般的で︑それらは売り物になる︒そこに税をかけないと﹁これは残り物だ﹂と⾔い張て無課税でパンや⼲し⾁を街へ持ち込むことが出来てしまい︑そうなれば街の中のパン屋や⾁屋が損害を被る︒そうさせないための処置だ︒
……つか︑⾷いさしの弁当なんか売れないだろうに︒ま ︑それを⾔い始めると線引きがあいまいになて⾯倒くさいことになるのだろうが︒
﹁⼊⾨の際は︑三⼈で1200Rbかかるからな﹂
出⾨⼿続きをする⾃警団の兵⼠にそんなことを⾔われた︒
狩猟ギルドや海漁ギルドなどは仕事上街⾨を通ることが頻繁にあるため︑ギルドが年単位でまと
めて⼊⾨税を納めているとのことで︑マグダは数に⼊ていない︒
﹁1200Rbなけり出ない⽅がいいぜ︒帰れなくなるからな﹂
﹁⼼配には及ばないよ︒きちんと⽤意してある﹂
エステラが少し不機嫌そうに返事をする︒
この兵⼠のオサンは親切なヤツなのかと思たのだが……なんてことはない︑﹁四⼗⼆区の⼈間が1200Rbなんて持 てるのか︖﹂というイヤミだたようだ︒
﹁四⼗⼀区に来るといつもこういう気分にさせられるんだよね……ま たく﹂ 兵⼠が⼿続きのためにその場を離れるとすぐに︑エステラが愚痴を零した︒ 四⼗⼀区の⼈間からしたら︑四⼗⼆区は格下なのだろうし︑こういうイヤミ たらしい扱いは常なのだろう︒……⽬くそ⿐くそだと思うがな︒
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﹁今回はマグダの狩りの⼿伝いという⼤きな⽬的もあるし︑ジネトちんが楽しそうだから⼤⽬に⾒るけどさ﹂
と︑全然⼤⽬に⾒るつもりのない感じで顔を背けるエステラ︒ジネトへと視線を向ける︒ささくれ⽴た⼼を癒そうとでもいうのだろう︒
﹁へ ︖あの︑なんですか︖﹂
俺たちに⾒つめられて︑ジネトが狼狽したような素振りでわたわたと近付いてくる︒
﹁あの︑やぱりわたし︑何か変ですか ︖ 何か︑マナ に反することでも……!?﹂
﹁あ︑違うよ︑ジネトちん︒そういうんじ ないから﹂
﹁そう……ですか︖﹂
⽥舎者が都会に出てきた時特有の不安感でも抱いているのか︑ジネトはすがるような視線をこちらへ向けてくる︒
﹁そうだよ︒ね︑ヤシロ﹂
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不安がるジネトを安⼼させてやりたいのだろう︒エステラが俺にパスを寄越してきた︒ま︑た
まには思惑に乗てやるか︒
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﹁お前があのシ スルパンツを穿いて張り切てる姿に癒されてたんだとよ﹂
﹁ふに !?﹂
奇妙な声を発したジネトの顔が︑瞬時に真⾚に染まる︒
﹁ななななな︑なん︑なんで知てるんですか!? ヤシロさん︑⾒たんですか!?﹂
﹁いや︑勘で⾔ただけだが︑お前︑今あれを穿いてんのか﹂
以前︑中庭に⼲してあた中で⼀際印象に残たヤツだ︒
思わず視線がジネトの腰へと向かう︒──と︑ジネトは腰付近を隠すように両⼿を当て︑後退りで俺からズザザと距離を取る︒
﹁だ て外壁の外に出ることなんてそうあることじ ないですから︑俄然気合いが⼊ て…… て︑何を⾔わせるんですか ︕懺悔してください︑懺悔してください︕﹂なるほど︒ジネトは勝負パンツを穿く派なのか︒
﹁よ ︕ナイス気合い︕﹂﹁やめてくださいてば︕﹂
ジネトの顔が⾚を通り越して深紅に︑いや︑紅の⼋塩に染まる︒
﹁ヤシロ︒ジネトちんをいじめるんじ ないよ﹂
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﹁褒めてんだろうが︕﹂
﹁褒められてないよ︕﹂ジネトは照れ過ぎて半泣きだし︑エステラは怒るし……分かたよ︑フロすればいいんだ
ろ︒ たく︒
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﹁ジネト︒恥じることはない﹂
﹁恥ずかしいですよ……﹂
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﹁もし︑俺が⾨番なら……そのシ スルパンツと引き換えにフリパスにしてやろう︕﹂
﹁懺悔してください︕﹂
﹁それくらいの価値があるものだと⾔ているんだぞ︖﹂
﹁懺悔してください ︕⼆度してください︕﹂
ま たく︒気難しい年頃の⼄⼥め︒こんなに褒めているのに……
と︑不意に袖⼝がちいちいと引張られた︒
⾒ると︑俺の服の袖を遠慮気味に摑んだマグダが︑真下から覗き込むように俺の顔をジ と⾒つめてきた︒
﹁ん ︖ なんだ︖﹂
﹁……マグダのパンツ……いる︖﹂
﹁ヤシロ︕﹂
﹁ヤシロさん︕﹂
エステラとジネトの双⽅から︑⾮難のこもた声が上がる︒ いや︑俺はまだなんも⾔てねだろうが︕
﹁悪いがマグダ︒俺の故郷では︑⼥児のものは所持するだけで捕まるんだ﹂
﹁……︖﹂
⾸をこて と傾ける仕草は無表情ながらも可愛らしくはある︒が︑これ以上説明しても無駄なことは明らかなので︑マグダのことはひとまず放置だ︒
﹁ジネトちん︑ヤシロには気を付けるんだよ﹂
﹁は︑はい……そう︑ですね﹂
なんて︑背後でこそこそと話されているわけだが……俺︑悪くないよな︖
そんな⽕種を落としつつ︑俺たちは出⾨審査を終え︑街⾨を潜り抜けた︒
⾨を越えた先は︑⼀⾯の平原だた︒
﹁……ここは︑主に狩猟ギルドの組合員が使う⾨﹂
端的にマグダが説明をしてくれる︒
⾔われてみれば︑それらしき格好をした男たちがあちらこちらにいる︒
﹁……だいたいは五⼈前後でパテを組んで⾏動する﹂
そう⾔て︑マグダはマサカリを担いで歩き始める︒ 俺たちより前を歩き︑俺たちが追従する格好になる︒
しばらく歩くと︑マグダはぽつりと……こんな⾔葉を呟いた︒
﹁……こうやて誰かと歩くのは︑久しぶり﹂
こいつは︑これまで⼀⼈で狩りに出ていたのか︒
久しぶりてのは︑親と同⾏した時のことを指しているかもな︑年齢的に︒
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前を歩くマグダの⽿がぴくぴくと動く︒まるで︑後ろを歩く俺たちの⾜⾳に⽿を澄ましているように︒
﹁……今⽇は︑頑張る﹂
誰に⾔うともなく呟かれた抑揚のないその⾔葉は︑どこか楽しそうに聞こえた︒
しばらく歩くと︑あちらこちらに簡易的なテントが散⾒されるようになた︒森が近くなり︑拠点となる場所を確保でもしているのだろうか︒
﹁なるほど︒彼らは⾷事を作らなければいけないからこれ以上先へは進めないんだね﹂
エステラがそんな推論を⽴てる︒
移動時間に加え︑調理時間︑そして引き返す時間を考えればこの辺りにテントを張るのが最も効率的なのだろう︒外泊をするのでなければ︑それほど遠出は出来ないのだ︒
﹁では︑わたしたちもこの辺りで狩りをしますか︖﹂ジネトがそんなことを⾔う︒が…… ﹁いや︑もと先まで進むぞ﹂
も
俺たちは弁当のおかげで調理する必要がない︒それに︑⼈が⾏かない場所まで⾏けば獲物もたくさんいるだろうしな︒⼈と同じことをしていたのでは成功は出来ないのだ︒
テントを張らずに先を⽬指す俺たちに気付いた狩⼈たちが︑俺たちを指さし笑いを漏らす︒
﹁欲張て結局獲物を逃がす﹂だとか﹁無謀だ﹂だとか︑好き放題⾔てやがる︒
ジネトはそんな⾔葉を真に受けて不安げな表情を⾒せるが︑そんな⾔葉は無視だ無視︒
⾃分が正しいと信じられることなら︑外野の声は無視してしまうに限る︒
もとも︑それで失敗しても誰のせいにも出来ないという前提条件を受け⼊れることが出来るヤツは︑だがな︒
﹁……森の奥へ⾏けば︑⾼く売れる魔獣がいる﹂﹁んじ︑今⽇のタゲトはそいつにしよう﹂
俺たちは安定した収⼊ではなく︑⼀発デカいヤツを狙いに⾏く︒なにせ︑こ ちには無敵のトラ⼈族がいるのだ︒
少々扱いにくい⼈種ではあるが︑使いこなせれば⼼強い稼ぎ頭になるだろう︒その⼿間を惜しんで﹃使いにくい﹄と突き放すのは愚かなことだ︒
勝機があるなら策を講じて徹底的に攻略する ︕それが儲けるための基本だ︒
そう意気込んで森を進むと︑⼤慌てで駆けてくる⼀団に遭遇した︒
﹁ヤシロさん︑あの⽅…… ︕﹂
息をのむジネトが︑ギ と俺の袖を摑む︒
⼀団の中に⼤怪我をしている者がいたのだ︒
仲間に背負われているそいつは︑体の半⾝が酷く焼け焦げて⿊ずんでいた︒
﹁おい︑すまねが︑薬を持 てねか!? 気休めでもいいんだ ︕譲てくれ︕﹂
⻤気迫る男の⾔葉に︑エステラは⾃⾝の持つ薬を分け与える︒……⾦も取らない︒アンビリバボだな︒
﹁恩に着る︕﹂
﹁何があたんだい︖﹂
﹁ボナコンだ﹂
その名を聞いた時︑マグダの⽿がピクリと動いた︒
﹁この奥にボナコンが出やがた︒あいつを仕留めるには戦⼒が⾜りな過ぎた︒逃げるので精⼀杯
だたぜ﹂
怪我を負た男に薬を与えている間に︑別の男が説明をしてくれる︒
ボナコンてのは︑相当恐ろしい獣のようだな︒魔獣 てヤツか︒
﹁お前らも気を付けろよ︒ボナコンはな……燃え盛る糞を⾶ばしてくるんだ﹂
うわ ……ヤな魔獣だな︒
﹁ボナコンにケツを向けられた時……俺は⾛⾺燈を⾒た…………﹂
ヤだな ……そんな⼈⽣の最後︒
﹁もうそこら辺にはいないだろうが︑お前らも気を付けろよ︒それと︑薬ありがとうな︕﹂
応急処置が終わるや否や︑男たちはすぐさま移動を開始した︒時間との勝負なのだろうな︑あの怪我⼈︒
﹁どうか……あの⽅が救われますように……﹂
ジネトが⼿を組んで祈りを捧げる︒その前に︑俺らの無事を祈れよ︒
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﹁よし ︕今⽇はここら辺で狩りをしよう︕﹂
﹁さきはもと奥まで⾏くて⾔てなかたかい︖﹂
﹁エステラ︒……欲をかくと︑⾝を亡ぼすぞ︖﹂
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﹁わ︑その⾔葉︑ボクの知り合いの男に是⾮聞かせてあげたいよ︒ヤシロ︑もう⼀回︑今度は⽿
を澄まして⾔てみて﹂
バカモノ︒俺は⼿に⼊る利益には貪欲だが︑無謀な賭けは決してしないのだ︒
命あての物種︒⼀度命を落とした貴重な⼈物からの忠告だぞ︒
﹁……し﹂
突然︑マグダの動きが⽌まる︒
姿勢を低くし︑⼝元に⼈差し指を⽴てる︒
﹁………………近くにいる︒この気配は……⼤きな︑魔獣 ﹂
マグダのネコ⽿がぴくぴくと動く︒ま ︑正確にはトラ⽿なのだが︒
﹁魔獣…… て︑ことは︑ボナコンか︖﹂
﹁さね︒魔獣にもいろんな種類がいるからね︒そうでないことを祈るよ︒今はね﹂
マグダの邪魔にならないように⼩声で話し︑マグダ以外の俺たち三⼈は⾝を寄せ合う︒
俺たちは︑マグダの背に庇われるような格好で︑マグダの⾒つめる森の奥へ意識を集中させる︒
⾝を潜め︑息を殺し︑森の中が静寂に包まれる︒
そんな時──背後からとても荒い⿐息が聞こえてきた︒
﹁ブモホ ︕﹂
俺たちのすぐ後ろに︑軽⾃動⾞くらいはあろうかというイノシシのような⾵体の巨⼤な獣が⽴ていた︒
﹁…………あ︑そ ちだた﹂
﹁気配感じ取るの︑下⼿くそか !?﹂
思いきり背中取られてるし︑めち接近されてんじ ん!?
﹁ブモホ ︕﹂
た
俺たちを敵と⾒做したのか︑巨⼤な獣が重低⾳を利かせた雄叫びを上げる︒﹁……あれは︑魔獣イノポク︒単独⾏動を好み︑年に⼆度繁殖期を……﹂
﹁そういうのいいから ︕早くなんとかしろ︕﹂
﹁……任せて﹂
⾔うなり︑マグダの全⾝を﹃⾚いモヤモヤしたなんか光るヤツ﹄──俺的略称﹃⾚モヤ﹄が包み込む︒
そして︑⼀閃──
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⽬で追うのも困難な速度で魔獣へ接近したマグダは︑巨⼤なマサカリを軽々と振り回しその巨⼤
な魔獣の体を両断する︒絶対的な⼒の差をもた⼀撃で︑狩りは終了した︒
で︑ここからが本題だ︒
﹁マグダ ︕少し我慢しろ ︕すぐに弁当を…… て︑もう⾷い始めてるし︕﹂
弁当を出すのを待たず︑マグダは魔獣の頭にかぶりついていた︒
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﹁ジネト急げ ︕獲物が⾷い尽くされてしまう︕﹂
﹁は︑はい ︕わ︑た ︕ち︑ち と待てください︕﹂
慌ててカバンを取り落としそうになるジネト︒
バタバタと忙しなく弁当を取り出し⾷事の⽀度を始める︒
﹁マズい︑ヤシロ ︕⽌めなき 売れなくなるよ︕﹂
﹁くそ ︕⽌まれ︑マグダ ︕﹂俺はマグダの背中に⾶びかかる︒⼩柄なマグダを押さえ込むことくらい︑俺が本気を出せば…………コンマ⼀秒すら押さえられなかた︒
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触れられたのも分からないままに︑俺の体はぽ んと投げ⾶ばされた︒
幹の太い⼤⽊に激突して﹁ぐ ︕﹂と潰れたカエルみたいな声が漏れた︒
﹁準備出来ました ︕マグダさん︑ご飯ですよ︕﹂
﹁…… !?﹂
魔獣に齧りついていたマグダが︑ジネトの取り出した弁当に反応を⽰す︒
﹁マグダさん ︕ ⿃さんの唐揚げです︕﹂
﹁……⾷う ︕﹂
マグダが魔獣の前を離れてジネトのもとへと駆け寄ていく︒そしてそのまま︑凄まじい勢い
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で弁当を搔⾷らい始めた︒
よし︒⼀応作戦は成功といたところだろう︒
マグダに弁当を持たせれば︑狩りをした後もきちんと獲物を残しておける︒
弁当は︑陽だまり亭に腐るほど余 ている⾷材で作ることが出来る︒つまり︑狩りで得た獲物分
の利益は丸儲けというわけだ︒
さすがは俺︒いや︑俺様だ ︕読みが冴えてる ︕超クル ︕よ︑天才詐欺師︕
﹁……で︑ヤシロ﹂作戦の成功を喜ぶ俺を︑エステラが⾒下ろしている︒……呆れたような表情で︒
﹁何をニヤニヤしながらうにうに⾝悶えているんだい︖﹂
う せ ……作戦成功は嬉しいが︑強打した背中が痛くて⽴ち上がることも声を出すこともじ
としていることも出来ないんだよ︒
……魔獣も危険だが︑凶暴化したマグダが⼀番危険だ︒今後⼀切︑俺は凶暴化したマグダには近付かないからな ︕ 絶対だからな︕
そんな決意を胸に︑俺はその後数⼗分間︑森の⽊々の間に転がてニヤニヤしながらうにうにしていたのだた︒
ちなみに︑どんなもんかと魔獣の⾁を⼀切れだけ焼いて⾷べてみたのだが︑﹁あ ……こり︑他の⾷⾁業者が気の毒だわ﹂と︑同情したほどの美味さだた︒
狩りを終え︑その⾜で狩猟ギルドへと向かう︒
デカい獲物を持参したため︑俺たち四⼈は以前の狭い応接室ではなく︑⾁を解体するための⼤きな部屋に通された︒
﹁こいつを︑本当にマグダが狩 たのか︖﹂頭が少し齧られた⼤きな魔獣を⾒て︑狩猟ギルドの代表者ウセ・ダマレは分かりやすく顔を引
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き攣らせていた︒
﹁確かに︑獲物の頭を齧るなんざ︑マグダ以外にいねだろうが……﹂
と︑綺麗な⻭形が残る魔獣の頭部を⾒て妙に納得している︒そんなところが証拠になるとは
な︒個性て⼤事だな︒
﹁さて︑ミスタダマレ︒いくらになるか査定してくれるか︖﹂
俺は視線を鋭くし︑ウセを⾒据える︒
﹁いいだろう︒ち と待てろ︑今会計に計算させる﹂
ウセの合図で︑数⼈の男たちが駆け寄てきて︑迅速に魔獣を運んでいた︒
⾁の相場は俺の後ろに控えるエステラが知ている︒明らかに不当な値付けや︑嫌がらせ︑くだらない誤魔化しをするようなら容赦はしない︒
──と︑思ていたのだが︒
﹁あの魔獣は⽑⽪や蹄も売り物になる︒そいつも合わせて︑全部で8200Rbだ﹂
エステラに視線を向けると︑エステラはこくりと頷いた︒静かながらも明確な⾸肯︒
ウセの提⽰した⾦額は適正ということだ︒﹁正直︑意外だな︒もと渋るかと思たぞ﹂﹁ふん︒﹃精霊の審判﹄があるのに約束を反故には出来ねだろうが﹂
それはそうなんだが︑あまりにもすんなり⾏き過ぎて逆に怪しいというか……
﹁んだよ ︖ なんか⽂句あんのか!?﹂
ウセが怖い顔をこちらに向ける︒なので︑ついと視線を逸らしておく︒
﹁取引に関しては信⽤しても問題ないようだね﹂
エステラが⽿打ちしてくる︒荒事も視野に⼊れ︑万が⼀に備えてエステラにはそばにいてもらたのだが︑取引⾃体は平和的に済みそうだ︒
ま ︑もとも︒全幅の信頼は寄せられね けどな︒
も
﹁今回の獲物は⼩ぶりな⽅だが︑この調⼦で続けり期限までに完済は可能だろう﹂
﹁それは激励か︖﹂
﹁んなわけねだろ︒明⽇もちんと獲物を持 てこいよ﹂
無愛想に⾔て︑ウセはささと部屋を出て⾏てしま た︒
けれど︑﹁完済は可能だ﹂と⾔たウセの⾔葉に噓はないだろう︒
確かな⼿応えを覚え︑俺たちは狩猟ギルドを後にした︒﹁マグダさん︑よかたですね︒完済に⼀歩近付きましたよ﹂
﹁……よかた﹂
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マグダを抱きしめ我がことのように喜ぶジネトに︑されるがまま抱きしめられてくすぐたそうに尻尾をうにうにさせるマグダ︒
﹁ヤシロ︒マグダのお尻ばかり凝視しないように﹂
そして︑⾒当違いな⾮難をするエステラ︒……お前のぺ たんこを凝視してやろうか︒
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﹁とにかく︑弁当を持参して狩りをする︒こいつを繰り返せば完済は確実だ﹂
﹁あとは︑⼊⾨税の問題だね﹂
マグダ以外は⾨を通る際に400Rbもの⾦が取られてしまう︒
さらに⾔うなら︑俺に関しては領主の許可証の発⾏⼿数料も多少だが持 ていかれてしまうのだ︒……これまでは全部エステラの奢りで︑昼飯無料券で補塡しているわけだが︒さすがにいつまでも⾦を浪費させ続けるわけにもいかない︒負担が⼤き過ぎる︒
﹁……⼤丈夫︒マグダは⼀⼈で狩れる﹂
ジネトの腕に抱かれながら︑マグダが俺を⾒上げてはきりとした⼝調で⾔う︒
が︑ジネトはというと︑﹁不安で不安で堪らない﹂みたいな顔をしてマグダを抱きしめている︒……なんでお前が泣きそうになてんだよ︒
﹁ま ︑もうしばらくはみんなで⾏くことになるだろうよ﹂
ジネトの顔がぱ と明るくなる︒……分かりやすいヤツだな︒
けど実際︑マグダが弁当に慣れてないうちはこ ちでサポトする必要もあるだろう︒
しうがない︒そう︑仕⽅のないことなんだ︑あと少しの間だけはな︒
﹁……ヤシロは︑優しい﹂
そんな⾒当違いな⾔葉を⼝にしたマグダは……⼼なしか……
﹁お前︑今笑たか︖﹂
﹁…………︖﹂
こてんと⾸を傾けるマグダ︒どうやら⾃覚はないようだ︒気のせいか︒
﹁わたしにも︑笑ているように⾒えました﹂
ジネトが俺の意⾒に同調するように頷き……そして︑とんでもないことを⼝にした︒
﹁さきのマグダさん︑とても﹃パイオツカイデ﹄でしたよね︕﹂
﹁ぶふ ︕﹂
﹁ヤシロさん !? どうしたんですか!?﹂
どうしたはこ ちのセリフだ……それ︑まだ⽣きてたのか︖
﹁ね︑ジネトちん︒﹃パイオツカイデ﹄て︑なんなの︖﹂
おい︑エステラ︒その⾔葉に⾷いつくな︒早く⾵化してほしいんだから︒
﹁ヤシロさんの国の⾔葉で︑﹃笑顔がステキ﹄という意味だそうですよ﹂﹁へ︒いい⾔葉だね﹃パイオツカイデ﹄﹂
……もうやめて︒俺をこれ以上責めないで……
﹁ふむ︒ね︑ヤシロ﹂
エステラが胸を張てこちらに満⾯の笑みを向けてくる︒
﹁どうだい ︖ボクもなかなかに﹃パイオツカイデ﹄だろ︖﹂
﹁そんなわけあるか︕﹂
は !? しま た︒⼀⾔でツ コミゲジが満タンになてしまう強烈なボケだ たもので︑
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つい突込んでしま た……
﹁……そ︑そんなに︑ダメ……かな︖﹂
エステラがシ クを受けたように胸を押さえる︒……あ︑違う意味で受け取ているはずな
のにジ スチ が的確過ぎてち と⾯⽩い︒
﹁いや︑そうじ ないんだ……だが︑この話題はもうやめよう﹂
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真直ぐにエステラを⾒られなくなてしま た︒
﹁……マグダ︑もと﹃パイオツカイデ﹄になれる︖﹂
﹁そうなれるように︑⼀緒に頑張りましうね﹂
頑張てなんとかなるものならな︒
﹁……頑張る﹂
ぽつりと呟き︑そして︑マグダはジネトを⾒つめてはきりと⾔う︒
﹁……店⻑と⼀緒に﹂
﹁てん……ちう﹂
ジネトの瞳がみるみるうちに潤み出す︒そしてこらえきれなくなたのか︑マグダから顔を逸らし︑その勢いのまま俺の⽅へと半泣きで急接近してくる︒
﹁わた︑わたし︑今︑凄く嬉しかたです ︕上⼿く⾔葉に出来ないんですが︑こう……⼼がふわとして︑ほこりして…………感動しました︕﹂
店⻑と呼ばれたのがそんなに嬉しかたのか︒普通の呼び名だと思うけどな︑店⻑て︒
﹁パイオツカイデで頑張ててよかたです︒これからもとパイオツカイデになれるように頑張ります ︕マグダさんと⼀緒に︑最⾼のパイオツカイデを⽬指します︕﹂
﹁スト プ ︕ 声がデカい ︕いいから落ち着け︕﹂
ヒトア プするジネトを黙らせる︒つか︑本当にもうやめよう︑この話題……
﹁とにかく ︕マグダは⼀⽇も早く⼀⼈で狩りに⾏けるようになること ︕いいな!?﹂
﹁……了解︒修⾏︑する﹂
﹁わたしもお⼿伝いしますね︑マグダさん︕﹂
﹁……⼼強い﹂
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ふんすと⿐息を漏らし︑マグダとジネトが明⽇の⽅向へと熱い視線を向ける︒﹁……そして︑パイオツカイデに︑マグダはなる﹂もう……やめててば︒
その後︑俺とエステラは終始無⾔で歩き続けた︒
エステラが妙に⼤⼈しかたが︑そんなもんを気にしてる余裕は︑今の俺にはなかた︒
