﹄ 04﹃笑顔のために﹄
マグダの初狩り成功から⼆⽇経た朝︒
現在︑絶賛改装中の陽だまり亭︒その⽞関先に︑エステラが⽴ている︒
⼿には包みを持 ており︑ドアの前で⼤きく深呼吸をする︒
﹁……⼤丈夫︒きと上⼿く出来る﹂
そう呟いた後︑ニコ と笑顔を作る︒
が︑気に⼊らなかたのか⼩⾸を傾げ難しい顔をする︒
﹁……これじ いつもと変わらないか……よし︕﹂
そして︑先ほどよりもにこりと笑い︑眩しいほどに⽩い⻭を覗かせる︒
﹁……何かが違う…………そうだな︑セリフを⼊れてみるか﹂
![]()
時刻は早朝︒改装⼯事を請け負うトルベク⼯務店の⾯々はまだ現場に来ていない︒
ドアの前にいるのはエステラ⼀⼈だ︒
﹁や︑ヤシロ︕﹂
誰もいない場所で︑エステラはドアに向かて笑顔を⾒せる︒ 当然︑この店のドアには﹃ヤシロ﹄なんて名前は付いていない︒
﹁ヤシロ︑頼まれていたものを持 てきたよ︕﹂
エステラが笑顔で話しかけるも返事はない︒ドアは何もしべらない︒
﹁いや︑結構苦労したんだよ︒感謝してほしいものだね︕﹂
エステラ︑笑顔︒ドア︑無⾔︒
﹁……何かが違う…………﹂
何もかもが違うと思うのだが︒
﹁そうだ ︕ジネトちんのマネをしてみよう﹂
ならまずおぱいを育てないとね︕
﹁ヤシロさん ︕おはようございます ︕ にこ ︕﹂
うわ …………つか︑⾃分で⾔てその半端ない違和感に悶絶してるし︒
蹲 て顔を伏せ︑肩をプルプル震わせている︒⽿まで真⾚だ︒
⻑年︑多くの客を迎え⼊れてきた年季の⼊たこのドアも︑まさか最後の仕事がエステラの笑顔の練習台になるとは思てもみなかただろう︒ご苦労さんだな︑お前も︒
で︑陽だまり亭の店先で絶賛悶絶中のエステラを︑店の陰からジ と覗き⾒ているのがこの俺︑オオバヤシロだ︒
﹁何やてんだお前︖﹂
﹁んな !?﹂
声をかけると︑エステラは驚愕の表情でこちらを向き︑俺の姿を確認すると全⼒のエビ以上
![]()
の速度で後⽅に⾶び退いた︒
﹁な︑な︑なんでいるんだ︑ヤシロ!?﹂
﹁なんでて……便所⾏た帰りだが︖﹂
﹁い︑いいいいい︑いいいい︑いい︑いつから⾒ていた !?﹂
﹁﹃……⼤丈夫︒きと上⼿く出来る﹄からだが︖﹂
﹁最初じ ないか ︕そこにいるなら声をかけておくれよ︕﹂
俺は︑建物の陰から出て︑エステラの前へと歩み寄る︒
﹁いや︑なに︒⼀昨⽇からお前の元気がなかたからち とは⼼配していたんだが……なんか
すげ楽しそうで安⼼したよ﹂
﹁た︑たた︑楽しくなんかないよ ︕⽳があたら⼊りたい気分だよ︕﹂
その⽳を埋めたら﹁何するんだい !?﹂て⾶び出してきそうな勢いで怒りをぶちまけるエステラ︒⼋つ当たりもいいとこだ︒
![]() |
﹁で︑何がしたかたんだよ︑さきの百⾯相は︖﹂
![]()
﹁く︑空気を読んで︑そこは触れないでくれないかな
﹁胸のないお前に⾔われたくない﹂
﹁デリカシ ないよね︑ホントに!?﹂
﹁デリカシ﹃は﹄︑なくても⽣きていける﹂
!? デリカシがないね︕﹂﹁胸がなくても⽣きていけるよ ︕ ……誰の胸がないか !?﹂朝から楽しそうなヤツだ︒
﹁き︑君が…………﹂
怒り満⾯だたエステラが︑少し泣きそうな表情を⾒せる︒ん……こんな顔は初めて⾒るな︒
﹁……ボクのパイオツが︑カイデじ ないて⾔うから……﹂
うん︒お前のパイオツは全然カイデじ ないよ︒むしろ﹃無いデ﹄だな︒
﹁笑顔には︑割と⾃信があたんだ……なのに︑あんな全⼒の否定を…………﹂あ……そうか︒
て
こいつは⾃分の﹃笑顔﹄が﹃素敵じ ない﹄と⾔われたのだと思ているわけか︒
﹁あ︑いや︑あのだな︑エステラ﹂
﹁なんだい ︖これ以上まだボクを貶める気かい︖﹂なんだか随分とへそを曲げている︒
﹁それには誤解がある……というか︑あの解釈はジネトが勝⼿に思い込んでいるだけで︑本来の意味はそんなところにはない﹂
﹁……どういうことだい︖﹂
﹁詳しくは⾔えん︕﹂
﹁ !? ……そ︑そう︑なのかい︖﹂
ここは勢いで誤魔化す︒絶対本当の意味は教えられない︒
﹁だが︑とにかく︑お前の笑顔を貶めたわけでも︑否定したわけでもないんだ︒そこだけは信じてくれ﹂
出来る限りの誠意をもてそう訴える︒……ま ︑俺のせいでなんか傷付けたみたいだし…… こいつにはまだまだいろいろと役⽴てもらわなき困るしな︒⼈間関係を拗らせるのは得策ではない︒
そのためにもきちんと誤解を解いておきたい︒
![]()
詐欺師には︑信⽤が⼤切なのだ︒
﹁……君を信じろというのは︑⿂に﹃空を⾶べ﹄と⾔うようなものだと思うのだけど︖﹂
﹁……てめ﹂
⼈間関係拗らせる気満々か︑こいつ︒
﹁じ︑じ あ聞くけどさ……﹂
両腕を後ろ⼿に組み︑⾜元の⼟をつま先でいじりながら︑エステラはやや上⽬遣いで尋ねてくる︒
﹁ボクの笑顔は…………どう︑かな︖﹂
うわ……やべ……⼀瞬︑可愛いとか思ち た︒
が︑こいつにそんなこと⾔えるわけがない︒
そんな弱みを⾒せたら︑こいつは何を⾔てくるか分かたもんじ ないからな︒
﹁…………ノコメントで﹂
﹁帰る﹂
﹁待て ︕その荷物だけでも置いていけ︕﹂
﹁7万Rb︕﹂
﹁素敵だ︑エステラ ︕お前の笑顔は最⾼だぜ︕﹂
﹁そこまで噓くさい⾔葉を︑ボクはいまだかつて聞いたことがないよ︕﹂いや︑素敵だと思ているのはマジなんだが︒信じちくれないか……
﹁よし︒じ あ︑﹃精霊の審判﹄をかけてみろ﹂
﹁え…………︖﹂
﹁今の俺の発⾔に噓があるかどうか︑その⽬で確かめるがいいさ﹂
素敵だと思ているのは本当だ︒……ただ︑発したタイミングがち と悪かただけで︒なので︑俺がカエルになることは100%ない︒
﹁さ︑やれよ﹂
両腕を広げてみせる︒いつでも来いだ︒
﹁いや……いいよ﹂
しかし︑エステラは﹃精霊の審判﹄を発動させなかた︒﹁そもそも︑それは﹃精霊の審判﹄の領域じ ないからね﹂
あ︑そうか︒思う思わないてのは﹃精霊の審判﹄では裁けないのか︒
う ん︑しくじ たな︒
﹁でも……﹂
俺が⼰の選択ミスを悔やんでいると︑エステラが呟くように声を漏らす︒
⾒ると︑いつになく柔らかい表情で俺を⾒るエステラと⽬が合 た︒
﹁そこまで⾔てくれるなら……信じるよ︑君を﹂
﹁いいのか ︖⿂は空を⾶べないぞ﹂
﹁ホント︑意地が悪いよね︑君は﹂
そう⾔てエステラは︑楽しそうに笑た︒
﹁とにかく⼊ろうぜ︒朝は寒い﹂
﹁そうだね︒あ︑でも先に⾏ててくれないかな︖﹂
﹁ん ︖ なんだよ︖﹂
﹁いいから︒ほら︑コレ︒頼まれていたものだから︑コレを持 て先に⾏てて﹂
﹁……なんだよ︒あ︑トイレか﹂
﹁ホントに君はデリカシがないよね !?﹂
ドアを開け︑背中を突き⾶ばされた︒
前につんのめるように室内へ放り込まれ︑振り返ると同時にドアが閉められる︒
ま たく︑トイレくらいで乱暴な…………はて︑本当にそうか︖
エステラの態度に何か引かかりを感じた俺は︑そ
と︑傷んだ⽊のドアを開く︒隙間から外を覗くと……
﹁…………ふふ﹂
エステラが︑宙に浮いた半透明の板を⾒つめてニヤケていた︒……うわ︑怖︒
ここで⾒つかると﹁⾒ た な ︕﹂と⼭姥化しそうな雰囲気だ たので︑バレないようにそ とドアを閉じた︒
カンバセ シヨン・レコド
さきの半透明の板は︑﹃会話記録﹄か ︖ 何を⾒てたんだか……
ま ︑⽤事が済めばそのうち勝⼿に⼊てくるだろう︒そう思い︑俺は受け取た荷物を⼿に
リフ ム終了までの間仮設リビングとしている⼆階の部屋へと向かた︒中庭を抜けて︑⼆階へ上がり︑仮設リビングのドアを開けると──ジネ トが﹃会話記
レコド なが
録﹄を眺めてニヤニヤしていた︒……ジネト︑お前もか︒
﹁はわ ︕ヤシロさささささんん !?﹂
⾯⽩いとこ嚙んだな︒後半嚙むヤツは珍しいぞ︒
﹁何してんだよ︖﹂
﹁あ︑いえ……その…………ち と︑忘れたくないことを忘れないように……﹂
カンバセ シヨン・レコド
ほ︑なるほどな︒﹃会話記録﹄はそうやてメモ代わりに使うことも出来るのか︒確かに︑⼀度⼝にした⾔葉なら記録が残るんだから︑理に適た使い⽅だな︒
﹁……マグダは知ている﹂
﹁おう !? ……い︑いたのか︑マグダ﹂
![]()
いつの間にか俺の背後にピタリと寄り添うようにマグダが⽴ていた︒気配がなかた……さすがネコ科……
﹁……店⻑は︑ここでのヤシロの⾔葉を何度も読み返している﹂
﹁マグダさん !?﹂
﹁俺の⾔葉 ︖俺︑なんか⾔たか︖﹂
﹁……﹃どうて……いや︑可愛いけど︖﹄﹂
﹁マグダさん
﹁……⾒た﹂
!? なんで︑何もかも知てるんですか !?﹂
﹁いつ⾒たんですか !? もう︕﹂
ジネトが慌てた様⼦でマグダの⼝を塞ぐ︒
﹁あ︑あああ︑あの︑ちが︑違うんですよヤシロさん ︕ 別に︑珍しく褒められたのが嬉しか
たとか︑可愛いとか男の⼈に⾔われることがこれまで全然なかたからとか︑そういうことでは
なくて︑あの……ですから︑つまり……﹂
﹁……読み返すと元気が出る﹂
﹁そうなんですけど ︕そうなんですけど︑ち とだけ静かに願います︑マグダさん︕﹂ジネトが半泣きだ︒……なんだろうか︑この騒がしさは︒
つか…………俺の⾔葉で元気出るとか…………なんか︑照れるわ︒
﹁うわ︑どうしたんだいジネトちん!?﹂
そんな中︑エステラが仮設リビングへとやて来る︒
﹁ヤシロ ……﹂
﹁待て待て︒真先に俺を疑う癖を直せ︒下⼿⼈はマグダだ﹂
﹁マグダが……︖﹂
カンバセ シヨン・レコド
﹁……店⻑が﹃会話記録﹄を読み返してニヤニヤしていた件について﹂
﹁── !?﹂
マグダの⼀⾔で︑なぜかエステラが勢いよく顔を背けた︒……⽿が⾚い︒
﹁そ︑そんなことよりも︑今⽇の予定を話し合わないかい︖﹂
﹁そ︑そうですよね ︕そうしましう ︕建設的に︕﹂
ジネトの慌てぷりはともかく︑エステラのこの反応……
カンバセ シヨン・レコド
﹁な︑エステラ︒お前さき表で﹃会話記録﹄を……﹂
﹁ところでどうだたかな︑ボクの持 てきた物は ︖ 役に⽴ちそうかい!?﹂強引な話題転換……やぱりこいつ……
﹁盗み聞きしたエロい会話でも読み返してたな︖﹂
﹁……そういう⽬でボクを⾒るの︑やめてくれないかな︖﹂
先ほどまで上気して薄桃⾊だたエステラの頰が︑⼀瞬で素の⾊に戻た︒
あ︑これがドン引きてヤツか︒すげ冷めた⽬で⾒られてる︒
﹁今⽇はし かりと作戦を⽴てて⾏きまし うね︒昨⽇は残念な結果にな てしまいましたか
ら﹂
ジネトが仕切り直し︑俺たちは仮設リビングのテブルに着いた︒
そう︒昨⽇俺たちは苦汁を舐めさせられたのだ︒⼀昨⽇に引き続き︑昨⽇もマグダの狩りに同⾏する予定を組んでいたのだが︑俺たちはそればかりに時間を割いていられる⽴場ではない︒まだまだ交渉に出向かなければいけない場所が残ているのだ︒
そんなわけで︑狩りの前の⼀仕事とばかりに︑早朝よりゴミ回収ギルドとして⽶農家に交渉に出向いたのだ︒
だが──﹁お前らに売てやる⽶はね︒﹃⼀回捨てて︑それを買い取る﹄︖ バカ⾔うんじねよ ︕丹精込めて作た⽶を捨てるなんざ出来るか ︕ただでさえ⽣産量がギリギリだ
てのに ︕そんなふざけた話をしに来たんなら帰 てくれ ︕ ⼆度と来るな︕﹂──と︑カモ⼈族の⽶農家ホメロスに追い返されてしま たのだ︒
これで︑⽶を⼿に⼊れるのが難しくなてしま た……
おのれ︑ホメロスめ︒俺に向かて⾔たセリフ︑たたの⼀⾔も忘れるなよ……
あいつも︑﹃叩き潰しても⼼が痛まないリスト﹄に⼊れてやろうか…… たく︒
とりあえずあのカモヤロウは︑今度会 た時にでも︑背中にネギを括りつけてやることにする︒リアルカモネギだ︒搾取されまくるがいい︑カモだけに︕
﹁あのヤシロさん……顔が︑怖いですよ︖﹂
﹁いや︑なに︑ち とした思い出し苛⽴ちだ︒……あのカモヤロウ…………﹂
![]()
﹁あ︑あの……落ち着いてください︑ね ︖あの︑お茶︑淹れましうか︖﹂ジネトの淹れてくれたお茶を⼀気飲みして⼼を落ち着ける︒
誠に残念な結果ではあたが︑ダメなものはどんなに粘てもダメなのだ︒もと別の切り⼝
![]()
で攻める必要がある……が︑俺たちは⽶ばかりに時間を割いているわけにはいかない︒なにせ︑
⾷堂には各種︑様々な⾷材が必要なのだからな︒
で︑⽶が空振りに終わたため︑その⾜ですぐさま向かたのが︑養鶏場だ︒
……そう︒俺が初めてこの四⼗⼆区で夜明かしした⽇の朝に出会た⿃顔の⼥︑ニワトリ⼈族のネフリの家だた︒
再会するなり︑﹁あ ︕あの時のセクハラ男︕﹂と︑指を差された時の︑周りの冷たい視線
![]()
といたら……だてよ︑ニワトリ顔のヤツが卵持 てたら︑そいつが産んだと思うじ ん︑普 通 ︖それがセクハラとか…………この世界︑やりにく︒
とま ︑そんな過去のいざこざは⼀旦脇に置いて︑俺たちは卵を定期的に融通してくれるよう
に交渉を開始した︒
卵はいろんな料理に使える万能⾷材だ︒是⾮とも欲しい︒それも毎⽉︑安定してだ︒
だが︑懸命な交渉も虚しく︑俺たちは成果を挙げることが出来なかたのだ︒まさに空振り︒……昨⽇は散々な⼀⽇だた︒
﹁まさか︑ニワトリが卵を産まなくなているとはね ……﹂エステラがため息を漏らす︒
![]()
ネフリの家では常時⼆百⽻近いニワトリが飼育されているのだが︑そのうち四分の三程度が⽣後⼗ ⽉ほどで卵を産まなくなてしまうのだそうだ︒
それ故に︑卵の数も⾜りておらず︑⾏商ギルドに卸す分だけでいぱいいぱいなのだと断ら
れてしま た︒
﹁困りましたね︒卵はたくさん必要になりますし……﹂
﹁……⽟⼦焼き︑美味しい﹂
![]()
ジネトが困り顔でため息を漏らし︑マグダは無表情のままよだれを垂らした︒ ておい︑マグダ︒
﹁卵を産まないニワトリはすぐに屠畜して⾁にしてしまうそうだね﹂
﹁でも︑お⾁は狩猟ギルドさんから美味しいものが出回 ていて︑売り上げはあまりよくない
とおし ていましたね﹂
だもんで︑卵が産めなくなた廃鶏の⾁などでは市場で太⼑打ち出来ないのだ︒
この街の養鶏場は︑卵こそが⾦を⽣む︒
﹁卵をたくさん⼿に⼊れるためには︑ニワトリの数を増やすしかないんだろうけど……﹂
﹁でも︑それですと︑ニワトリさんがまるで使い捨てのようで……ち と︑可哀想です﹂家畜に可哀想も何もないと思うが……ま ︑ジネトならそうかもな︒﹁だからこそ︑俺が⼒を貸してやろうて⾔たんだよ﹂
交渉の後にそんな事情を聞き︑重い空気に包まれた養鶏場で︑俺は困り顔のネフ リ に対し……ま ︑顔が完全にニワトリなんで困ててもあんまり伝わてこなかたんだけど……⼀つの提案をした︒
﹃もう卵を産まなくなたニワトリを百⽻譲てもらい︑そいつらが卵を産むようになれば︑その卵を俺たちに売てもらう﹄──というものだ︒
捨てる卵を買うのではなく︑処分されるニワトリを⼀時的に借り受けてそいつらに卵を産ませようというわけだ︒これも︑﹃捨てる物を買う﹄ゴミ回収ギルドの範疇に違いない︒
もとも︑百⽻ものニワトリを俺たちがもらてきても飼う場所がないので︑そこは﹃養鶏場に預ける﹄ということにしてもらた︒
要するに︑俺たちが⾦を出し︑俺たちの代わりにネフリが百⽻のニワトリの世話をするという契約だ︒
![]()
鶏舎が埋ま たままになるため新しいニワトリを増やせなくなるのだが︑もともと屠畜に否定的だたネフリは⼆つ返事で引き受けてくれた︒
ただ︑卵を産まなくなたニワトリが再び卵を産むようになるてのは︑信じていなかたようだが︒
﹁でも︑まさかヤシロが率先して⼈助けをすると⾔い出すなんてね﹂﹁俺の半分は﹃優しさ﹄で出来ているからな﹂
すげだろ︒アノ頭痛薬と⼀緒だぞ ︖むしろ俺の⽅がち と多いくらいだ︒
﹁あそこで名乗りを上げた⽅が︑後々の利益に繫がると考えてのことだろう︖ 君が優しいのは︑⾃分に対してじ ないのかい︖﹂ ……む︒ま ︑その通りだけども︒
エステラは⾃信ありげな表情で俺の⼼理を読み解いていく︒
﹁ヤシロは︑ニワトリが卵を産まなくなた原因に⼼当たりがあり︑改善する⾃信があた︒その知識を卵の独占権と引き換えにしたというわけだ﹂
﹁優先的に売買出来る権利と⾔てもらいたいな﹂
﹁同じだろう︖﹂
﹁聞こえ⽅が違う︒独占と⾔うと︑どうもいやらしく聞こえる﹂
![]()
俺はもと清い⼼でその契約を交わしたのだ︒
﹁でも︑ニワトリさんが卵を産むようになればネフリさんも喜びますし︑ウチも助かります
![]()
し︑いいこと尽くめですね﹂
そうそう︑ジネト︒そういうことだ︒やぱりジネトはよく分かている︒
﹁……ヤシロ︑ネフリにセクハラするほどお気に⼊り﹂いや︑そういう下⼼はないぞマグダよ︒
![]()
分かるよな ︖お前は分かる娘だよな ︖ な︖
﹁それで︑卵とこのゴミが何か関係あるのかい︖﹂
エステラが︑先ほど⾃分で持 てきた包みをぽんぽん叩いて⾔う︒
中⾝を知ているエステラは︑これがどう関係してくるのか気になているようだ︒
﹁これはなんなんですか︖﹂
ジネトとマグダが興味深そうに包みを⾒つめている︒
ま ︑もたいぶるようなことでもないので︑この場で包みを開け中⾝を確認する︒
中から出てきたのは︑無数の⾙殻だ た︒カキを中⼼に︑ホタテやハマグリなんかも交ざている︒……あるんだな︑この世界にも︒
﹁ヤシロさん︑これは︖﹂
![]()
﹁エステラが海の⿂を捕りに⾏ていただろ ︖そのツテで⼿に⼊らないか聞いてみたんだが︑
想像以上の収穫だな﹂
﹁君が嬉しそうにしている理由がさぱり分からないんだけど﹂
﹁そうですね……⾙殻と卵になんの関係が……︖﹂
﹁……殻は︑⾷べられない﹂
![]()
マグダがカキの⾙殻を指で摘まんで⾔う︒
ま ︑確かに⾙殻は⾷えないよな︒
﹁⼈間は︑な﹂
﹁え︑……では︑これを︖﹂
﹁そう︒ニワトリに⾷わせる﹂
﹁虐待はよしなよ︑ヤシロ﹂
﹁あの︑喉に詰ま ちいますよ﹂
﹁……⿃には⻭がない﹂
﹁誰が丸ごと⾷わせると⾔たか!? 粉々に砕いてやるんだよ﹂ハンマで叩き割 て粉々にするのだ︒
﹁しかし︑⾙殻なんて本当に⾷べるのかい︖﹂
﹁⾷う︒もちろん︑ネフリに⽤意させているものと⼀緒に与えるのだが﹂
﹁ネフリさんも何か⽤意されているんですか︖﹂
﹁あ︒⽶糠と︑⿂のアラ︑あとクズ野菜を細かく切た物を混ぜ合わせた特製のエサだ﹂これまで︑ネフリの養鶏場では︑主に⽶を与えていたらしい︒
![]()
炊いて潰した⽶はニワトリの⼤好物で︑それはよく⾷べたと⾔う︒
そこに︑落とし⽳があたのだ︒
⽇本にいる頃に︑チラ と⼩⽿に挟んだのだが︑ニワトリは⽶だけで飼育すると卵を産まなくなるらしい︒それに︑温めたデンプンはニワトリの消化器官の⼀つ﹃そのう﹄で炎症を起こす原因になることがある︒なので︑炊いたご飯は控えた⽅がいい︒
![]()
そこら辺を踏まえて︑俺はネフリにエサ作りのアドバイスをしてやたのだ︒
﹁⾙の殻は︑卵の殻を⽣成するために必要なカルシウムの宝庫だ﹂
砕いた⾙殻をエサに混ぜて与えていれば︑いつかまた卵を産むようになるだろう︒
クズ野菜はモ マ トたちから融通してもら たし︑⿂のアラはエステラに当てがあるらしい︒つか︑エステラ︒そんな相⼿がいるなら俺に紹介しろよ︒海⿂︑欲しいんだから︒
![]()
﹁な︑エステラ︒海漁ギルドのヤツ紹介してくれよ︒別にお前の顔を潰すような失礼な真似は
しないぞ︖﹂
﹁……その⾔葉を信⽤させてくれたら考えてあげるよ﹂
﹁これが噓を⾔ているような⽬に⾒えるか︖﹂
﹁⾒える︒やり直し﹂
﹁俺がお前を騙したことがあるか︖﹂
﹁やり直し ︕﹂
まるで信⽤されていないようだ︒⼼外な……
﹁ま ︑海漁ギルドはまた後でいい︒今は卵だ﹂俺の⾔う通りのエサを与えていれば︑数⽇でまた卵を産むようになるだろう︒
﹁では早速︑この⾙をネフリさんのところへ持 ていきましう﹂
そういうことで話し合いは終了し︑俺たちは⾙殻を持 て養鶏場へ向かた︒
俺たちが養鶏場に着くと︑ネフリが俺の伝授したエサの仕込みをしていた︒
﹁あ︑ヤシロ﹂
完全ニワトリ顔の少⼥︑ネフリ︒
最初こそあまりいい印象を持たれていなかたようだが︑話をするうちに徐々に打ち解けてい
た︒
﹁⾔われたエサを作てるんだけど︑これでいいのかな ︖ち と⾒てくれる︖﹂
よ
﹁おう︑お安い御⽤だ﹂
俺は︑⼤きな樽にぎしりと詰め込まれた⽶糠をかき混ぜる︒⽶糠の中に⿂のアラやクズ野菜
が⾒える︒まだ混ざりきてはいないが︑こんなもんだろう︒
﹁⼤丈夫だな﹂
![]()
俺がOKを出すと︑ネフリはホと胸を撫で下ろした︒
胸がち と⽴派に⾒えるのは︑鳩胸だからかな ︖あ︑ニワトリか︒
﹁やてみると結構⼤変なのね︑これ﹂
﹁⽣き物を育てるてのは︑そういう⼤変さの積み重ねなんじ ないのか︖﹂
﹁それはそうなんだけど……ずとやてたから腰が痛くなち た﹂
![]()
﹁揉んでやろうか︖﹂
﹁や だ︑も ︕ヤシロのエチ︕﹂
そう⾔て右⼿でぺしりと俺の肩を叩き︑左⼿は薄く染まる頰を押さえている︒
とても⼥の⼦らしい仕草だ︒……だが︑顔が完全にニワトリなので﹁何やてんだこの⿃︖﹂という感想しか抱けないのが残念だ︒あ︑残念だ︒
﹁そのエサに︑こいつを混ぜて⾷わせてやるといい﹂
﹁あ︑それが⾙︖﹂
﹁丸ごと⾷わせるんじ ないぞ ︖ハンマで粉々にするんだ﹂
﹁やだ︑も ︕分かてるて︒うふふ……ヤシロて⾯⽩い⼈ね﹂
昭和の⾹り漂う⻘春映画のような⾔い回しだが……顔がニワトリ︒とてもシ ルだ︒
﹁ホント⾔うとね︑実はまだ半信半疑なの﹂
ネフリが⾙の⼊た包みを抱え︑そんなことを呟く︒﹁こんなことで︑本当に卵を産んでくれるのか……あ︑でも︑ヤシロを疑 てるわけじ なくて……これまでずと奇跡を信じて︑その期待はことごとく裏切られてきたから﹂
廃鶏になた⿃がもう⼀度卵を産むようにお祈りでもしていたのだろうが︑そんなことでニワトリは卵を産むようにはならない︒
これまで︑何度もそうやて悲しい思いをしてきたのだろう︒ネフリはとても寂しそうな
瞳をしていた︒…………ただ︑顔はニワトリ……
﹁俺のことは︑別に信じなくていいよ﹂
﹁え︖﹂
﹁お前はただ︑あいつらのことだけを信じていてやれよ﹂
そう⾔て︑鶏舎の中のニワトリをアゴで指し⽰す︒
﹁あいつらはきとまた卵を産む︒お前はそれだけを信じていろ﹂
﹁ヤシロ…………うん︒私︑信じる﹂
ネフリが⽬尻を指で撫でる︒
﹁へへ︑ごめんね︒こんな顔⾒せち て﹂
こんな顔て︑ニワトリてこと ︖お前︑ずとさらしぱなしだけど︖
﹁私がし かりしなくちだよね ︕でなき︑みんなが美味しい卵産めないもんね﹂そう⾔て︑両腕で⼒こぶを作るマネをする︒なんなら︑お前が産みあいいんじね︖
﹁んじ︑俺らは帰るから﹂
﹁うん︒気を付けてね︒あ︑それと︑⾙︑ありがと﹂
﹁おう﹂
⽤事を済ませ︑俺たちは養鶏場を後にする︒
ま ︑⾒てろて︒今にビクリするからよ︒
﹁ヤシロさん﹂
養鶏場へ着くなり鶏舎に⼊てニワトリを⾒ていたジネトが︑俺の隣へ歩いてくる︒こいつ
はずとニワトリに︑﹁頑張りましうね﹂と声をかけていたのだ︒
﹁産まれるといいですね︑卵﹂
﹁産まれるさ﹂
俺が断⾔すると︑ジネトはにこりと笑う︒
──そして数⽇後の朝︒
俺が思ていたよりもはるかに早く︑吉報が舞い込んでくるのだた︒
早朝︒
陽だまり亭のドアが激しく連打され︑俺たちは叩き起こされた︒やて来たのは養鶏場のネフリだた︒
﹁産んだ ︕産んだのよ ︕卵が産まれたの ︕﹂
﹁……おめでたか ︖おめでとう﹂
![]()
﹁私じ ないよ ︕セクハラすると突つくよ!?﹂
ニワトリ顔のネフリが頰を染めて俺に嘴を向ける︒
﹁熱烈なキスをしてくれるてことか︖﹂
﹁な !? ち︑違うもん ︕んもう ︕バカバカバカ︕﹂
⼤いに照れて︑俺をぱかぱか殴てくる︒
![]()
……あ︑全然萌えね︒ニワトリ顔︑萌えないわ …………
﹁とにかく来て ︕ヤシロに⾒せたいのよ︕﹂
強引に腕を引かれ︑俺は寝間着姿のまま連れ出された︒
ジネトとマグダも寝間着に上着を⽻織ただけの格好で付いてくる︒
養鶏場に着くと︑ネフリの家族がコケコケ⾔いながら踊り狂 ていた︒
﹁……なんの儀式だ ︖ ⼦供が⾒たら恐怖で夜トイレに⾏けなくなりそうな光景だな﹂
﹁失敬ね ︕うちの家族に対して︕﹂
ニワトリ顔の両親が踊り狂 ていたら︑多かれ少なかれ異常な空気を感じるわ︒
⿊魔術の⽣贄が⾃ら進んでその⾝を捧げようとしているのかと思たぞ︒
そんな儀式の横を突切て︑ネフリは鶏舎へと⼊ていく︒
そしてすぐに︑⼤切なものを運ぶように︑慎重に︑俺の⽬の前へと戻てくる︒
﹁ほら⾒て ︕こんなに⽴派な卵を産んだのよ︕﹂
![]()
ネフリの両⼿に載せられていたのは︑産みたての卵だた︒
⼤きさも形も申し分ない︑⽴派な卵だ︒表⾯がざらざらしていて新鮮そうである︒
﹁全部ヤシロのおかげ ︕これであの⼦たち……もと⽣きられるよ…………﹂ネフリの⽬尻に涙が浮かぶ︒
嬉し涙というものは︑⼥性を美しく⾒せるものだ︒
うかりときめきそうにな…………ら︑ないな︒ニワトリ顔だと︒
﹁ありがとう ︕ヤシロて︑いい⼈ね︕﹂
うわ︑そのセリフ︑中学⽣くらいの頃に同級⽣の⼥の⼦に⾔われたかたな……
﹁ね︒この技術︑他の養鶏場にも教えてあげたいんだけど……ダメ︑かな︖﹂
⾰新的な技術はそれだけで価値がある︒特許があるかどうかは知らんが︑権利を主張し……そうだな︑例えば﹃廃鶏再⽣ギルド﹄でも
作てその技術の使⽤に料⾦を発⽣させることは可能だろう︒
だが……
﹁好きにしろ︒それで卵が⼤量に⼿に⼊るなら︑こ ちとしてもありがたい﹂
﹁ありがとう︑ヤシロ ︕⼤好き︕﹂
ネフリが感極ま て俺に抱きついてくる︒
うわ︑こういうの︑中学⽣くらいの頃に同級⽣の⼥の⼦にやられたかたな……
﹁あ ︕い︑今のは︑⼈としてて意味で︑異性としてて意味じ ないからね︕﹂
ネフ リが俺から離れ︑慌てて弁解してくるが……うん︑⼤丈夫⼤丈夫︒誤解とかしないから︒そんな⾚い顔しないでくれるか︒ボイルされてるみたいで冷や冷やするから︒
﹁とにかく︑すぐにみんなに知らせるね︒それで︑廃鶏になる予定だたニワトリが産んだ卵は優先的に陽だまり亭に販売する︒それでいい︖﹂
﹁お︑上出来だ﹂
﹁みんな喜ぶだろうな﹂
そう⾔て︑ネフリはにこにこ笑いながらくるりと体を回転させる︒
そして︑両親のやている不思議な踊りに参加し始めた︒……だから︑なんの儀式だよ︑このニワトリ踊り︒
﹁あ︑そうそう﹂
俺は⼀つ︑﹃とても重要なこと﹄を忠告しておく︒
﹁前に来た時も⾔たが︑⽶を与えるのはやめた⽅がいい︒俺のいた国では︑卵を産まなくなる
と⾔われていたからな﹂
﹁それには驚きだけど︑ヤシロが⾔うなら信じるよ ︕それもみんなに伝えておく﹂随分と信⽤されたもんだ︒…………しめしめ︒
﹁ヤシロさん︒なんだか︑とても嬉しそうですね﹂
そり嬉しいさ︒なにせ︑俺の計画は現在順調に好転していているのだから︒
﹁さ︑ささと帰 て教会に⾏く準備をしようぜ﹂
﹁はい︒そうしましう﹂
そうして︑俺たちは謎のニワトリ踊りを披露する不気味な養鶏場を後にした︒
﹁あ ︕マグダお姉ちんだ ︕﹂
﹁お姉ち ん︕﹂
教会に着くと︑ガキどもが⼀⻫にマグダに群がた︒
この数⽇で︑マグダはすかりガキどもの⼈気者になていた︒
﹁またアレやて︕﹂
﹁……了解﹂
マグダは⼿近にいたガキんちを摑むとぽ んと空へ放り上げた︒
そして︑そばにいるガキどもを次々に⾼く放り投げていく︒
円を描くようにして放り投げては落下してきたガキをキ チ︑そしてまたポンと放り投げる……という︑お⼿⽟のようなことをし始める︒
⾒ているこ ちは冷や冷やものなのだが︑これがなんとガキどもに⼤⼈気なのだ︒
マグダはマグダで︑この程度の芸当は⽂字通り朝飯前らしく︑また﹁お姉ち ん﹂と呼ばれることがまんざらでもない様⼦で︑ガキどもと率先して遊んでやている︒
﹁やれやれ︒すかり⼦供たちを取られてしま たな﹂肩をすくめながら︑エステラが俺の隣へやて来る︒
毎朝︑こいつとはここで合流するのだ︒
﹁少し前までは﹃エステラお姉ちん︑エステラお姉ちん﹄と⼤⼈気だたんだけどね﹂
﹁あのぐらいのガキどもはパワフルな遊びが好きだからな︒マグダのパワ には誰も敵わね
よ﹂
﹁確かにね︒それで︑何か進展はあたのかい︖﹂
﹁卵か︖﹂
﹁そう︒ジネトちんが嬉しそうにしていたからさ﹂
﹁お前の判断基準はいつもジネトだな﹂
﹁当然だろ︒ボクはジネトちんの親友であり︑フンなんだから﹂
﹁なら︑俺がジネトグ ズでも作るから︑お前買てくれ﹂
﹁本⼈の許可がない⾮公式グ ズはお断りだよ﹂
﹁スケスケのパンツでもか︖﹂
﹁……それで喜ぶのは君だけだよ﹂
朝から思いきり渋い顔をされてしま た︒
﹁ヤシロさん︑エステラさん︒おはようございます﹂
教会のシスタ︑超絶美形のエルフ︑ベルテ ナだ︒
今⽇も神々しいぐらいに美しい︒……ただし︑怒らせると超怖い︒
﹁マグダさん︑いい顔をされるようになりましたね︒ヤシロさんの善⾏の賜物でしうか﹂
﹁まだなんの成果も出てないのにいいも悪いもないでしう﹂
﹁うふふ︒ヤシロさんには︑そんな奥ゆかしいところもあるのですね﹂そんなんじねよ︒
何度も⾔ているが︑俺は俺の利益のためにやてんだよ︒
﹁マグダさんを⾒ていれば分かりますよ﹂
ベルテ ナがにこやかな︑まるで聖⺟を思わせるような瞳でマグダを⾒つめる︒
視線の先では︑マグダがガキ共と戯れていた︒
﹁今︑彼⼥が置かれている状況が︑彼⼥にとてとても望ましいものであるということは︒それはきと……﹂
ゆくりと︑聖⺟の瞳がこちらへと向けられる︒
![]()
﹁……ヤシロさんがそうなるように⼿を尽くした結果なのでしう︖﹂
![]()
どこまでも澄んだ美しい瞳は︑少々視⼒に問題があるらしい︒どうやら俺が善⼈に⾒えているようだ︒曇てるか重度の乱視なんじ ないだろうか︒
﹁⻑年︑⺟親代わりをしていますと︑顔を⾒ただけで分かるようになるんですよ︒そういうこと
が﹂
﹁じ あ︑俺の顔はあまり⾒ないでください︒プライバシの侵害なので﹂
﹁うふふ︒それは残念ですね︒ヤシロさんのお顔は︑割と好きなんですよ﹂
お と︒それはプロポズか何かか ︖ けどな︑俺に惚れると⽕傷するぜ︖
﹁とてもユニ クだから︑ですよね︖﹂
おい︑エステラ︒その⼝︑余計なことしか⾔えないんならまつり縫いで封印すんぞ︖
![]()
﹁うふふ︒ヤシロさん︑ユニ クは褒め⾔葉ですよ︖﹂
﹁全然嬉しくないですね﹂
﹁けれど︑ヤシロさんは⼼を隠す達⼈ですから︑顔を⾒ただけでは判断出来かねますね﹂
それはよかた︒顔を⾒る度に悪事がバレち堪たもんじ ないからな︒
﹁ですので︑ヤシロさん︒もと会いに来てくださいね︒朝⾷の時だけでなく︑いつでも︑気の向いた時に﹂
会いに来いと⾔ たベルテ ナは︑少しだけ⽢えるような︑寂しいのだと拗ねているような︑形容しがたいのだが……少⼥のような表情を⾒せていた︒
……くそ︒美⼈がそんな顔するのは卑怯だろうが︒
﹁なんとなく︑⼒仕事とか押しつけられそうなので遠慮しておきます﹂
﹁あら︒うふふ……バレてしまいましたか︖﹂
そんな冗談を⾔うベルテ ナと︑そんな様をニヤニヤと⾒つめるエステラに挟まれる居
⼼地の悪さに堪え兼ね……⾮常に珍しく︑俺は率先してガキと遊んでやたのだた︒

教会への寄付を終えた俺たちは︑俺の意向で少し遠回りをして帰ることにした︒
﹃なんとなく﹄そうしたい気分だたのだ︒
﹁朝のお散歩︑楽しいです︒⾷堂がオ プンすると︑なかなか出来なくなりますからね﹂
ジネトが満⾯の笑みを浮かべ︑俺たちも思い思いの歩幅で散歩を楽しむ︒
すると──
特に当てもなく歩いていた俺たちは︑とある農家の前で⾔い争いの声を⽿にした︒
﹁あれれ ︖ なんだか騒がしいぞ ︖ 何かあたのかな︖﹂
﹁……なんだい︑そのわざとらしいセリフは︖﹂
エステラが俺のナチラルな演技に眉を寄せる︒……ま たく︑分かてね な︒
何か事件が起こりそうな時は︑主⼈公が関係者をそちらに誘導するのがお約束だろうが︒
ともあれ︑俺の巧みな誘導により︑俺たちは揃てそちらに向かうことになた︒
そして︑⽬撃する︒
﹁ち ︑待 てくれよ︕ そり ね だろ︑旦那 ︕ な ︕ それじ あ︑これから俺ら
は……どうやて⽣きていけばいいんだよ !? な︑待てくれてばよ︕﹂
爽やかな朝の時間に︑悲痛な声を上げていたのは⽶農家のカモ⼈族ホメロスだた︒
![]()
地⾯に四肢をつきうな垂れるホメロス︒そんな彼を無視するように遠ざかていくのは⾏商ギ
ルドの⼈間と思われる︒
![]()
おそらく︑﹃急に舞い込んだ異常事態に関連した決定事項﹄でも伝えに来たのだろう︒
﹁何があたんでしうか ︖お話を伺てみましう﹂
![]()
⼼配そうにジネトがホメロスに駆け寄る︒⼿を貸し︑⽴たせてやている︒ホメロスは⽣まれたての⼦⿅のように⾜をふらつかせて⾟うじて⽴ち上がた︒ま︑顔はカモなんだけどな︒
﹁どうされたんですか ︖ 顔が真⻘ですよ﹂
俺には茶⾊に⾒えるけどな︒こいつマガモじ なくてカルガモ顔だし︒
﹁あ……あんたは︑確か……﹂
﹁陽だまり亭のジネトです︒先⽇お邪魔させていただいた﹂
﹁あ︑あ︑そうか……いや︑すまね な……こんな︑無様なところを⾒せちま て……﹂
﹁そんなこと……それより︑何か問題でもあたんですか︖﹂
﹁う ………… ︕﹂
﹁ホメロスさん!?﹂
ジネトの⾔葉に︑ホメロスは顔を覆い︑泣き始めてしま た︒
おろおろとするジネト︒
マグダもジ とホメロスを⾒つめている︒
﹁実は︑さき⾏商ギルドの商⼈がやて来て……もう︑ウチの⽶は買えないと﹂
﹁え !?﹂
ななな︑なんだて ︕ ──という表情を︑ジネトはしている︒
﹁どうしてですか ︖だて︑先⽇までは品薄なくらいだと……﹂﹁それが……ウチの⽶は︑主に⿃のエサ⽤に買い取られていたんだが……養鶏場の連中が全員︑今後⽶は買わないと⾔い出したて……﹂
﹁え……﹂
ジネトの顔⾊が急速に悪くなていく︒
そして︑錆付いたカラクリ⼈形のようなぎこちない動きで︑ゆ くりと俺の⽅へ視線を向け
る︒
マグダとエステラも︑俺をジ と⾒つめる︒
あんまり⾒ち︑いやん︒
﹁だから︑今後は︑⾷糧担当の商⼈に売る分だけでいい て……けど︑⽶を⾷べる⼈間なんてほとんどいねし…………これじ あ⽶農家は崩壊……いや︑壊滅……いやいや︑消滅しちまう
︕⾝の破滅だ……俺︑もうおしまいだ …………﹂
膝の⼒が限界に達したのか︑ホメロスは再び地⾯へとくずおれた︒
今回は︑ジネトも助け起こさなかた︒そんな余⼒が︑ジネトにもないのだろう︒
しうがないな︑ま たく︒
﹁ミスタホメロス﹂
俺は︑地⾯に蹲り背を丸めるホメロスの肩に⼿を載せる︒
![]()
そして︑慈悲の⼼をもて救済の⼿を差し伸べる︒
﹁⼤量に余 たその⽶……俺たちゴミ回収ギルドが引き受けてやてもいいぞ︖﹂
﹁……え…………あんた……﹂
﹁﹃ゴミ﹄という呼び名を採⽤しているが︑他のギルドから仕⼊れている物も商品としてなんら⾒劣りのしない⼀級品ばかりだ︒お前の⽶の名が汚されることなんかない︒むしろ︑ここの⽶ならウチで⼀番のブランド品になるかもしれない︒﹃やぱりホメロスの⽶は凄い﹄と︑世間が認
識するんだ﹂
﹁……俺の⽶を…………認めてくれるのか︖﹂
地⾯についていた泥だらけの⼿で︑すがりつくように俺の左⼿を握てくる︒両⼿で包み込む
ように︑し かりと︒
俺はその両⼿の上に︑右⼿を載せ包み込んでやる︒
﹁俺は︑﹃最初から﹄あんたの⽶が欲しいと⾔ていただろ︖﹂
﹁あ……あ …… ︒す︑すまなかた……この前は︑酷い態度を……なのに︑あんたは……俺
は︑恥ずかしい﹂
﹁気にすんなよ︒誰だて⾃分の⼤切なものを得体の知れないヤツに預けるのは躊躇うものさ︒それに︑信⽤てのは⼀朝⼀⼣で得られるものじ ない てことも︑俺たちは理解している︒
あんたを責めるつもりはねよ﹂
﹁あんた……いい⼈だな﹂
そう思う ︖ 本当にそう思うの ︖むふふふ……
﹁じ あ︑ここの⽶を俺たちに売てくれるか︖﹂
﹁あ ︕もちろんだ ︕ ⾏商ギルドに⼀度いらね と⾔われちま た⽶だ︒あんたになら格安で譲てやるぜ︕﹂
﹁それは助かる︒今後とも︑末永くよろしくな﹂
﹁こちらこそだ︕﹂
俺とホメロスは握り合 た⼿を︑もう⼀度ギ と握りしめ︑それをも て契約の握⼿とし
た︒
こうして︑陽だまり亭には安定して⽶が供給されることになたのだ︒
新⽶︑⾷べ放題だ ︕わほ い︕
物語はハ ピエンドを迎え︑俺たちは意気揚々と帰路についた︒
ホメロスの農園を離れ︑陽だまり亭が近くなたところでエステラが声をかけてきた︒
﹁これを狙ていたね︖﹂
![]()
振り返ると︑なんともジト とした⽬が俺を⾒ていた︒
﹁なんの話だ︖﹂
﹁養鶏場の悩みを親⾝にな て聞いたのも︑技術を無償提供したのも︑みんなこのための布⽯だたんだね︕﹂
﹁何を怒ているんだ ︖ ネフリたちは愛するニワトリを処分せずに済み︑卵の⽣産量が上が た︒ホメロスにした て︑売却先が⾏商ギルドからゴミ回収ギルドに変更にな ただけだ︒それも︑⾃分の作る⽶の名も汚されず︑⾃尊⼼も傷付かない平和的な幕引きだたじ ない
か︒誰かが不利益を被ているか︖﹂
﹁……確かに︑誰も不利益は被ていない︒けれど︑君が得をしている﹂
﹁そこはほら︑⽇頃の⾏いがいいから︖﹂
﹁今の発⾔︑精霊神様はどう判断するだろうね︖﹂
きと諸⼿を挙げて﹁そうだそうだ﹂と賛同するさ︒
幸運は︑⼈徳の⾼い⼈間のもとへ⾃然と舞い込んでくるものだからな︒
﹁え と︑確認なんですが……﹂
控えめに挙⼿をして︑ジネトが不安げな表情で尋ねてくる︒
﹁今回の⼀件は︑誰も不幸にはなていない……ん︑です︑よね︖﹂
﹁もちろんだ﹂
ニワトリの飯を俺が取り上げただけだからな︒
ましいて⾔えば︑ホメロスの収⼊がほんの少しだけ減たかな︒
でもま ︑ゼロになるところを救われたのだ︒万々歳だろう︒
しかもだ︒現状では主に﹃⿃のエサ﹄としてしか出回ていない⽶だが︑その認識がいかに愚かなことか︑俺の⼒をもてすれば必ずや思い知らせてやれる︒
⽶の可能性と有⽤性をアピルし︑このオルブルム内でなくてはならない代物に成り上がらせるのだ︒現在主役の座を独占しているパンを脅かすほどの存在にな︒
需要が増せば価値が上がる︒そうなれば︑⼀度落ち込んだ収⼊分などあ という間に取り戻せる︒
何事も︑⻑期的な視野を持つことが重要だ︒故に︑今は莫⼤な利益を得るための潜伏期間だと捉えればいい︒そして︑耐え忍んだ先に待ているのは︑輝かしい未来︒
それを思えば︑ホメロスが不満を述べる余地など何⼀つない︒
﹁……では︑めでたしめでたし……ということで……︖﹂
﹁問題ない﹂
俺はきぱりと⾔い切り︑そのタイミングでたどり着いた陽だまり亭へと⼊ていく︒
うむ︒実にいい商談だた︒⽶に卵︒当初の予定通り確保完了だ︒﹁……どうしてだろうね︒ヤシロを素直に褒めたくない気分なのは……﹂
﹁で︑でも︑ヤシロさんはみなさんのために頑張てくださたんです……よね︖﹂
﹁……⾃分のため﹂
ドアの向こうで三⼈娘のそんな会話が聞こえてきたが︑俺はそれらをさらりと無視することに
した︒

